第7話 高校時代
神奈川の県立高校に入学した芙季子は、新聞部に入部届を出した。
写真に興味があったからだが、写真部は新聞部と合併していた。
どちらも入部希望者が少なく、廃部にしないための苦肉の策として何年か前にくっついた。
芙季子が入部した年は一人だけいた3年生が受験専念のために退部していて、2年生が3人だけだった。
新入生を二人確保しないと存続が難しいという状況で、芙季子と男子が2名入部した。
新聞部の活動は年三回発行の校内新聞で学校行事や部活動、学校や生徒会の動向、地域のニュースを報道。また年一回新聞コンクールに出場する。
二・三人が組み、話を聞く係と写真を撮る係に別れて取材に赴く。
記事は話を聞いた人が書く事が多かったが、芙季子は小坂美智琉から写真だけでなく記事の書き方も教わった。
そのうち、写真以上に書く事に興味が移った。
部長は2年生だった美智琉が引き継いでいた。
成績は学年トップ。冷静沈着で、粛々と物事を進めていく。
芙季子の入部から2ヶ月ほどが経った頃のこと。
強盗を働いていた男を捕まえたとして、市内に住む30代の会社員が警察から表彰された。
彼に取材を申し込み、男子の班が向かった。
捕まえたときの状況と彼の日常や趣味の話を聞き、記事にした。
校了を終えて印刷所に持ち込む寸前、掲載NGとなった。会社員が傷害容疑で逮捕されたからだ。
部員たちは慌てふためき、このまま記事を載せていいかどうかの判別も出来ず、何をすればいいのかわからなくなってしまって右往左往。
そんな中、美智琉はただ一人落ち着き払い、狼狽える部員に指示を出した。
顧問の教師と印刷所への連絡、差し替えられる取材済みの記事を探し、別の生徒が原稿を書いている間に、レイアウトを変え、あっという間に紙面を作り上げた。
印刷所の締め切りに間に合い、発行日を変更せずに済んだ。
部活なのだから一日二日発行日が送れても支障はなかったね、という意見も後に上がったのだが、予定通りに発行できたことは達成感に繋がった。
てきぱきと冷静に指示を出す美智琉はかっこよく、ただ見ていることしかできなかった芙季子は、その姿勢に憧れの気持ちを抱いた。
そんな美智琉にも、冷静さを忘れて入れ込む人がいた。
その人のことを語る口調は熱く、ときに頬を染めることもあり、周囲にドン引きされてもまったく意に介さない。
美智琉にとって彼は偉大で、尊敬し、目標にし、愛情を注ぎ合う存在。
人は美智琉のことを『無自覚のファザコン』と呼んだ。
父親とは当たり前に尊敬する存在だから私はファザコンではない、と美智琉が否定したからだ。
美智琉の父親忠晴氏は10人の弁護士を抱える総合法律事務所の所長で、忠晴氏自身は少年犯罪に力を入れていた。
母親もこども食堂を立ち上げ、さまざまな事情を抱えた子供たちの支援をしていた。
両親の活動を自慢に思い、胸を張れる美智琉をかっこいいと思っていたが、一つだけ問題があった。
美智琉は他人にも押し付けてくるのだ。「両親は尊敬に値すべき存在だ」と。
芙季子にとって父親は、疎ましく苦手な存在だった。
「感謝はするけど、尊敬をするかは個人が思うことです。押し付けるはやめてください。尊敬の価値が下がります」
「感謝だけでは足りない。育ててもらえることは当たり前ではないんだ。親に甘えすぎてはいけない」
「甘えてもいいじゃないですか。それが愛情じゃないですか」
「その愛情に応えるのが、尊敬することだと思うんだ」
「だからそれは個人によりますって。うちの父親は忍耐や規律ばかりで、わたしの気持ちをわかってくれない人なんです。娘を理解しようともしてくれない父親なんて、尊敬できません」
「父親として必要なことを説いてくれたんだ。いつかきっと理解できるよ。例えば芙季ちゃんが親になった時」
「子供を産むことがあったとして、わたしは子供の気持ちを優先したいです」
「気持ちも大事だけど、こういう選択をすればこういう人になれると教えて導いてあげることも大事だ」
「選べる自由を作れない人もいるんですって。この道が正しいからここに行けって言われるのは、わたしは嫌なんです。親の言う事が百パー正しいわけじゃないし」
美智琉との初めての言い合いは意見が交わることなく、平行線のまま。芙季子は帰りますと店を出て、それ以来になった。美智琉はこの日、高校を卒業していた。
美智琉に憧れていたのに、たった一回の喧嘩がとても悲しく、芙季子を深く傷つけた。
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