戦闘と秘策

「っ! シン!」


 私の声は、熱波と轟音によってかき消される。

 灼熱の炎は離れた私たちの所まで、目も開けていられないほどの余波をもたらした。


「こんな程度でたおれる僕じゃないっ!」


 シンの声が聞こえたと当時に、赤熱の中に走る一筋の剣閃。


 炎を掻き切ったその中から出てきたシンの姿に変わりはないようだった。息を荒げる様子もなく、消耗もなさそうに見える。彼の中では想定内なのだろうが、見ているこちらとしては気が気ではないというもの。


 炎を切り裂いた黒は、そのまま疾駆を続ける。距離を縮め、二つの黒が交わった時、金属同士が触れ合うような甲高い音がこちらまで届いてきた。


「あれが、生物から出る音なのか……?」


 隣にいるミハイルがこぼす。

 剣と鱗が放ったその音だけでも、黒龍の防御がどれだけ堅牢なものなのかが分かる。


「押している……?」


 黒と黒、一瞬の衝突の後にのけぞったのは、巨躯の方だった。

 小さな影は勢いそのまま、続けざまに攻撃を浴びせんと跳躍した。

 しかし、一方の黒龍もその大きな翼をってシンを払わんとする。


「っ!」


 思わず声が漏れる。

 二度目の衝突、弾き飛ばされたのはシンの方だった。


 その巨体に見合った膂力を以て、龍はシンを吹き飛ばした。

 それだけで、無に等しかった黒龍とシンとの距離は、大きく離されてしまう。


 黒龍は、これ好機と再び喉を赤熱させる。


 これでは堂々巡りだ。接近しても一撃では有効打にならないし、簡単に引き離されてしまう。そうして、距離ができれば炎を放つ。


「はぁぁぁっ!」


 シンの手にある剣が黒く閃く。

 闇属性の魔力を纏った剣閃は、海を割るがごとく、迫りくる炎を二つに引き裂いた。


 でも、これだけではだめだ。シンは善戦している。だけれど、今の状態は時限付きのものだ。彼が言うには戦闘が始まってから保って一刻、それ以上は次第に叙勲の後押しは薄れてゆくのだという。


「アフィリア嬢、何を……!」


 魔力を纏い、一歩前へ踏み出した私へミハイルからの戸惑いの声。


「私だって、見てばっかりじゃないんだから!」


 シンの危機を、安全なところからただ見ているだなんてできない。私にはできっこない。だからこそ、私は、私のできる方法で彼の手助けをする。


 魔力を集中させる。私の魔法は、時を操るものだけれど、その感覚は糸を手繰り寄せる感覚に近い。だからこそ、手で触れた物には干渉しやすい・・・・


「これは、ちょっとズルなのだけど、今はそんなこと言ってられない!」


 息を吸う。これから行うことに必要な酸素を、肺と脳とに送り込む。

 魔力で自分の体を満たしてゆく。温かい感覚が全身に行きわたる。


「今は知らぬ遠き春」


 今から行うのは詠唱。自らのイメージの補強にして、世界に対する宣言。


幾星霜いくせいそうの時を超え」


 想像するのは未来の自分・・・・・。シンの力になれるだけの実力を身につけた私の姿。


「力なき我が求むるは」


 必要なのは力。彼の隣に胸を張って立てるだけの実力。


の者をたすくる力なり!」



 世界へと呼びかける、内なる自分へと呼びかける。私に彼を助けさせてほしいと、私の大切な騎士ひとを。


「我が名はアフィリア・メルクーリ! メルクーリ王家次代当主、アフィリア・メルクーリ! お願いっ! 私に力を貸して……!」


 最後はほとんど神頼み。どうにかなれとお願いしながら魔力を内へと・・・放つ。


 『今のアフィリアさまが実力不足なのなら、実力が足りているアフィリアさまを呼び出しちゃえばいいんです』というのがソフィアのごんだけれど、未来の私が十分な実力を備えている保証などどこにあるのだろう。しかし、願わざるを得なかった。縋らざるを得なかった。


「これがシンのためにできるたった一つのことだから!」


 温かい魔力で満たされた体、そこに流れ込んできたのは記憶。今はまだ知らない未来のこと。


「ありがとう、未来の私」


 私がしたことは単純で、未来の経験を引き出しただけだ。それも、魔法に限定して。つまり……。


「これで、私は魔法を完全に扱える! シンッ!」


 私が内へと意識を向けているうちに、二つの黒は再び衝突しようとしていた。

 甲高い金属音と火花が連続して走る。常人には目で追いきれないそれだが、今の私は一味違う。自分に魔法を使い、加速した時間に身を置くことで、高速戦闘にだってついていくことができるのだ。


 自分にかけたものと同じ魔法をシンにも施す。遠隔で。私の魔法は、実のところ対象に触れる必要はなかったのである。使いたてで、私がまだきちんと扱いきれなかったから、触らないと効果がなかっただけ。言い換えれば有効射程がゼロだっただけ。未来の私はきちんと修練を積んでくれていたようで、高い城壁の上からでもシンへの援護ができるほどの長距離でも魔法行使もできるようになった。


「これは……!」


 一瞬、シンが振り向く。加速した時間には私とシンの二人だけ。何人なんぴとも立ち入ることのできないその空間で、交差した私のシンの視線は一瞬で様々な思いと情報を伝え合う。

 にやり、とシンの口の端が吊り上がる。私もつられて頬を緩める。二人して、新しい遊びを思いついた子供のような顔をしながら、ただ視線を交わした。


「そんな奴倒しちゃって! シンッ!」


 加速した時間の中、シンは猛攻を開始する。

 黒龍の腹や首など、柔らかい部位にいくつもの傷を作り出してゆく。その度に龍はくぐもった唸り声をあげる。


「避けてっ!」


 黒龍の丸太をいくつも束ねたような腕によって弾き飛ばされた、岩がつぶてとなってシンに躍りかかる。


 シンは後ろへ跳躍し、距離を取るがそれでもよけきることはできない。


「なら、私がっ!」


 私が最初に発現した魔法、あれと同じことをやるだけ。距離が離れていようが関係ない。


 今まさにシンに襲い掛からんとしていた土煙が、石のつぶてが、動きを止めた。

 そして元居た位置へと戻ってゆく──加速しながら。


「巻き戻す速さだって、私の自由なんだから」


 シンへ殺到していた致死量のつぶては一転して、黒龍の方へと高速に収束してゆく。


「えいっ!」


 黒龍に触れる直前、私は掛け声とともに魔力による操作を手放した。大量の石が、砂が慣性の力によって、弾丸となって巨体へと襲い掛かる。


「これが、アフィリア嬢の……」


 背後のミハイルが呟く。


「ええ、ちょっとズルをしているのだけれどね……こんなことだって、できちゃうんだから!」


 上空、黒き災いの上へと手をかざす。

 私の手の向かう先に生み出されたのは氷塊。


 熱とは振動なのだという。つまり、振動じかんを止めてしまえばそのものは熱を失うということに他ならない。

 時間の停止によって生まれた極低温によって生み出された氷塊、それは時間の檻から解き放たれると同時に、質量をって黒龍に襲い掛かる。

 攻撃ついでに加速させて、その威力を増大させる。


「くらえっ!」


 轟音。

 城壁の上まで立ち上ってくるほどの冷気を振りまきながら、氷塊は黒龍を押しつぶした。


 龍は悲鳴をあげながら、氷塊に押しつぶされる。

 しばらくの静寂、そののち透明な氷に赤が反射する。


「シン、下がって!」


 続いて爆発。莫大な水蒸気を立ち昇らせながら、氷塊は霧散し、黒龍の姿を隠した。


 黒龍の咆哮と共に、白霧が晴れる。


「リアっ!」


 私の目に飛び込んできたのは、こちらに向けられたあぎと。開かれたその口腔は、炎を放たんと赤熱していた。

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