世界を渡る勇者

大星雲進次郎

その1

 見慣れた、いつもの召喚時の光が消えてゆく。

 異世界に召喚された勇者アウドむらは期待に満ちた王達の顔よりまず、視界の隅に表示された「数字」を見た。ああ、この世界もまた滅びようとしているのだ。

「突然の召喚、さぞ驚かれたであろう。先ずは謝罪をしよう。余はメロン王国の王、マッカウリまくわうり四世である」

 アウド村はむせた。吹き出さなかったのは紳士、というか慣れたからだ。

「国王陛下、謝罪していただく必要はございません。私の名はアウド村。アウド村ぜえ太と申します」

「おお、そなたは貴族であったか。アウド村卿」

 この場合、家名だろうか姓だろうか、個人の名前以外の呼称パーツを持っていれば貴族ということだ。その辺りから、文明の度合いも何となく察することが出来る。それなのに、まだ若い文明なのに、このエネルギー量……。

「それで陛下、私めを召喚された理由をお聞かせ願えますか」

「それは私の方から説明させていただきましょう」

 出てきたのはまだ年若い女性。王族か、それに近い立場の者だろう。魔術師らしいローブを纏っており、その意匠からかなり高位の術士であろうことが分かる。

「おお、そうか。アウド村卿、これは我が娘で第三王女のスイカップだ。王国の筆頭魔導士でもある」

 アウド村は激しく咳込んだ。

「……申し訳ございません。先ほどまでいた世界より、空気が乾いているようでして……」

「気にしておりませんよ。私はスイカップともうします。それよりアウド村様、空気が乾くと咳が出るのですか?トントンしましょうか!?」

 異世界の理屈に興味があるのか、王女が食いついてくる。

「止さぬかスイカップ。卿はまだこちらに来たばかり、まずは説明をして差し上げなさい」

「すみませんお父様。……アウド村様、実はこの世界は滅びの危機に瀕しているのです」

「それはどういう……?」

 そうだろうな、とアウド村は視界の隅の数字を見て内心で頷く。理由はこれから聞くとして。

「後ろの窓の外をご覧ください」

 アウド村が振り返ると、カーテンが取り払われ、見えないように隠されていた景色が、下界を見渡す風景が、バルコニーから一望できた。

「何と素晴らしい眺めだ!」

 いくつもの世界を見てきた。大自然と共存する世界、油と煙で汚れた機械の世界、薄暗い地底の世界。どの世界にも他にはない美しさがあった。

「アウド村様、遠くに、巨大な木があるのが分かりますか?」

「……世界樹ユグドラシル」

「あなた様の世界ではそう呼ばれているのですね。私達はあの樹を「レイシ」と呼んでいます」

 行きたくない、空気が苦そう。アウド村は紳士である。内心でいくら無礼なことを思っていても、表には出さない。

「私たちの世界を支えるあの樹に、悪魔ドラゴンが住み着いてしまったのです。とても甘い樹液に惹かれたようなのですが、世界樹の樹液は摂取した者に力を与えます。ドラゴンも今では恐ろしく強力になっているでしょう……」

「なる程。つまり、その悪魔ドラゴンを何とかせよと」

 実物を見なければ何ともいえないところがあるが、ドラゴン程度・・であれば、どうとでもなる。おそらく世界樹からこの世界の力を奪っているのだろう。どうにかして力を逆流させれば、世界エネルギーの数値も他の異世界平均値に戻るのではないか?

「ええ、アウド村様にあのドラゴンを追い払っていただけないかと」

「追い払う?討伐ではなく?」

「危険です!」

 追い払ったとしても、一度味を占めたドラゴンはまた戻ってくるだろう。そうすればまたこの世界のエネルギーが失われていくのだ。このままではこの世界はあと一年保たないだろう。その事を伝えるべきか。

「それでは様子を見に行って、可能ならば討伐としましょう」

「無理はなさらないで……」

「では早速……」

「まあまあ、アウド村卿。そう急がずとも良いではないか。今宵はそなたのために宴を開くのだ。この世界に慣れてからでも構わないであろう?」

 元より世界のエネルギーが回復するまではこの世界にいなければならない。アウド村が世界を渡るためのエネルギーは出発点の世界エネルギーを使うのだ。

 自分が去って、そのせいで世界がエネルギー切れで消えてしまうというのも後味が悪い。

 エネルギーの回復が何日後になるか、何年後になるかはわからない。なのでアウド村としてはこれ以上ドラゴンにエネルギーを吸わせたくはないのだが。

「それではお言葉に甘えさせていただきます」

「まぁ!お父様、私少し用事ができました!退席のお許しを!」

「うむ、構わぬよ」

「それではアウド村様、また後ほど!」

 どうやら王女には気に入られたらしい。実はこういうこともよくある。存在のエネルギーをこの世界の者よりもはるかに多く保有しているのだ。箱入りの姫などは本能的に強者に惹かれてしまうのだろう。

 その夜の晩餐会は豪華なものだった。

 高位の貴族も大勢集まり、救国の勇者に一言でも挨拶をとアウド村の周りに押し寄せた。

 挨拶も一段落し、ようやく食事にあり付けてほっとする。

 色とりどりの料理はどれも美味く、繊細だ。酒類にいたっては、もはやファンタジー世界では諦めていた冷えた炭酸麦酒各種も用意されていて、アウド村は久しぶりに心から酔うことができた。

 このまま何もしなければ滅びてしまう世界。この瞬間だけを切り取れば、滅びなど無縁な世界に思えるだろう。

 貴族たちが落ち着いて歓談する中、スイカップ王女は胸元と背中が大胆にカットされた妖艶なドレスに着替えて現れた。王女はすぐにアウド村を見つけると、宴の間中片時も離れることはなかった。誰から見てもアウド村は王女のお気に入りであった。

 宴も終わり、自室に案内されると案の定スイカップ王女がやってきた。

 アウド村は紳士として王女をたしなめようとしたが、それよりも早くスイカップ王女に唇を奪われてしまった。アウド村の紳士としての主導権も早々に奪われた。後は漢が残るだけ。

 

 三日後、アウド村は悪魔ドラゴンの様子を見に行くことにした。スイカップ王女を伴って。

 世界樹までは徒歩で一年ほどかかるらしい。

 それほど遠くにあるのに、そこそこの大きさで見える。それは世界樹の大きさもあるだろうが、この世界は平面世界なのだという物証ともなる。

 アウド村はアイテムボックスの一種である「ビーバー飼いの鞄」から魔導飛行機を取り出した。飛行機の動力源として、物質を構成する粒子をエネルギーに変換して使用するという。始動には莫大な魔力を消費するが、使い始めれば大気圏内ではほぼ無限に飛んでいられるらしい。

「では王女様、こちらの席に……」

 副座の後部シートに王女をエスコートする。

「アウド村様、私のことは「スイカ」と呼んでくださいとあれほど言いましたのに」

 アウド村はイコカ圏の住人である。スイカもこの数日使い込みはしたが、まだまだ慣れたとはいえない。

「スイカ姫、この魔導飛行機ならばほんの数日で悪魔ドラゴンのところへたどり着くことができるでしょう。その間野営となりますがご安心を。私の持つ様々な魔導具の中には安全に野営を行えるものもございます」

「……アウド村様と……二人きり……野営!?」

「スイカ姫?どうしたんですか」

「何でもありませんわ!」


 魔導飛行機で夕方まで飛ぶと最果ての街「古ピクルス」に着いた。飛行機をアイテムボックスに仕舞い込むと、街の門で待ちかまえていた馬車に乗り、領主の館まで移動する。

 王女は野営と期待していたが、当然姫様にそんなことはさせられない。王宮から魔導通信で連絡が届いていた領主のパンプキン伯爵は救世主殿と姫をたいそうもてなした。

「スイカップ姫、お久しぶりでございます」

「パンプキンも息災のようで何より」

 姫は尊大に答えた。

 パンプキン伯爵はアウド村にも丁寧な挨拶をした。

「悪魔ドラゴン討伐の旅と伺っております。あなたが勇者アウド村殿ですな!姫をどうかお守りください」

「頭を上げてください、伯爵。いくらドラゴンが強敵手あろうと、姫には傷一つ付けさせないとお約束いたします」

「何と頼もしい!」

 そして部屋は当然別。アウド村は久しぶりに伸び伸びと眠ったのだった。

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