第4話「強い願い」

 僕はサーバー室のOAチェアに座って封筒をまじまじと眺めていた。見たところ、なんの変哲もない「メール便」だ。メール便に使われる封筒は、取引のある会社から届いた展示会や取引伝票が入っていた封筒を再利用する事が多かった。


 封筒の宛名面にはメールを届けるのに必要な「差出人」「宛先部署」「宛名」を書く宛名票が貼られている。色は売られている白や茶色のものは少なく、会社ごとのイメージカラーをあつらえたカラフルな物が多い。サイズも大きなものから小さなものまで様々だ。

 このグレーの封筒もきっとどこかの会社の物だろう。貼られた宛名票には宛先の天間先輩の部署名と名前だけが書かれていた。ひとつ気になる点は差出人欄に何も書かれていていないことだが、同じ部内同士のやり取りのように受取り人が相手にすぐわかる時には書かれていないこともあった。これもきっとそう言うことなのだろう。

 封筒はテープで固く止められていて開封された様子は見当たらない。


 「・・・。天間先輩、自分宛のメール便をそのまま俺に渡すって、どういうことだ?」

 少し考えたが、どうにもならないことを悩むより先に進んでみる性分だった。気前良く封を破り中身を確認した。

 ズシッと重い中身の正体はTDK製の3.5インチフロッピーディスクが4枚、きれいに並べて封筒の中に収まっていた。ケースとラベルはついていない。よく見るとラベルを貼る位置に薄っすら剥がした跡がある。おそらく使い回している物なのだろう。


 「ああ、手紙にしては重たいわけだ」

 無意識に独り言が漏れる。

 それにしてもフロッピーディスクなんて、中身は何が入っているんだろう。いぶかしい気持ちが少しだけ好奇心に変わる。

 封筒に二段二列に入っていた一番上のフロッピーディスクを近くのPCに差し込んで中身を覗いてみる。


 「これ、メールか?」

 画面に映し出されたのは、ズラッと並ぶ日本語のファイルだった。おそらく電子メールをファイル保存したものだろう。メールをファイル化するとメールの件名がファイル名になる為、長々しい日本語のファイル名になる。

 「日本語のファイルが画面一杯に並ぶと、呪文みたいで気持ち悪いな」

 試しにもう1枚中身を見るが、やはり同じだ。


 「全部メールなのか?

  ディスク一枚に何ファイル在るんだ?

  それが4枚って、すごい数だな」

 少し寒気がした。

 先頭のファイルを開いてみると、やはり中身はメールだった。文面には業務連絡やたわいもない日常会話が綴られていた。ふだんPCのトラブル修理で見かける社員同士が交わす雑談だった。


 「いたずら?」

 2、3通、無作為に開いて見ていると一つの共通点に気がついた。すべてのメールの宛先か差出人に、同じ人物のアドレスがあるのだ。


 「これ全部、彼女のメールか?!」

 瞬間、好奇心が冷たいものに変わり全身に鳥肌がたった。

 これがもし、メールの持ち主が送って来たものでないとしたら、誰かが「彼女」のメールを盗って天間さんに送った事になる。

 もしそうなら、いたずらにしては度を越している。 

 これは、女子社員へのハラスメント?

 いや、ストーキング行為の証拠品なのだろうか?


 「やばいな、これ。

  天間先輩、えらい物を送ってくれたな」

 寒いくらい空調の効いたサーバー室で、嫌な汗が吹き出していた。

 

  午後3時、工場棟は10分の昼休憩の時間。「なっちゃん」をサーバー室に呼びだしていた。

 天童夏海こと「なっちゃん」は昨年入社した管理課の新人OLで、クリクリした大きな瞳が印象的な元気女子だ。 

 仕事以外あまり話したことはなかったが、快活な彼女らしく、電話をするとすぐに来てくれた。

 実験棟2階の角にある四畳半くらいのサーバー室は、人払いして話すにはちょうど良かった。

 僕は自分のデスクに、彼女は向かいのOAチェアにちょこんと座って目を輝かせている。

 

 さて、このになんと言おうか。

「君は、誰かにストーカーされる覚えあるかい?」

 なんて話をするべきなんだろうか。

 それとなく心当たりを聞くとか、柔らかな言い方はないかと、頭をよぎったが性分ではない。

 意を決して「実はさ、、」と単刀直入に切り出した。


 僕が彼女を呼び出した理由と、事の次第を話す間、彼女は黙って聞いていたが、メールの話にさしかかった時、明らかに彼女の顔色が変わったのがわかった。

 それでも僕の話を最期まで黙って聞いていたのは、周りから聞いていた彼女の芯の強さだったのだろう。

 全て話し終えた僕は彼女に尋ねた。


 「話はこれで終わりだけど、・・・大丈夫?」

 その瞬間だった。

 少しうつむいて空を見ていた大きな瞳から、大粒の涙がバタバタバタと音をたてて床にこぼれ落ちた。

 口元を押さえた手の隙間から、声にならない嗚咽が聞こえた気がした。

 

 僕は黙って見守るしかなかった。

 ただ、ぎゅっと強くかんだ唇。

 絶え間なく零れ落ちる涙を拭いもせず、キッと見開いた視線に彼女の強い意思を感じた。

 「犯人…見つけて欲しい?」

 僕は、あてもないことを口走っていた。

 「はい。⋯見つけて、ください」

 彼女は少し震えた、それでも強い願いが伝わる、低く絞り出すような声で答えた。

 

 実験棟二階の非常階段。

 彼女の涙が引くまで、僕は外の風に当たっていた。

「さて、どうしたものか」

 小さくため息をついて、安請け合いしたことを後悔し始めていた。

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