第7話 あの時
今振り返ると、本当にあの時しかなかったんだと思う。最初で最後のチャンスだったのだ。
あの時、僕が自分の気持ちを打ち明けていたら、
あの時、私が自分の気持ちを話せていたら、
何か、変わっていたのかなー。
***************
「高橋くん、遅くなってごめんね!ちょうど始まっちゃったね。」
ハルちゃんが小走りで、こちらに向かって来て言った。
「ううん。ちょうど良かったんじゃないかな。みんなもあっちで待っているから、行こう!」
「そうだね。行こう!」
ハルちゃんは、浴衣姿の女の子を見ると、
「私も浴衣着たかったな。」
と、呟いた。Tシャツにジーパンで普段着姿のハルちゃんでも十分だけど。
「確かに、見てみたかったな。」
僕は、頭を少し掻くと、そのまま続けた。
「ハルちゃん、もうたぶん気が付いていると思うけど、ずっと好きだったよ。就活で大変な今、言わない方が良いと思ってたんだけど。急にこんなこと言ってごめん。」
ハルちゃんは、驚いた顔で頬を赤くした。
花火の音がパーン!パーン!と絶えず続き、夜空はその度に明るくなった。
「私は。私は高橋くんのこと、正直好きとかそういう風に考えたことはなかったんだけど。でも一緒にいると落ち着くの。ずっと話していたいなと思うの。あと、ずっと振り回されていた元カレのことは、高橋くんのおかげで忘れられたんだ。」
「そうなの?」
僕は驚いて返す。
「こういう好きのなり方もあるのかもしれない。」
ハルちゃんは、微笑んだ。そして、
「行こう!みんなが待っている!」
そう言って、走り出した。
***************
こうして、僕たちの関係は始まった。
ハルちゃんは就職活動が忙しいから、駅前のコーヒー屋さんで会ったり、公園で会って少し話したり、そんな関係から、たまには気晴らしに行こうと、バイクに乗せて思い出の中央公園に行く日もあった。
「懐かしいね。早い時間に来れば怒られないんだもんね!」
と、僕は公園の警備員に追いかけられた日を思い出した。
「そうだよ。今日は時間に余裕があるから、たくさん花火が出来るね!」
ハルちゃんも笑顔で話し、手持ち花火に次々と火をつけていく。
噴き出し花火や、ロケット花火も、一通りやると、最後はやっぱり線香花火だ。
「どっちが長く持つか、競争ね。」
とハルちゃんから挑戦された。二人だけから、線香花火もたくさんあって、なかなか勝負がつかなかった。
楽しかったねと言って、バイクに乗ろうとしたとき、
「たまにはバイクもいいんだけど、そうするとこのあとお酒飲めないんだよね。どうしようか。一回バイク置きに帰っていい?」
と僕は言った。
「家で飲めばいいんじゃない?」
ハルちゃんは、あっけらかんと言う。
「え、うちに来るの?」
僕の感覚は高校生並みにピュアだった。
「今日は行かないよ。急だし。また今度にしよう。」
「え、来ないの?」
「だって急に行くのは迷惑でしょ。」
「そんなことないよ!来ていいよ!」
「ははは。がっかりしたの?本当にまた今度にしよう。掃除しておいてね。」
ハルちゃんには振り回されてばかりだ。がっかりしたけど、後日予定して本当に来てくれた。
DVDを借りて、一緒に映画を見た。気になっていたけどまだ観れていなかった、モンスターズインクだ。
二人でげらげら笑いながら観て、その日はご飯を一緒に作って食べた。驚くほどにハルちゃんは料理ができなかった。
「実家暮らしだから仕方ないよー!練習するよ!」
「留学中は、料理してたんじゃなかったっけ?店のキッチンで働くとか言っていたのに!」
ははははと楽しい笑い声が響く。お酒を飲みながら作った料理を食べて、ハルちゃんは気が付くと眠ってしまっていた。やはり、就職活動で疲れているのだろう。
1時間ほど寝かせてあげて、その日は家までバイクで送って行った。
ハルちゃんの就職活動は、なかなか思うようにいかなかった。内定が取れたところも何件かあったようだけど、本当に行きたいところではないと言って、最終決定の段階で蹴ってしまっていた。
季節はあっという間に、夏から秋へと移り変わっていた。
僕たちは、直接アルバイト仲間達に交際宣言をしたわけではなかったけど、この頃には周知の事実になっていた。それでも変わらずに、みんなで遊ぶ関係は続いていた。
その日は、正孝さんとハルちゃんと3人で、アルバイト終わりに駅前の居酒屋で少し飲みに行った。
「就職浪人がなかなか就職出来ないって話は確かに聞くね。」
正孝さんはビールを飲みながら言った。
「やっぱり難しいよね。間が空いちゃうと。でもこのままだと3月までに決まる気がしないんだよね。」
ハルちゃんが嘆く。
「もう少しバイト頑張ってお金貯めて、もう一度留学するのはアリかなと思ってるんだけど。お金が貯まるのがいつになるやら…」
「留学する方が、ただの就職浪人よりは就職し易そうな気はするね。まあ、何にしても俺に何を言う資格があるかだよ。はははは。」
と、正孝さんは豪快に笑った。
「正孝さんのアメリカ計画はどうなったんですか?」
僕はずっと気になっていたのに聞けずじまいだったことを聞いてみた。
「こちらも金さえあれば、という話ではあるよ。目標は二人の旅立ちのタイミングを狙ってはいるんだけど。ごめん、間に合わなそう。」
「旅立ちのタイミングって3月ってこと?」
ハルちゃんが食いつく。
「そう。なんかさ、店のメンバーからしても3人見送るのがいいかなって最近考えていたんだよね。」
「無理に合わせなくてもいいと思うけど。ほら、私就職浪人するから、残るかもしれないし!」
ハルちゃんが明るく言う。
「そうすると、卒業するのは俺だけって事?なんだか寂しいな。でもせっかく決まったのに就職しないわけにもいかないけど。」
自分の旅立ちのタイミングが半年先に迫っている事に気が付く。こうやって、当たり前のように会って話したり、一緒にごはんを食べに行けるのも残りわずかだということだ。
だいたい、僕とハルちゃんの関係はどうなるのだろう。何も考えていなかったけど、ハルちゃんの就職先は、高確率で都内になるだろう。他の都道府県だとしても、静岡になる確率は相当低い。その場合、遠距離恋愛が実って、結婚って話になったら、こんなに頑張って就職活動をして入った会社を、ハルちゃんは辞めることになるのかー?付き合ってまだ数ヶ月で、何を考えているのだ、と笑い合っている二人を見て、僕は我に返った。
とりあえず、噛み締めなければならないのは、今のこの瞬間だけ。残された時間は僅かなのだから。
冬になっても、ハルちゃんの就職活動は実を結ばなかった。この時期には募集自体が大きく減っていて、年明けには次年度の卒業生向けの就職活動が始まってしまう。ハルちゃんの中では、焦りもなくなり、諦めの方が勝っているように見えた。
ハルちゃんが忙しくて、なかなかデートが出来ずにいた僕たちは、クリスマスくらいはと、出掛けることにした。
僕の好きなバンドのライブに行ったのだ。ハルちゃんは、色々と音楽は聴くけど、ライブに行くのは初めてだと、とても楽しそうにしていた。そして、店長が言っていた通り、会場近くの飲食店はどこも満員で、入ることが出来なかった。レストランを予約しなかったことを僕は後悔した。
仕方がないので、自分たちの住む街に戻り、駅前のチキン屋さんでチキンを食べて帰った。クリスマスディナーみたいなことは出来なかったけど、これはこれで良い思い出となった。
クリスマスプレゼントには、お互いがお互いにプレゼントするということで、ペアリングを買いに行った。あと3ヶ月もすれば離れ離れになってしまうから、お揃いの物が欲しいと、僕から提案した。
そうして、気が付けば年が明け、いよいよ卒業の日が近づいて来た。
僕の卒業研究も佳境を迎え、ハルちゃんも就職活動に本腰を入れ始めた。1月はそんな生活で、週に1回、近所の公園で会って30分話す程度の関係が続いた。毎日のおやすみメールだけは欠かさずに送るようにしていたけど、確実に連絡を取る回数も減っていた。
2月に入ると、僕の卒業研究は無事に終わりを告げ、僕は卒業が確定した。
バレンタインには、料理に不慣れなハルちゃんが一生懸命トリュフを作ってくれた。僕は海外式に、お花を1輪あげたら、この上ないくらい喜んでくれた。
そして遂に、ハルちゃんの就職先が決まった。2月の終わりのことだった。ハルちゃんは第一希望は商社と言いながらも、幅広い業種にエントリーしていた。最後の最後で決まったのは、希望していた商社だったからさすがだ。ここまで来ると粘り勝ちとしか言いようがない。
こうして僕たちは、初めてお互いに何のしがらみもない状態になれた。盛大にお祝いをして、せっかくだからと卒業旅行に行くことにした。思い立つのが遅かったので、安い値段で行かれるのは東南アジアだけだった。色々な場所を検討して、僕たちはフィリピンのセブ島に行くことにした。日本から直行便が出ているビーチリゾートだ。
僕は初めての海外で緊張していたけど、フィリピンは英語が通じるということで安心した。日本人観光客がよく訪れることもあるからか、現地の人もみんな僕たちに親切にしてくれた。
セブの海は透明でとても綺麗で、ダイビングをしなくてもシュノーケルだけで沢山の熱帯魚を見ることが出来た。
アルバイト先への店へのお土産にドライマンゴーを沢山買って帰った。リエちゃんが好きらしく、とても喜んでいた。
そうして、楽しい日々は終わりを迎える。3月の卒業式の後、僕は4年間住んだアパートを引き払って、静岡の会社の寮に入ることになった。寮と言っても借り上げのアパートだから、管理人もいないし、春休みの間はハルちゃんも泊まりに来て過ごした。
4月になると、僕たちの遠距離恋愛が始まった。お互いに研修も忙しく、毎日のおやすみメールを送るだけの日々も続いた。
こうしてー。
***************
カシャン!
目の前を歩いていた人が、スマホを落として、高橋は我に返った。
一瞬のうちに現実に戻される。
そうだ。実際は言えなかったのだ。あの時、何も。
当時は自分のことをヘタレとかそんな風に考えたこともなかった。
でも今振り返ると、本当にあの時しかなかったのだと気付く。
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カシャン!
目の前を歩いていた人が、スマホを落として、春香は我に返った。
一瞬のうちに現実に戻される。
そうだ。実際は言えなかったのだ。あの時、何も。
高橋くんのことを好きとは思ったことはなかったけど、あの時自分がどんな風に思っているか伝えるべきだった。少なくとも、健太と離れさせてくれるきっかけを作ってくれたことだけでも。
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「高橋くん、遅くなってごめんね!ちょうど始まっちゃったね。」
私は高橋くんを見つけると、すぐに走って行った。
「ううん。ちょうど良かったんじゃないかな。みんなもあっちで待っているから、行こう!」
「そうだね。行こう!」
私は浴衣姿の女の子を見ると、
「私も浴衣着たかったな。」
と呟いた。
しかし、すぐに何を言っているんだとはっとし、
「この後みんなバイトだしね。私服の方がいいに決まっているじゃんね。」
と慌てて言い繕った。
高橋くんが少し戸惑っているように見えたから、
「みんなが待っている!早く行こう!」
と、続けて言って、みんなが待つ方へ走って行った。
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