拒絶と逃亡

 恨みのこもった視線を浴びながらも、スピーチをつつがなく終えることができた。

 会場に響き渡る盛大な拍手を浴びながら、壇を降りてゆく。


 自分の席に戻ると一息。

あの視線のおかげで、普段以上に緊張してしまった。


「お嬢様、普段より緊張していらっしゃいましたね」


 猫を被った騎士シンはぽつりと、私に問いかける。


「ええ、それもうは緊張しましたとも。わたくしが新入生の顔なわけですから」


「普段は国民の代表をされているのにですか?」


 その言葉には返事せず、顔を前に向ける。次の人の話が始まったため、追及を逃れることができたが、どうやら私の嘘は彼にはバレバレのよう。

 

 隣の席から聞こえてきた、小さなため息は聞こえなかったことにしよう。



×   ×   ×



 入学式は何事もなく終わった。

しかし、私は向けられる覚えのない感情に、一抹の気持ち悪さを拭えないまま、自らの教室へと向かった。


 治世はうまくいっている。王族の人気も、歴代最高だと謳われるほどには高い。

愛され、羨まれるようなことはあっても、恨まれるようなことはないはず。


 教室中央には大きな黒板があり、それを中心に半円形の長机が段を成している。

 その中から私は手ごろな席を見つけ、腰掛けた。


「アフィリア王女殿下。お久しぶりでございます」


 席に着いた私に話しかけてきたのは、銀髪の男子生徒。まるで王宮で面会でもしているかのように、膝をつきながら椅子に座る私の顔を覗き込んでいる。


「お久しぶりです、ミハイル・アルケー卿。……ですがここでは王女殿下はやめてください。臣下の礼も不要です。私たちの立場に優劣はありません。ここではただの学生です。私も、貴方も。」


 私を見るなり声をかけてきた彼は、王都より西方の地を治めるアルケー侯爵の次男、ミハイル・アルケー。パーティーではよく顔を合わせる仲であり、ある程度見知った顔である。


「承りました。メルクーリ嬢」


「はい。よろしい」


「では、私のことも、ぜひミハイルと。そうお呼びください」


「ええ、ありがとうございます。ミハイル」


幼いころから、周囲をよく見ている利発な人だと思っていたが、今のやり取りで私の中の彼の評価は上がった。こうして真っ先に話しかけてきたのは、私の校内での立ち位置を、はっきりと周囲に示すためだろう。


「いえ、私にできることがあれば何なりと。タキトゥス卿も壮健であられましたか?」


「ええ。ありがとうございます、アルケー卿」


 シンはピクリとも表情を変えず、簡単な返事のみを返す。まるで彫像のよう。


「はは、けいは変わりませんね」


「ええ」


「では、後ろがつかえているようなので……私は失礼しますね」


ミハイルは軽く一礼をすると、去っていった。それと同時に、私めがけて押し寄せる人の波と質問の嵐。


「アフィリア様! 是非お話を!」

「アフィリア様 ご趣味はなんですか?」

「アフィリア様! 結婚してください!」

 

  ……最後のは聞かなかったことにしておこう。私は何も聞いていない。



×   ×   ×



「少しお話を伺ってもよろしいですか?」


 押し寄せる人並みをシンがせき止め、質問を私が処理し終えた後のこと。私は入学式の時、あの一角にいた生徒に話しかけていた。


「王女殿下が私のような平民に、わざわざどのような御用でしょうか?」


 本に目を落としていた彼がこちらに向き直るのに合わせて、青い髪が揺れた。丁寧な口調ではあるが、隠す気のない刺々しさ。眼鏡の奥の視線も私を睨みつけているような鋭い目つき。

背後のシンの圧がぐっと増した気がする。


「少し、気になったことがございまして。ご存じかと思いますが、私は、アフィリア。アフィリア・メルクーリと申します」


「……ヨハンです。姓はありません」


「よろしくお願いいたします。ヨハン様。それで、お聞きしたいことなのですが、入学式でのことです。私がスピーチしていた時、貴方の居た一角から視線を感じたのです」


 聞きたい事はもちろんあの視線のこと。ヨハン様の目を見て私は問いかけた。


「視線なんて、皆の前でスピーチしているのですから感じて当然ではないですか? あと……ヨハンでいいです。貴方に様付けされるほどの人間じゃないです、僕は」


隠す気がないのか、鬱陶しげな表情。

背後のシンは、見なくても殺気立っているのが分かるほどには、ヨハンの態度が癪に触っているらしい。

こういう時のために、事前にシンには手を出すなと伝えておいた。


「もちろん、人々の前に立った時は視線に晒されます。私の言いたいのはそういうことではないのです。その一角から感じた視線は、……恨みと、怯えとが混じったような感情を孕んでいました」


「火のないところに煙は立たないと言います。胸に手を当てて、自らに問うてみるのがよろしいかと」


「そうしたのち、思い当たる節がなかったため、こうしてお聞きしているのです。きっとあの一角は、貴方と同じ平民の方が多かったはずです。だとすれば、私個人の問題ではなく、王族として、貴族として、見過ごすことのできない問題があるはずです」


「左様ですか。王族の方が分からないのであれば、我々愚民などなおのことでしょう。次の授業があるので、失礼します」


「あっ、ちょっと」


 お待ちになってください、と言う隙すら私に与えずに彼は去っていった。


 あの慇懃さの中にある棘は何なのだろうか。

きっとあの態度も入学式でぶつけられた感情からくるものなのだろう。そう思いながら、漏れそうなため息を押し込んだ。


 ところで、後ろに控えていた、殺気立った私の騎士は、彼を追いかけて行って切りかかったりしないだろうか。


「手を出さないようにと仰ったのは、お嬢さまでしょう?」


 私は彼に何も言っていないのだけれど、どうやら彼には分かってしまったようだ。


「えっ? そんなに顔に出ていたかしら?」


「ええ、それはもう」


「……お嬢さま、行きましょう。次の講義が始まります」


「そうですね。行きましょうか」


 この問題は解決しなければならない。できれば早いうちに、私の手で。



×   ×   ×



 初回の授業の終了を告げる鐘が鳴った。一刻の間座りっぱなしだった生徒たちは、思い思いに伸びをしたり、立ち上がったりしながら体をほぐしている。


算術の授業だったが、一回目の授業ということもあり、内容は簡単な試験があったのみ。

 さしずめ実力確認テストといった感じだ。


「……アフィリアさま。少しよろしいでしょうか?」


「? どうされましたか?」


 席に面した通路から少し舌足らずな呼びかけ。

振り向くと、そこにいたのはこの学院に来るにしては少し幼い容姿をした少女。

ゆるいウェーブのかかった栗色の髪に縁どられた顔には大きな黒い瞳がぱちくりと瞬きをしている。幼い容姿も相まって、非常に愛らしい。


「あの、あの、お話をしたかったんですけれど、さっきは人がいっぱいいたので……」


「お話であればいつでも歓迎しております。ご存じの通り、アフィリア・メルクーリです。どうぞよろしくお願いいたします」


 にこりと微笑み彼女の申し出を受け入れる。これで、少しでも緊張がほぐれたならば嬉しいのだけれど。


「はわ、お、お姫様に先にあいさつをさせてしまいました……」


「どうぞお気になさらず。ここでは、立場の上下などないものと思ってください。お名前を伺っても?」


「ソ、ソ、ソフィアですっ! しつれいいたしました! アフィリアさまぁ!」


「……」


 今日は人によく逃げられる日だ。


「女の子を泣かせるなんて、メルクーリ嬢も隅に置けませんね」


「冗談はやめてください、ミハイル様。私もよくわからないうちに走って逃げられたものですから、その……戸惑っているのです」


 声をかけてきたのは、銀髪の侯爵令息。


「おや、珍しい。王子殿下でも困りごとはあるのですね」


「ええもちろん。今日も……」


 その時、講義室の外を二人の男子学生が通った。それまで朗らかに談笑していた二人は、教室の中の私を見るなり、例の視線を向けてくるのだった。


「どうやらお困りのようですね」


「ええ。全く見当がつかないんです。平民の方々は、あんな目を向けてくるほど私を恨んでいらっしゃるのでしょうか?」


「微力ながら、私にも協力させてはいただけませんか?」

 

「その必要はありません」


 私が口を開く前に、後ろに控えているシンが言葉を発する。


「何故ですか? タキトゥス卿。手は多い方がいいに決まっているでしょう」


「現状、この問題はお嬢さま個人、あるいは王家の問題です。うかつに関わる人間を増やすべきではない」


「私が信用できないと?」


「ひとことで言ってしまえばそうです。何も、貴卿きけいだけに限った話ではありませんが」


 シンの瞳はまっすぐにミハイル様の目を見ていました。まるで何かを訴えかけるかのように。

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