「第8回富士見ノベル大賞投稿作」その体格クマのごとく野性的なれど、実は誰よりも優しく忠実な執事。その名はミロオ! 恋のキューピッド役頑張ります!

音雪香林

第一部 主君の恋、絶対叶えてみせます!

第1話

「ミロオ、上の方届かねー。代わりに頼めるか?」


 姫様の寝間着とシーツをクリーニング係に渡して部屋に戻ってきたミロオは、扉を開けるなりメイドのアイラにそう頼まれて苦笑をこぼす。


「しょうがないですね」


 アイラが頼んできたのは窓の清掃だ。ミロオは彼女に歩み寄って雑巾を受け取る。そして難なく上部を拭いていく。


「さすがだな。助かるぜ」


 ニカッと笑うアイラの口元から八重歯がのぞく。

 アイラは女性にしては長身だ。

 なのに、ミロオの隣に立つと小さく見える。


 ミロオは、成人してからは自分より背の高い人間に会ったことがない。

 骨太の体格のため、クマに似ているともいわれる。


 ミロオは窓を拭きながら外を眺める。

 緑まぶしいガーデンの向こうに、夏の陽光を反射してきらきら光る青い海が見える。


 きっと港には大きな船がところ狭しとひしめきあっているのだろう。

 この国、ランスは海に面した国で、他国との貿易が盛んな豊かな国だ。


「にしても、あち―な」

「スカートばたばたさせないでくださいよ。はしたない」


「お姫さんじゃあるめーし、はしたないってなんだよ。あたいがそんなお上品な育ちじゃないって、知ってるだろ?」


 ミロオがアイラと出会ったのはこの城に奉公に上がってからだが、生い立ちは教えられている。


 七歳で両親を亡くしたこと。

 スリやかっぱらいで命をつないでいるある日、姫様の父親、国王に拾われて姫様の護衛になるべく剣技を仕込まれたこと。


 それを聞いたとき、ミロオは親子って似るものなんだなと思ったものだ。

 ちなみにアイラの愛剣は、護身用に特注した短い刀身のレイピアだ。


 夏のまぶしい陽光に目を細めながら窓を拭き終わって、掃除用具を片付けようとバケツを持った時。


 バタバタバタと荒々しい足音が近づいてくる。

 メイドが廊下を駆けるなんて無作法をした場合、即解雇される。

 

 貴族は面子がつぶれる。

 こんな振る舞いが許されるのは……。

 足音はミロオたちのいる部屋の前で途切れ、バンっと扉が叩くように開かれた。


「あたしの結婚が決まったぞ!」


 姿を現したのはこの国の姫君、ユリエッラだった。

 木漏れ日を溶かし込んだような金髪に、春の空を映したような青の瞳、真珠のようになめらかな白い肌に華奢な体格。


 造りはガラス細工のように繊細で背丈も小動物っぽい印象を与えるほどに小さいのに、ほとばしる生気がじゃじゃ馬加減を如実にしている。


「結婚?!」


 ミロオとアイラは驚きに声を重ねた。

 ユリエッラは春に成人の儀を執り行ったばかりだ。


 ちなみにこの大陸にあるすべての国で成人は十六歳と決まっている。

 ついでにミロオは現在十八歳、アイラは二十歳だ。


「相手は誰だ?」


 どこか緊張感をはらんだアイラの問いに、ユリエッラは喜色満面で返した。


「シリウス様だ!」


 アイラはほっとしたようにはぁーとため息をついた後、にっこり笑ってユリエッラに駆け寄り、両手を握ってぴょんぴょん飛び跳ね出した。

 桃色のツインテールが元気に揺れる。


「よかったなぁ! ずっと片思いしてた相手じゃねーか!」


「ふふふ、そうなんだ。いやぁ~、神はあたしを見捨てなかった! 王族の婚姻なんて、どうなるか自分じゃ選べないから絶望視してたんだが、予想外の幸運だ!」


 その会話を聞いて、ミロオはびっくり仰天した。

 ユリエッラに好きな相手がいるとは知らなかったのだ。


 アイラに恋愛小説を借りてから、恋をしたいとか、素敵な男性に花束を贈られたいとか、そういう発言はしていたが、ミロオはてっきり恋に恋しているだけで、具体的な相手なんかはいないと思っていたのだ。


「どこの国の方なんですか?」


 ミロオの質問に、ユリエッラは軽快に答える。


「ギースだ。それも含めて今から色々話してやるから、香茶こうちゃを入れてきてくれ。ティータイムにするぞ」


「仰せのままに」


 ミロオは一礼して部屋を出て厨房に向かう。

 廊下を歩きながら、「結婚か」と呟く。


 ユリエッラと初めて会ったのは十年前だ。

 当時彼女は若干六歳。

 今よりももっと奔放で、姫君なのに生傷が絶えなかった。


 姫君なんて生き物を身近に見たことがなかったミロオでも、ユリエッラは規格外だと理解できた。

 結婚なんてできるのか、できたとしても幸せになれるのか心配したものだ。


「愛してもらえるんだろうか」


 想いの通わない完全なる政略結婚なら仮面夫婦でもいいだろう。

 だが、ユリエッラは相手が好きなのだ。

 なのに、事務的な対応しかされなかったら傷つくのではないか。


「まあ、私が心配したところでどうにもならないか」


 今はただ、美味しい香茶を入れることに力を注ぐだけだ。

 厨房に着いた。


 やかんに水を入れ、火にかける。

 次にグラスを用意した。


 ちょっと太めのぼってりしたグラスを選んだ。

 マドラーは銀。

 持ち手部分は白地に夏の花が描かれている。


「あ、お茶菓子も用意しなくては」


 ミロオは朝のうちに自分で手作りしておいたフルーツケーキを戸棚から取り出す。

 くるみとオレンジピールとアーモンドスライスが入った食べ応えのある逸品だ。


 食べやすいサイズに切って小皿に並べる。

 小皿は三つ。


 そう、ユリエッラだけではなくアイラとミロオのぶんもあるのだ。

 普通の王侯貴族は使用人と席を同じくしない。


 だが、ユリエッラははばかることなくアイラとミロオを大切な存在だと主張して、プライベートでは同席を促す。


 そんなユリエッラが、アイラもミロオも大好きだ。


「沸きましたね」


 しゅんしゅんとやかんが音を立てたので火を止める。

 作るのはシナモン・ウィンナーティーだ。

 まず二倍の濃さのシナモンティーを作る。


 そして氷で急激に冷やし、牛乳を加える。

 さらに泡立てた生クリームを浮かべ、シナモンパウダーを振って出来上がり。


 ちなみに茶葉は北東の国のものを使った。

 名前はサム。


 大きな川の両岸に広がる沖積層の土壌と、茶栽培に適した気象条件に恵まれたサム州は世界最大の香茶産地だ。


 サムの茶葉は、甘味の強いコクのある味わいと、濃い赤褐色の水色、奥深く芳醇な香りが特徴で、今の時期はセカンドフラッシュが美味しい。


「よし、これでいいかな」


 三人分の用意が完成し、ワゴンに乗せる。

 からからと押し進めて、部屋に到着した。


「お待ち遠さまです」


 ミロオを迎えたユリエッラとアイラはぱっと笑顔になると「美味しそう~!」と歓声を上げた。


 ミロオは縁に彫金の施された白いテーブルに配膳していく。


「今日はシナモン・ウィンナーティーとフルーツケーキですよ」


 ユリエッラとアイラぱちぱちと拍手した。


「じゃ、ティータイムのはじまりだな!」


 ユリエッラがそう音頭を取り、みんなで一回グラスを打ち合わせた後、思い思いに味わい始めた。


「サムの茶葉を使ってるな? 甘くておいしい。シナモンの香りも効いてるし、生クリームのなめらかさがいいアクセントになってる」


 ユリエッラがそう感想を漏らす。


「美味しく飲んでいただけるのならよかったです」


 ミロオは本心から嬉しくて笑顔になる。


「ほんっと、ミロオの茶はうめーよなー。あ、茶菓子もうまい」


 アイラはあっという間にフルーツケーキを食べてしまい、少し物足りなさそうな顔をした。


「それで、婚姻の相手はどのような方なんですか?」


 ミロオは気になっていたことを質問する。


「シリウス様は現在二十歳で、四年前に国王になった。あたしはその戴冠式の時にお会いして、恋に落ちたんだ」


 ぽっと頬を染めるユリエッラは、顔のほてりを冷まそうとしてか茶を勢いよく飲み込んだ。


 四年前というと、ユリエッラは十二歳だ。

 意外と早熟だったらしい。

 いや、成人してすぐ結婚することも多い王族では普通だろうか。


「シリウス様は、あたしの性別や年齢であなどったりはせず、対等に国のこととかいろいろお話くださったんだ。父上は、せっかくの機会になんて色気のない話をとあとで愚痴ってたが、あたしは嬉しかった」


 ミロオは納得した。ユリエッラは普段から、ドレスなんてなんでもいいし、噂話にも興味がないから女の子との会話は苦手だと、社交より政務に精を出している。


 それでも国王ではなく姫君なので、簡単な仕事しか割り当てらない。

 ミロオは、シリウス様という方なら、ユリエッラの能力を存分に使ってもらえるかもしれないと期待した。


「戴冠式から帰ってからずーっと、お嬢は『君の知らない僕』の主人公の彼氏みたいに素敵な人だって騒いでたもんな!」


 アイラはユリエッラのことを、姫様ではなくお嬢と呼ぶ。

 お忍びで一緒に城下町に行くときにそう呼んでいたら直らなくなったらしい。


 『君の知らない僕』とはユリエッラとアイライチオシの恋愛小説だ。

 なんでも主人公は紳士的に接してくれたことで惚れたけど、実はオスの部分も隠し持っていてそのギャップが素敵っていうことらしい。


「でも、本当に結婚が決まってよかった。実は無理だろうなーって思ってたんだ。たぶん国内の貴族令嬢と結婚して安定をはかると思ってたから」


 フルーツケーキをフォークで刺しつつそうこぼしたユリエッラに、ミロオは首をかしげる。


「どういうことです?」


 ユリエッラはフルーツケーキを飲み込んだ後答える。


「シリウス様は、前王と血がつながっていないんだ。もとは伯爵家の出でな。十歳の時に能力を認められて王家に養子に入ったんだよ」


 曰く、前王は王妃のことを心底愛しており、側室を作らなかった。

 だが困ったことに子供には恵まれないまま、王妃が亡くなった。


 臣下は新たな妃を望んだが、前王はそれを拒み続け高齢になった。

 死の直前に養子にしたのがシリウスだ。


 普通は血筋を考えたら公爵家からとるのが妥当だが、前王は血筋よりも能力を求めた。


「だが、十歳では政務を任せられないと、実父の伯爵様が乗り出してな。シリウス様は傀儡となった。だが、成人の儀を終えてから反撃に出て実父を追い出し、実権を握ったと言うわけだ。伯爵様が政権を担っていたころは賄賂が横行し、治安も悪かった。それを四年で立て直したとはいえ、シリウス様の血筋を考えると立場は弱く、国内に後ろ盾を求めるのが普通だったろう。それがうちに話が来た。あたしとしては朗報だが、さて」


 ミロオは、なかなか複雑だなと口を湿らせてから話す。


「ギース国って、内陸にありますよね。うちとの国交で得られる一番の利点って、塩の輸入でしょうか」


「そうだろうな」


 海のない内陸では塩を自力で生産できず、輸入が主となる。

 縁をつなぐことで量を増やすとか値引きとかそういう話になっているのだろう。


「そんな難しい話はどーでもいいんだよ。大切なのは、シリウス様と『君の知らない僕』みたいな恋愛ができるかどーかってことだろー?」


 グラスも小皿もすっかり空にしたアイラがあくびまじりにそう告げる。


「そうだな!」


 胸躍っているのだろう、ユリエッラが木漏れ日をまとった花のようにきらきらした笑顔を浮かべる。


 ミロオはそれを温かく見守るが……。


「さびしくなりますね」


 ミロオは男だ。女性の主の婚姻先についていくことはできないだろう。

 だが。


「なに言ってるんだ。お前も一緒に行くんだよ」

「は?」


 ユリエッラの当然と言わんばかりのセリフにミロオはぎょっとする。


「あたしは、ミロオの香茶でないと元気が出ないからな!」


 すべての懸念や不安を吹き飛ばすような笑顔だった。

 本当にいいのだろうかとミロオは少し悩んだが、ついていきたいという心が勝った。


 まあ、たぶんどうにかなるのだろう。

 というかユリエッラが力技でどうにかするのだろう。


「おおせのままに」


 ユリエッラが満足そうにうなずき、アイラが勢いよく立ち上がる。


「そうと決まれば、シリウス様に気に入られるようお嬢の特訓に入るぞ!」


 ミロオが「特訓?」ときょとんとすると、アイラは神妙に頷く。


「お嬢は、姫君らしくない。まずは言葉遣い! 姫君の皮をかぶれるようにしなきゃな! あたいの特訓は厳しいぞ!」


「どんなに厳しくてもついてくぞ、隊長!」


 ユリエッラが敬礼しながら立ち上がる。


「まずは挨拶だ! ごきげんよう!」

「ごきげんよう!」


 ミロオは、いやまず大声であいさつすることが間違ってるしとつっこみを入れたかったが、きりがなさそうなので放っておいた。


 そもそも、ユリエッラの言葉遣いがおかしいのは、幼少のころから護衛兼遊び相手としてそばにいたアイラのせいだ。


 アイラのせいでおかしくなったのに、アイラが指導して直るとも思えない。


「だいたい、まごうことなき姫君なのに、姫君の皮をかぶるって表現はどうなんですかね?」


 つぶやきはユリエッラとアイラの大声での特訓にかき消されて、ミロオはため息をつきながらティータイムの後の食器を片付けるのであった。

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