第8話 騎士団の駐屯所にて

 馬車に揺られながら、私は窓の外を眺めていました。冷たい風が隙間から入り込み、スカイブルーのローブを少し震わせます。同じ馬車内には、騎士の男性が乗り合わせていて、こちらをジロジロ見ていますね。はたして……。


「君は盗賊の仲間ではなさそうだが、何故拘束されていなかったんだ?」


 なるほど、盗賊のアジトに拘束されていない状態でいた私を不審に思っているみたいですね。私は少し首を傾げました。さて、どうしましょうか。とりあえず連れていかれるところだったのは事実ですし、そのまま答えましょうか。私は彼の鋭い視線を感じながら、穏やかに口を開きました。


「彼らに捕まり、アジトまで連れていかれました。逃げることもできましたが、盗賊のアジトには……捉えられている負傷者もいるかと思い、身を任せてみました」


 私は戦場の一件で学びました。誰彼構わず治療する私の信念は、きっと普通じゃないのでしょうね。だから、嘘をつくことを覚えたんです。盗賊の治療が目的ではなく、あくまでそういうていで赴いたつもりと言えばいい。私は少し目を伏せて、その言葉を頭の中で繰り返しました。


「わかった、君は盗賊団の仲間ではないのだな。名前を聞いてもいいか?」

「メアリー・リヴィエールです」

「!? ……メアリーか。良い名前だ」


 騎士の男性が私に笑みを浮かべました。一瞬だけ驚かれたような気もしますが、知人と名前が同じだったとかでしょうか。私は彼の笑顔に少し安心しましたね。彼の鎧が馬車の中でキラキラ光って、少し眩しいです。


「私は王都第二騎士団団長、ルミエ・ド・ラ・シャルテだ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 私は差し出された手を取ります。……ふむ、この方は強い方ですね。手が大きくて固く、負傷とは無縁そうです。私は彼の手の感触を感じながら、少し感心しました。人間って、こんな力強さを持てるんだなって。


「あの、私は特に何もなければ、このまま解放していただけるでしょうか?」

「ん? いや、一応盗賊と本当に無関係かわかるまでここにいてもらう」


 それはそれは……困りましたね。ここから出られないと治療ができません。かくなる上は……。私は少し考えました。


「それでしたら、こちらに滞在している間、騎士団の負傷兵を治療させてください。これも何かの縁ですので」

「ほう? それは有難い申し出だ。それでは数日だけお願いしよう」

「ありがとうございます」


 よし、これで騎士団の負傷兵の治療をすることができます。戦場じゃないですし……悪魔なんて呼ばれませんよね? 無論、本当は彼らだって治療したい。でも、彼らは自分が怪我をしたのに、また誰かを傷つけるために戦場に戻っていった。私にはそれが理解できませんでしたね。もう一度大けがをして、今度は死ぬかもしれない戦場に戻って、また命の奪い合いを始める彼ら。……私には理解できない。私は少し胸が重くなりました。


「メアリーはヒーラーなのか?」

「はい。一応、治癒魔法が使えるのですが」


 私はルミエさんにそう話すと、彼の表情が明るくなりました。治癒魔法が使える人間は少ない。だから、きっとここでもたくさん治療ができるでしょうね。私は少し期待しました。そうして案内された救護室に入ると……。


「うわああ!!」

「きゃあ!」


 ……怪我人の絶叫が聞こえてきました。私は首を傾げながら室内に入ります。すると、そこには……患者を乱暴に押さえつけて治療している騎士の人たちの姿がありました。部屋は薬草の匂いと血の臭いで満ちていて、木製のベッドが軋む音が響きます。そして……。


「おい、もっとしっかり押さえとけ!」

「……はい……」


 その騎士に言われ、一人の女性が患者の腕をしっかりと抑えました。しかし、それはどう見ても治療とは程遠いものでした。私は少し眉をひそめましたね。


「あの……何をしているのですか?」


 私がそう尋ねると、その騎士は……。


「あぁ? 見りゃわかるだろ。ただの治療だ」

「……それを治療とは呼べませんよ?」


 私は患者が痛そうにしているのを見過ごすことはできませんでした。だから……私は治癒魔法を使います。私は両手を軽く上げました。


「……なんだこの光は!?」

「おい! お前何してんだ!!」

「え?」


 私が魔法を発動すると、私の身体から光が放たれます。柔らかな光が部屋を包み、患者の傷が塞がっていくのが見えました。そして、その光を浴びた騎士たちは驚きましたね。


「怪我が治った?」


 怪我人で大暴れしていた男性が、自身の腕が自由に動くことに驚き、その場にいた騎士と女性も私を見て目を丸くしていました。私は彼らの反応を見ながら、少し首を傾げました。


「治癒魔法? 嬢ちゃんヒーラーか?」

「はい、私はヒーラーですが?」


 私がそう答えると、騎士たちは興奮して私に近づきます。そして、私の両手を掴んで上下に振りました。私は少しびっくりしましたね。


「すげえ! 嬢ちゃんすげえな!!」

「あ……ありがとうございます」


 その騎士に気圧されながら、私は感謝の意を伝えました。……でも、ただの怪我の治療でしかありません。だから……。私は少し落ち着いて、ルミエさんを見ました。


「あの、ルミエさん」

「……なんだ?」

「この方たちは……何故このような治療法をしているのですか?」

「恥ずかしい話……医療班がみんな辞職してしまってな」

「? 何故ですか?」


 しばらくの沈黙。ここは王都の近くで、王都の騎士団の駐屯所。であれば、給金もしっかりしているはずですし、救護室も十分な設備がある。辞職する必要はあるのでしょうか。私は少し首を傾げましたね。


「それがな……実は騎士団にも派閥があって」


 なるほど、辞職したと言っても、引き抜かれたのですね。私は少し納得しました。人間って、争いが好きなだけでなく、仲間同士でも揉めるんだなって。


「それで、彼らは」


 治療とは到底呼べないそれらの様子を見て私が質問をすると、ルミエさんは少し恥ずかしそうに答えました。私は彼の表情を見ながら、少し同情しましたね。


「彼らはうちの救護班……の仮要員だ」


 私は救護室を見回しました。乱暴に押さえつけられた患者たちの呻き声が、まだ耳に残っています。私は少し息を吐いて、思いました。戦場じゃなくても、苦しむ人はいるんですね。ここでなら、私の治療が悪魔と呼ばれずに済むのでしょうか。私は少しだけ、希望を感じました。

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