聖夜に書く告白の手紙
清瀬 六朗
第1話
先生、お久しぶりです。
どうしていますか?
旦那さん、いや、
聖夜。
わたし、あの年の聖夜のことを、先生に告白しておいたほうがいいと思って、ペンを執りました。
こんな時代に、ペンだなんて。
笑いますよね。
でも、先生に
だから、インクも、あのころ使っていた
ペンも、あの、白い、軸のところに青い鳥の絵が描いてある、あのペンですよ。
突然ですが、わたしが和人先生が好きだったことは、先生、気づいてましたよね。
数学も理科も苦手だったわたしが、和人先生の物理の時間には必ず質問に行って、しかも、職員室まででも、なりふり構わず、和人先生の授業のない日まで質問に行ってたんですから。
先生も、そんなわたし、見てましたよね?
もちろん、結愛先生も好きだったんです。
そうです。「結愛先生も」です。
先生は、親切だし、とくに、細かいことにこだわらない。
うちの学校、とくに、だと思うんですけど、細かいところにこだわる先生、多かったじゃないですか?
そんななかで、ほんとに
そんな先生にあこがれてました。
自分はそうなることはできない、ってわかっていただけに、よけいにあこがれたんです。
だから、あの夏が終わったとき、和人先生と結愛先生が結婚された、と知ったとき、涙があふれてきました。
わたしの好きな男の先生と、わたしの好きな女の先生が、結ばれた。
祝福しなきゃ。
お祝いしなきゃ。
おめでとう、って言わなきゃ、伝えなきゃ、って思いました。
いや。伝えたんです。和人先生には。
いつものように質問に行って、最後に、小さく、
「おめでとうございます」
って言って、小走りで職員室から逃げ出したんです。
でも、結愛先生には、言えなかった。
その少しあと、わたしは、渡り廊下掃除のときに汚れた水を流していた排水溝のところにいました。
溝の向こう側には、夏の前に花の終わったあじさいと、それよりもっと前、春に花を咲かせていたつつじが植わってましたよね。
わたしは、足を開いて、排水溝を右足と左足でまたいで立って、その排水溝に自分の涙がまっすぐ落ちるようにしていたんです。
わたしがめったにやらない姿勢です。
そして、落ちて行くだけの涙が、わたしのなかから、湧いてきました。
いっぱいいっぱい、湧いてきました。
こんな表現をしたら、先生は、笑って「いっぱいいっぱい湧いてきた」なんて、そんな表現をするものではない、と指導してくださいましたよね?
もっと、そのときの、その場の自分にしかない感覚で表現しなさい、と。
でも、それ以外に、そのとき、その場のわたしの涙を表現することばがありません。
いっぱいいっぱい、次から次へ、湧いてきたのです。
ひとしきり湧いて、止まったかな、と思うと、また湧いてくるのです。
そして、ひとしきり涙が湧くたびに、わたしの後ろから、影のような、大きな像がのしかかってきました。
和人先生と結愛先生、夏に結婚したんだから、二人で海に行っただろう。
先生の水着はうぐいす色で、その肩が、その腕が、水着からはみ出した先生の胸が、どんどんと迫ってくる。
笑顔で、それも先生がよくなさる確信のある笑顔で、得意そうに、絶対に逃がさないっていう決意と残忍さも浮かべて、にじり寄るようにせり出してくる。
それは、やがて、青い夏の空の下の水着じゃなくて、フリルとレースいっぱいの下着になり、背景も夜の暗いどこかの部屋になって、そのまま迫って来る。
体育の先生よりもしっかりした、でも、表面は
わたしではなく、和人先生の体を。
いや。
和人先生に迫ったのは、ほんとうの結愛先生の体だったでしょう。
わたしには、その想像の、幻の結愛先生の身体が後ろから絡みついてきました。
そして、わたしがこんなに涙を流しているのに、その想像の結愛先生は、容赦しないどころか、どんどんとわたしの体に入り込み、わたしの体を絞め上げ、のけぞらせ、わたしの脚をその豊かな両脚ではさんで動かなくし、わたしの体のなかをかき乱すのです。
わたしの体の、下腹の、さらに下のほうが、かき回され、圧迫され、熱くなり、エネルギーを持ち、がんばって抑えていないと、裂けて、いろんなものが体からぼとぼとぼととこぼれ落ちそうになるのです。
その想像の結愛先生がわたしになさっていることを、ほんとうの結愛先生は和人先生になさっている。
好きだった、わたしが思いを寄せていた和人先生に。
和人先生に先生がほんとうの身体でそんなことをなさるのは、限られた時間のあいだだけでしょう。
しかし、先生の想像の身体は、いつまでもいつまでもわたしに取りついて、わたしの体の動きをじゃまし、打ち上げ花火の大玉のような大きい
わたしはどうしていいかわかりませんでした。
でも、すぐに、思いつきました。
結愛先生が、和人先生にほんとうの体で取りつき、わたしには想像の体で取りついているなら、その体をなくしてしまうしかない。
わたしは、排水溝の上に立って、そう決意しました。
あの場所は、その渡り廊下の掃除のとき以外はだれも来ない、見通しの悪い場所です。
わたしがそう決意するまでの一部始終を、あのあじさいとつつじの向こうから、だれかが見ているなんて思いもしませんでした。
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聖夜に書く告白の手紙 清瀬 六朗 @r_kiyose
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