4-3 格闘技と夢のお守り
石腸さんの家は団地の一室にあった。それなりに広い部屋で、喰村さんや私の家とは違って生活感に満ちている。
戸棚にはトロフィーが飾ってあるし、テレビ台にはどこかの国の民芸品が並んでいる。石腸さんと弟さん、お母さんが三人で映っている写真も沢山並んでいて、良好な家族仲が見て取れた。
「石腸豪さん……弟さんですか?」
「えぇ、弟です」
「格闘技やってたんですね」
総合格闘技の優勝トロフィーに弟さんと思しき名前が彫られている。興味本位で名前を検索してみるが、大学生の時の優勝記録を最後に露出は途絶えていた。
「今は大会には出ないみたいですが、格闘技自体は続けているみたいです」
「お仕事も格闘技関係のことをしているみたいですし」
海外に行って総合格闘技を教えたりしているのだろうか。そもそも、格闘技関係の仕事というのがレフェリーとコーチしか思いつかない。
レフェリーは格闘技関係と言うには試合に関わりすぎているし、関係と言うには密接すぎる。もっと中核の運営をやっている可能性もある。業界のことを知らない私が類推しても意味がないけど。
ぴんぽん
インターホンが鳴った。モニターには喰村さんが立っている。いつものようにクーラーボックスを肩にかけていて、お祓いって名目なのに調理人すぎて面白い。
「はい、今行きます!」
石腸さんが扉を開けると部屋の中に入ってきた。石腸さんの後ろを歩き、居間まで歩いてくると、クーラーボックスを持ったまま辺りを見始めた。
「道具を持ってきた。弟は?」
「あ、呼んできますね」
「いや、俺たちも行く」
石腸さんが廊下を歩いていき、私と喰村さんはその後ろをついて行く。一番奥の部屋の前で立ち止まり、コンコンと扉をノックした。
「こちらが弟の仕事場です。寝ないように仕事場に籠っていて」
「豪、この前話した編集部の人が来てくれたんだけど」
部屋の中から返事はない。もう一度、ノックをしたが反応はなかった。
「いつもはすぐに出てくるんですけど……寝ているのかしら」
「猿夢かもしれない。開けてもいいか?」
「……私が開けます」
部屋の中には動物のフィギュアや、書籍が沢山並び、コルクボードには虎の絵と特徴が書かかれたポストイットや謎のエンブレムが貼られている。
格闘技の書籍やDVDもあるが、それ以上に動物図鑑などの動物に関する書籍やグッズの方が多い。
その部屋の中央で大柄な男性が寝ている。剃り込みが入った赤黒いツーブロで大柄な体つき含めて、洒落怖に怯えるようには見えない。
喰村さんは弟さんの傍らにしゃがみ込み、首筋に指を当てて脈を取り始めた。
「まだ生きている。が、脈が弱い、気絶だな」
「気絶ですか?」
「猿夢は夢と言われているが、実体は違う」
「猿夢は異世界に住む生き物で、人間の魂を引き摺りこみ、殺す。魂を殺された人間は、起床から数時間は行動出来るが、異世界の死因と同じ死に方で死ぬ」
「だから、睡眠ではなく気絶に近い。寝ているのではなく、気を失っている」
喰村さんはクーラーボックスを床の上に置いたかと思うと、中からカプセル剤とお守りのようなものを取り出した。
「本当は無理矢理、猿夢の世界に行かせる手筈だったが、手間が省けた」
「省けたって……猿夢のところにはどうやって?」
「呪物を使う」
お守りのようなまのを私の前に出した。
竹で出来た球体のお守りで、赤黒い鈴がぶら下がっている。鈴はともかく、竹の部分は日本の神社で売っているお守りとは似ても似つかない。
恐らくは異国の呪物だろう。
「これは東南アジアでは買った人の夢に意識を飛ばすお守りだ」
「猿夢は夢じゃないんじゃ」
「対象の魂が知覚している世界を夢としているらしい」
「そして、ヤマノケだな。こいつに憑依させて無意識下に落ちる」
「睡眠薬は起きるタイミングを操れない。魂が適切に戻れなかったら、俺たちが殺されてしまう」
「無意識をコントロール出来るヤマノケが最適だ」
白いカプセルを手渡された。
カプセルにヤマノケが詰められている。小さな声でテンソウメツと呟いていた。こんな漢方薬のように扱ってもいいのだろうか。
「石腸、俺たちが寝たら『はいれたはいれた』と言い出すが気にしないでくれ。害はない」
「少ししたら弟が戻ってくる。そうしたら、クーラーボックスの中に入っているテキーラをショットで一杯ずつ飲ませてくれ」
「は、はい、テキーラ? はいれた?」
石腸さんは当たり前に混乱している。こんなことを急に言われて捌き切れるはずがない。石腸さんの反応が正しい反応だ。
喰村さんは弟さんの手に鈴を握らせた。
「これに手を乗せろ。3と言ったらヤマノケを飲んでくれ」
喰村さんの手に乗った竹の部分に手を重ねる。ヤマノケを口元に添えて、準備は完璧だ。
「1……2……3!」
喰村さんと同時にヤマノケを飲み込む。急速に体と口周りの筋肉に力が入らなくなる。そして、次第にゆっくりと目を瞑ってしまった。それから、あ、何も考え
「はいれたはいれたはいれたはいれた」
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