足取りは確かに、歩調は軽やかに

「それで、まだ聞いていないことがあるのだけれど」


 シンが落ち着いたころを見計らって、彼の頭を解放して声をかける。


「うん。何かな?」


「私に本当のことを伝えると、どんな不都合があったの? さっき、私に言うと、何が起こるか分からなくなる。なんて言っていたけど」


 未来を知っている彼が、あえてその事を私に伏せる意味、それが分からなかった。私に言えば、もっと早くに協力でできたし、何より、彼に裏切られたと勘違いしてあんな思いをする必要もなかった。


 シンだって、私を傷つけるのは本意ではないはず。だとすれば、何か意図があるに違いない。


「言葉その通りの意味だよ。何が起こるかが『わからなくなる』僕の知っている未来と同じ行動をしないと、黒龍の襲来の日が早まってしまうかもしれない。あるいは、別の危機が迫ってくるかもしれない。そういう不確定要素を、できるだけ排除したかった。特に君の行動が変わってしまうのは避けたかった。時を操る能力を持つその本人、僕をここへ送り届けたその本人の君がそのことを知ってしまえば、僕の知っている未来から変わってしまう可能性が高いと、そう思ったんだ。だから、君には伝えなかった……伝えられなかった」


 シンは、思いつめたような……実際そうなのであろう顔をしている。

 その顔を見ていると、長い間この国のことを、私のことを、守るために一人で抱え込んできた、それを分かち合うことができなかったわが身に対する怒りがこみあげてくる。


 私にできることはなんだってしよう、それが彼のこれまでの行いと苦労に対する報いだから。

そして、すべてが終わったら思いを伝えよう。彼が抱えてきたものをすべて清算できた時、それがきっとふさわしいタイミングだと、そう思うから。


「シン。やっぱり、貴方あなたは私の騎士様ね。長い間、誰にも言えずに苦しかったでしょう? それでも貴方あなたは曲げなかった。折れなかった。それがどれだけ苦しいかなんて私には分からない。想像だってつかない。だけれど、貴方あなたはやり切った。それは誇るべきことよ」


「……まだ、やり切ってはいないよ、リア」


「そうね、そうよね。だってまだ倒すべきものを倒していないものね」


「そう、黒龍を倒して、この国を、君を守り切って、僕は初めて君の騎士になることができる。そうじゃないと僕は自分を許すことなんてできない。君を守れなかった自分を許すことなんてできない。だから、自分を乗り越えるために、力を貸してくれないかな、リア。」


「ええ、願ったりよ。臣下の望みに応えるのだって、の役目なんだから!」


親愛なる私の騎士シンの前に立ち、胸を張る。声は高らかに、気持ちは晴れやかに。


「シン・タキトゥス。貴方あなた貴方あなたの望むがままになさい。今度は、わたくしがあなたの願いに応える番よ」


 先行きは暗けれども、私の足元を照らす光がある。


「仰せのままに、親愛なる姫殿下マイレディ。私は私の責務を全うします」


 だから怖いものなんてない。伝説の黒龍だろうがかかってこい。

 今の私たちは、伝説の騎士よりもずっと強いに決まっているのだから。


 部屋を発つ。足取りは確かに、歩調は軽やかに。

 私にできること、私だけにできること。まずは、魔法を修めることだろう。どんな傷だろうと癒して、シンが安心して戦えるように。


「じゃあ、私はマリエラ先生の所に行くわね。シン、あなたはどうするの?」


「僕は剣の稽古を。これ以外に僕にできることなんて、もうないからね」


 シンは、私に剣を見せながらふわりと笑った。

 彼の笑顔はこれまでより自然な気がした。



×  ×  ×



「マリエラ先生、魔法を上達するにはどうすればいいのでしょうか?」


 保健室を訪ねた私は、開口一番用向きも告げずにマリエラ先生に問いを投げかけた。


「とりあえず、『使って慣れろ』が基本ね。使って、自分の魔法を理解して、お友達になるの」


「お友達……ですか?」


「ええ、お友達」


 先生は私の手を取ってそう言った。


「お友達になって、得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌いなこと全部を教えてもらうの」


「なんだか要領を得ないです……」


「お姉さん、正直な子は好きよ」


 最初に合った時のごとく、私は先生の胸中に収まった。

 先生の豊満な体にきつく抱きしめられ、半ば絞め落としの形になろうかというその時、私の顔は解放された。シンは苦しくはなかっただろうか。少し、気になった。


「……それで、お友達になる、とは具体的に言うと?」


 はぁはぁ、と両肩で息をしながら先生へと問いを投げる。

 保健室に来るたびに窒息の危険が伴うのかこの学校は。


「うーん。私は感覚派だからねぇ、言葉にするのは少し難しいかも?」


 それでも……。


「それでも教師なのか、なんて苦情は受け付けません! だって私の本業は保健室の先生なのよ?」


 先生はベッドをポンポンと叩きながら、私の心の声を聴いているかのように先回りしてくる。


「それとも、私とになる?」


「それは恐れ多いおそろしいので遠慮しておきます」


「そう~? 残念」


 先生は、肩を落としてベッドに深く座りなおす。心の底から残念そう。

 きっと、わが身に危機が迫っていたに違いない。


「あっ、許可証を持っていなかったです。もらってきますね!」


「アフィリアちゃん、ちょっと待って~。もっと先生とお話しましょう」


 都合のいい言い訳を見つけた私は、そそくさと保健室から退散するのだった。

 先生を振り切るように。


 その足で職員室へと向かう。

 授業以外で魔法の練習をする際の許可証をもらいに来たのは本当のことだ。

 それさえあれば、マリエラ先生も変に話を脱線させることはできまい。


「失礼します」


 ドアをノックし、職員室へ立ち入る。


「お、アフィリア君じゃないか。どうかしたのか?」


 そんな私に声をかけたのはレイモンド先生。

 親し気に手を挙げて、挨拶をする様子は完全に生徒に対する先生のそれだった。


「課外で魔法の練習をする許可証をと、思いまして」


「お、そうか。練習熱心じゃないか」


「それで、もう一つお願いなのですが」


「うん? どうした?」


「練習の立ち合いをレイモンド先生にもお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わないが、どうしたんだ」


 レイモンド先生は顎に手を当て、首をかしげる。その目は『マリエラ先生はどうした』と如実に語っていた。


「少しマリエラ先生の説明は感覚的なところがありまして……」


「それで、俺に解説をしてほしいと」


「ええ。もしお手空きであれば、ですが」


「ちょうど、書類が片付いたところだ。いいだろう」


「ありがとうございます」


 私はレイモンド先生に感謝を込めたお辞儀をした。それはそれは深いお辞儀を。



×  ×  ×



「マリエラ先生、戻りました」


「おかえりなさい、アフィリアちゃん……げ」


「げ、とはなんだ。げ、とは」


 私の後ろについてきたレイモンド先生を目にしたマリエラ先生の頬が引きつった。


「考えたわねぇ、アフィリアちゃん……」


「なんだ、俺が居たらまずい事でもあるのか」


「いいえ、ないわ。ないったらないわ。一つもない。これっぽっちもないんだから」


「そうか、ならいいじゃないか。お前がどんな講義をするのか、見せてもらおうじゃないか」


 レイモンド先生は手ごろな椅子を引きよせると、その椅子の上に、どかり、と座り込んだ。


「というわけなので、よろしくお願いします。マリエラ先生?」


 これもすべてはこの国のためなのです、マリエラ先生……。

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