第16話 因果応報

「宮前亜矢さんを追っていて、橘さんに辿り着きました。彼があなたの元ご主人だったと知らずにです。わたしも驚きましたよ。亜澄さんと由依さんが」


「待って! 言わないで」

 ぱっと手のひらを向けられる。


「子供たちに、教えていいんじゃないでしょうか」

「ちょっと待って。理解がおいつかない。宏樹のタイプじゃないでしょう」


「タイプではないけど、話を聞いてくれて甘え上手だったと言っていました。でも、橘さんも亜矢さんに騙されていたんですけど」


「あいつ、人の旦那をたらしこんだのね」

 憎々し気な顔をする。


「ええ。あなたが奥さんだと知ったから、だそうです」

「あたし? どうしてよ」


「中学3年間いじめられ続けて、あなたを恨んでいた。復讐をしたんだと、橘さんに語ったそうです。本当は家族を壊すつもりだったけど、先に妊娠したから、それは止めておくと」


「あいつ! 人の子に罪をかぶせるばかりか、あたしより先に宏樹の子供を妊娠! ゲス過ぎない?」

 芙季子が亜矢であるかのように、大声で威嚇する。

 もっとも、この場に亜矢がいたならば、口よりも手が出ていただろうけど。


「亜矢さんが憎いですか」

 どんなに声を荒らげようとも、芙季子は無関係の人間だから、自分に向けられる悪意や挑発には冷静だった。


「憎いわよ。とても」

「あなたが亜矢さんをいじめなければ、起こらなかったことでも、ですか」


「ちょっと遊んでただけじゃない」

「いじめる側は、そう言うんです。あなたも罪の意識を持つべきです」

 若気の至りであろうとも、許されざる行為なのだと気付いて欲しい。


 黙っていた美智留が口を挟んだ。

「山岸さん。あなたがしてきたことを、覚えていますか。宮前亜矢さんに行ってきたいじめを由依さんがされていれば、どう思いますか」


「……学校にクレームを言いに行きます」


 間があったのは、自身がしたことを思い出していたからか。

 娘に置き換えたことで酷い行為だったと反省してくれるよう、芙季子は願う。


「由依さんには詳しく話す必要はないだろう。だが、姉妹であることを伝えてもマイナスにはならないと思うが、山岸さんは反対されますか」


 沙都子は動揺を顔に浮かべたまま、考えている。


「二人の間に信頼関係が結ばれていますから、喜ぶのではないでしょうか。というか、今、横で話してますけど」

 芙季子が由依に視線を向ける。


「この子、短い時間の集中力が凄いんです。周囲の声が聞こえないぐらい」


 大人の視線が集まる中、由依は便箋に向かって鉛筆を動かしていた。消しゴムのカスが散らばっている。


「この手紙を書き終えるまで、反応しませんよ」


 沙都子が言った通り、由依は一心不乱に書いている。

 15分後、「できた!」と顔を上げた。

 書き上げた達成感からか、晴れ晴れしい笑顔を浮かべている。


「ママ、書けた。先生、亜澄ちゃんに渡して」

 受け取った美智琉が目を通し、頷いた。


「必ず渡すからな」

「うん!」


「由依、お願いします、でしょ」

「そうだった。先生、お願いしまぁす」


「承った。返事がもらえたら、持っていくからな」

「お返事くれるといいなぁ。亜澄ちゃん、すっごく字がきれいなんだよぉ」


 ほとんど減っていなかったオレンジジュースを一気に飲み、ズズッと音を立てた。


「山岸さん、どうされますか」

 美智琉が静かに尋ねる。


「由依のためになるんでしょうか」

「絆が深まるのではないかと思うが、判断をするのはあなたです。黙っておけというなら墓場まで持っていきますよ」


「亜澄さんを憎い気持ちは正直あります。でも、感謝もしているんです。ずっと友達ができなかった由依の、初めての理解者だから。血のお陰なのかもしれませんね」


 由依が手紙を書いている姿を見ている間に頭を冷やせたのか、沙都子はそう言うと、由依に体を向けた。


「由依ちゃん。大切なお話をするからね」


「なぁにママ」

 深刻な母親の様子を受けて、由依も真面目な顔つきになる。


「由依ちゃんと亜澄さんはね、お父さんが同じ人なの。パパ覚えてる?」

「うーん、あんまり覚えてないよ」

 由依が大きく首を傾けた。


「そっか。由依ちゃんと亜澄さんはね、半分同じ血が入ってる、姉妹なのよ」

「姉妹? じゃあ、亜澄ちゃんはお姉ちゃんなの?」


「そうよ。亜澄さんの誕生日が10月で、由依ちゃんが3月だもんね」

「そっかぁ。だから亜澄ちゃん優しいんだね」

 由依はぱっと花のような明るい笑顔を浮かべた。


「亜澄さんは、優しかったの?」

「うん。いつも一緒にいてくれてぇ、お話いっぱいしたの」


「亜澄さんの事、好き?」

「大好きだよ」


「そうなの……そうなのね」

「ママどうしたの? どこか痛いの?」


 突然泣き出した沙都子を、不思議そうな顔で由依は見つめ、母親の手をぎゅっと握りしめた。

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