第9話 驚きの提案
「ご馳走様でした」
「わたし片付けるから、ゆっくりしててください」
食器洗いをかってでた芙季子が立ち上がり、使い終わった食器をまとめて立ち上がる。
「わーい。ありがとうございまあす」
範子は遠慮なく喜んで、横になった。
「私も手伝う」
流しに立った芙季子の隣に、美智琉が並ぶ。
「大丈夫ですよ。先輩もゆっくりしていてください。わたし食後は片付けをしてからゆっくりしたい派なので」
「同じ。片付けてからゆっくりした方が、気が休まる。後に残ってるって思うと、面倒になる」
ねぇと軽く笑い合う。
洗剤をなじませて泡立てたスポンジで拭った食器を流しに置くと、美智琉がそれを洗い流していく。
「仕事、忙しいですか」
「そりゃあね」
「どんな弁護してるんですか」
「守秘義務」
「そうでした。お父さんの事務所、継いだんですか」
「私は他の事務所で働いている。父の部下だった人が所長をしてくれたから」
「継がないんですか」
「そうだねえ。いつかは継ぐかもしれないね。芙季ちゃんはどうなんだ。記者も大変だろう? 何年目?」
「週刊成倫の記者は3年目です。異動届を出し続けて、7年でようやく異動になりました」
「仕事にしてみてどうだ? 高校の新聞とは違うだろう」
「そりゃそうですよ。でも真実を報道することは同じです」
「やり甲斐がある?」
「ありますね」
「お父さんから反対されなかったのか?」
「反対だったみたいです。でも喧嘩はしなかったですよ。必要性と自分がやりたいことを伝えたら、何も言わなくなりました」
「仲良くなったのか?」
「なってないです。根本的な考え方が違うので。まさか先輩まだ――」
思わず手を止めて美智琉の顔を見つめる。
「言わないよ、もう。あの頃は私もまだ子供だったから、焦ってたっていうか、もどかしい気持ちでいっぱいだったんだ」
当時の美智琉がそういう心境でいたことを知らなかった。洗い物に目を戻す。
「先輩が言いたいことはわかります。でも強要はダメです」
「能動的じゃないと意味がない、か」
「はい。そういうことです」
「私が悪かった。芙季ちゃんのことは時々範ちゃんから聞いていたけど、忘れたことはなかった。2年間毎日一緒にいて楽しかったのに、私のせいでもう会えないのかと寂しく思っていた」
「……わたしだって、残念に思ってましたよ。いき詰まっちゃった時、先輩ならどう書くんだろうって思いながら書いたこともありましたから。わたしの文章の原点は美智琉先輩ですから」
「ありがとう。芙季ちゃんの人生に私は無駄な存在じゃなかったってことだね」
「美智琉先輩には感謝してます。子供の頃は無邪気に父を信頼して将来を決めてましたけど、父に反発してから、夢を持っている人が酷く眩しかった。弁護士を目指していた先輩もです。そんな先輩に文章を書くことを教えてもらって、面白くなって将来も決まりましたから」
最後の皿を洗い終え、美智琉に渡さず芙季子が洗い流す。
備え付けのタオルで手を拭っていると、
「弁護士になれなかったら、ジャーナリストを目指そうと思っていた」
美智琉の告白に、芙季子は驚いた。
「初めて聞きました。弁護士以外は考えていないと思っていました」
「目指していても絶対はないだろう。一度司法試験に落ちてるしな」
「正義感を生かす仕事としては、同じ枠かもしれませんね」
「そうだ、芙季ちゃん。芙季ちゃんの仕事に同行してもいいか?」
いきなり美智留が言いだした。
「は? え? どうしてそうなるんですか」
戸惑って美智琉の顔を見ると、名案を思い付いた、と言いたそうな顔をしていた。
「週刊誌の記者がどうやって取材をしているのか、興味がある。口は挟まないから」
「いやいや、ダメですよ」
「記者に守秘義務はないだろう」
「ないですけど、情報漏洩には気を付けてますから」
「大丈夫だよ。誰にも話さないから。連絡先を交換しよう」
「ちょっと、先輩」
流しを離れてテーブルに向かった美智琉の後を追いかける。
「スマホ出して」
「登録するのはいいですけど、本当に来る気ですか」
「はい、私の番号とアドレス」
互いに登録を終えた時、範子のいびきが聞こえてきた。芙季子と美智琉は顔を見合わせて笑い合った。
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