騎士とデート

「おはよう、リア」

「おはようございます、お嬢様」


 朝食の時間、ロセが用意してくれた朝食が並んだテーブルを挟んで、シンが座る。隣にはロセ。

 元来、メイドは一緒に食事を取らないのがルールなのだが、せっかくの美味しい料理が冷めてしまうのはもったいないし、何より家族のようなロセをただの使用人扱いしたくないと私が無理やり一緒に朝食の席に着かせた。


 最初こそ固辞しようとしていた彼女だったが、根負けして渋々といった感じで一緒に食事を取るようになった。頑なに断っていた割に、食卓を囲む彼女の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「お、おはようっ!」


 上ずった声でシンへとあいさつを返す。

 私の顔は耳まで真っ赤だろうことは、容易に想像できる。


「? どうしたの? ……もしかして熱でもある?」

「いっ、いいえ。 熱なんてとんでもない! 元気よ元気。ほらこんなにも」


 ちからこぶを作ってシンに見せるが、私の細い腕ではこぶなんて出来っこなかった。

 もちろん体調不良なんかじゃなく、原因は別にある。あの本だ。ソフィアから借りたあの本。ソフィアが、私とシンの関係に似ている、と言ったのを肯定してしまったばっかりに、主人公と騎士とを私たちに重ね合わせて読んでしまったのだ。


 それに、英雄譚好きを聞いて進めてきたのだから、それに類するものだと思っていたが、全くそんなことはなかった。手を繋いで、デートをして、それにキ……キスまでして。初めて味わう刺激に、私は熟れたリンゴのように真っ赤になってしまったのだった。


「……ちゃんとご飯食べてる? やっぱり熱があるんじゃない?」


 そう言うと対面に座っていた彼は、机を回り込んでこちらへと歩み寄ってくると、私に視線を合わせた。

 目を合わせられない。あの小説のせいで、妙に意識してしまうのだ。


「だから、だいじょう……ひゃっ!?」


 額に冷たい感覚。

 黒髪の騎士の大きな手が、私の額を包み込んでいた。


「熱は……無さそうだね。でも、気を付けてよ? この前倒れたばっかりなんだし、心配なんだから」

「ひゃ、ひゃい……」


 とくんとくん、と脈打つ音を体じゅうに響かせながら食べた今日の朝食は、なんだか味がよく分からなかった。



×  ×  ×



「リア、今日の予定は何か入っている?」


 朝食を食べたあと、窓際に置いた椅子に腰かけて日差しと読書を楽しんでいると、


「いいえ、公務だって学生の間はさせてもらえないし、今日は完全にお休みね」


 『学生の間くらい王族であることを忘れろ』とは父の言で、公務のほとんどから遠ざけられているのが現状。呼び戻されるのは私たち一家の生誕のお祝いの日だけだとのことだ。


「だったら、少し出かけない?」

「珍しいわね、シンからお出かけに誘ってくれるなんて」


「こういう機会があるのも今だけですからね。お嬢様とってもいい息抜きになるかと思って」


 そもそもあまり出かけることがなかったのもあるのだが、こうしてシンと出かけるのは初めてではないだろうか。


「喜んで。シンと一緒ならきっと楽しいわ」

「では、お出かけの準備をしなければいけないですね」


 ロセが腕まくりをしながら近づいてくる。

 結構な気合の入りようだ。


「……お手柔らかにお願いします」


 そのままロセに手を引かれ、衣装室へと連行されたのだった。


「良くお似合いです」

「ありがと」


 まるで着せ替え人形のように、服をあれやこれやと服を試されて半刻くらいが経っただろうか。ドレス、ショートスカート、パンツスタイルまであった。

その結果、革のパンプスに、白いロングスリーブのワンピース。少しつばの大きな白い帽子とストッキングで、日差しの対策も完璧。


 普段と少し違う装いに少し背筋が伸びる。きっと他の人たちは、ドレスで背筋を伸ばすのだろうけれど。


「なんだか新鮮だね。ドレスか制服かしか見ないから」


 部屋を出ると、シャツと黒いズボンを身にまとい、いつもと違う装いをしたシンの姿があった。


「感想はそれだけ?」


 ちょっと意地悪だっただろうか。でも、せっかくおめかしをしているのだから、賛辞の一つくらい望んだってばちは当たらないだろう。


「よくお似合いですよ、レディ」


 そう言うと、彼はひざまずいて私の手を取る。


「はい。貴方もよく似合っていますよ、シン。……では行きましょうか」


 彼に手を引かれて、寮を出ていく。今日は馬車を使わず、歩いての移動。

 ロセは、『シン様がいらっしゃるなら安心です』と彼に私を任せて、噂の調査を続行してくれるのだという。

 だから、今日はシンと私の二人きり。


「初めてね。こうしてあなたと二人で町へ出るなんて」

「確かに……今にして思えば、話したりお茶したりで、外に出たことはなかったね」


 青いキャンパスに、白い雲が少しだけ垂れ込める気持ちのいい空。日差しも暖かく、絶好の行楽日和だ。


「それで……どこへ連れて行ってくれるの?」

「はっきりと決めているわけではないんだけれど……リアに町を見てもらいたくって」


 私の手を引いて、少し前を歩くシンはこちらに顔を見せずにそう言った。


「町を……? どうして?」

「みんなに君を知ってもらうんでしょ? だったらリアもみんなを知る努力をしないといけないんじゃないかなって。……差し出がましいかもしれないけどね」


 白い門をくぐり、学校の敷地を出ればすぐに王都の城下町。

 石造りの家が立ち並ぶ通りを少し歩くにつれて、少しずつ人の密度が高くなってゆく。そのまま少し歩くと、メインストリートの繁華街。様々な店が立ち並び、それを目当てに人々が行き交う大通りに出る。


「人がたくさんいるから、はぐれない様にね」


 そう言うとシンは、私の手をぎゅっと握りなおした。

 手が汗ばんだりしていないだろうか、だなんて変な心配をしながら、白い背中を追いかけてゆく。


「何か気になるものがあるなら教えてほしい。僕も、そんなに町へ来るわけではないんだ」


 少し自分の計画性のなさを恥じるような、そんな感情が彼の声音には滲んでいた。


「じゃあ、少し露店を見て行ってもいいかしら?」


 ブティックは見たことのある店が多かったので、見たことのない露店をいろいろと見て回ることにした。


 露店が立ち並ぶ通りは特に活気があって、客引きの声や、値切り交渉する声が飛び交っている。手を繋いでいる私とシンの距離でも、少し張り上げないと声が届かないほどだ。


「ねぇ! あのお店見てみてもいい?」


 前を行く彼の腕を引いて、脇の露店を指差す。

 

「じゃあ、行ってみようか!」


 お互いに大きな声を出しながら会話する。こんなことだけでも、いつもにはない非日常で少し楽しいと感じたりする。


「いらっしゃい! お二人さんは恋人同士かい?」


 威勢よく、遠慮はなく、店主が話しかけてくる。


「ええ、そうなんです」


 そう言ってシンは私の体を引き寄せた。


「ちょっと! シン!?」

「こっちの方が自然でしょう? 今だけお付き合いください」


 私だけに聞こえる声量で、そう言うが私は気が気じゃない。確か夕べに読んだ本にもこんなシーンがあったような気がする。


「はは、お嬢ちゃんは恥ずかしがり屋なんだな。こんな別嬪さん大事にしてやれよ」

「ええ、僕にはもったいないくらいです」

「大事なデートだ、おっさんはこれくらいで引っ込んでおくから、ゆっくり見て行ってくれ。」


 調査だという名目が店主のおじさんの一言で崩れ落ちてゆく。

 デートという単語を聞いて、とくん、と鼓動が高鳴るのを感じた。


 気を紛らわせるために、雑多に並べられた商品を眺める。

 どうやらアクセサリーショップらしく、所狭しと種類も様々な装飾品が並んでいる。


「これ……」


 目に留まったのは騎士王の紋章が中に封じ込められた青い宝石。それを用いた一対のイヤーカフス。


「お、それが気になるのかい、お嬢ちゃん」


 店主は目ざとく私に向かって声をかけてくる。さっき言った『引っ込んでおく』という言葉は何だったのか。


「ええ、騎士王の紋章でしょう? これ」

「よく知ってるじゃねぇか。どうだ彼氏さんよ、彼女はこれがお気に召したみたいだぜ」


 店主は自然な流れでシンに購入を促そうとする。こういうのを商売上手だというのだろうか。


「では、店主さん。これをお願いします」

「ちょっと、シン!? そんな無理しなくてもいいのよ?」


 シンを制止しようとするが、彼の目を見て私は悟った。これは何を言っても言うことを聞かないときの目だ。


「嬢ちゃん、こういう時は男の顔を立てとくもんだぜ」

「……はい」


 にこやかにそういう店主に流されるように私は小さく返事をしたのだった。


「毎度ありー!」


 威勢のいい店主の声に見送られて、店を後にする。


「あっちで休もうか」


 そう言うと、シンは私の手を引いて通りの中腹にある広場へと私を導いた。


「リア、ここに座って」


 広場の中央にある大きな噴水の端、座れるようになっているその場所にハンカチを広げ、その上に座るように彼は促す。

 いったいどこでこんなエスコート術を学んできたのだろうか。


「少し待っていて、何か飲み物を買ってくるから」


 そう言うとシンは小走りで駆けて行った。


 シンが離れて、浮足立っていた気持ちが少し落ち着いて気がする。たぱたぱ、と噴水が奏でる控えめな水音を聞きながら、青い空を眺めているその時。


「きゃっ!」


 こちらに駆け寄ってきた男が、突然私に麻袋を被せると、肩に担ぎあげて駆けだしたのだった。


「───この体勢、覚えがあるわっ!」


 私、アフィリア・メルクーリは攫われたのだった。

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