第3話 「我の名はシリウス。そなたの夫だ。よろしく頼む」
輿に乗ったユリエッラは、早鐘を打つ自分の胸を抑えるのに必死だった。
胸元の服をぎゅっと掴みたいが、しわになってしまうので我慢する。
いつもはポニーテールにしている髪の毛は豪奢に飾り付けて美しく結われ、衣装も乙女の無邪気さや可憐さを押し出す薄桃色のひらひらしたドレスで、どこから見ても完ぺきな姫君だ。
ごくり、とつばを飲み込んだ瞬間輿が止まった。
到着したのだ。
いっそう大きく鼓動したが、深呼吸して落ち着かせる。
それまで外界と隔てるように降りていた帳が、左右にすっと開かれた。
瞬間、目に入ってきたのは美しい緑と銀。
「おお、ユリエッラ。四年前も可愛らしかったが、美しく成長したな」
緑がやさしい光を宿して細められる。それは瞳。
ダイヤモンドのしずくをちりばめたような銀。それは髪の毛。
濃紺の軍服に包まれた手が伸びてきて、ユリエッラは呼吸を止めてしまう。
抱き下ろされて、ふらっとよろけると腕の中に閉じ込められた。
ふわっとユリエッラの鼻孔に特徴的な香りが届いた。
東方の国に伝わる香で、たしか白檀といったか。ユリエッラはそうあたりをつける。
「良い香りですね」
「おお、気に入ってくれたか。嬉しいぞ」
彼ははっはっはと笑ったあと跪いた。
「我の名はシリウス。そなたの夫だ。よろしく頼む」
夜空に輝く月のような、控えめだが麗しさで人を狂わせてしまいそうな笑顔を浮かべ、シリウスはユリエッラの手の甲に口づけた。
ユリエッラは呼吸困難に陥りそうになるのをぐっとこらえ、絞り出すように
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
と言ってほほ笑んだ。
そのまま立ち上がったシリウスに導かれ、自室として与えられた部屋の中に着くと、ふうと息をつく。
先ほど部屋の前で別れたシリウスに「ディナーの時間にお互いのことを話そう」と前向きに親睦を図る意思があることを告げられたのは嬉しい。
だが、アイラもミロオもそばにいない状態でまともに話せるかどうかが、少し不安なのであった。
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