その④
弓道場にて。凛は弦を引き絞り、目の前の的に狙いを定める。風を切りながら矢は離れ、鏃は真ん中の中白に突き刺さった。
「……」
だがどうにも納得がいく的中ではなかった。凛は何も言わずに次の矢を手に取り、足踏みから始める。
「……慣れ合うつもりはない」
粗削りにて形無しのあの男とは違い、凛は射法八節を忠実にこなし、体幹を崩す事無く、余分な力を込めずに弦を引き絞る。後は矢を的に目掛けて放つだけ。
――一度決めた事は最後まで貫き通すのが男ってモンだ。
「っ!!」
ふと浮かび上がった雑念により手元が狂い、彼の放った矢は的から大きく外れ、
「……皆中すら儘ならぬとは」
皆中。一立ち(四射)が全て的に
「……一射目は技術、二射目は体力、三射目は精神力で中る。そして四射目は人格者でなければ中らない、じゃったか」
技術と体力は問題無い。三射目で仕損じるという事は精神力が足りていないという事。もっと言えば人としての器が為していなければ皆中なんて夢のまた夢である。
「……馬鹿馬鹿しい」
外れたのは何かの間違いだ。自身の未熟さを受け入れようとしない凛は破れかぶれのまま矢を放とうとするが思わず体勢を崩してしまう。
今度は的にすら届かず、矢は弱々しい弧を描いて地に墜ちた。
「……チッ。あのチビの所為じゃ」
すっかりやる気を失った凛は舌打ちをしながら放った矢を回収し、うんざりだと言わんばかりにそれらを片付け始めた。
「……人間なんてチ●カス以下じゃ」
凛の中に蠢く過去が纏わり付き始める。思い出すだけでも虫唾が走る。凛は這いずる過去を振り払うが如く、急いで着替えて弓道場を後にした。
人間というのは醜く、残虐で、天秤が悪い方に傾けば平気で裏切る我欲の塊だ。そんな奴らに心を許すという事は、自ら被食者になる事と同義である。
「……お爺様?」
そんな凛にも唯一信頼している人物がいる。榊グループの最高経営責任者であり且つ彼の祖父にあたる
「……もしもし」
『お~!! 凛!! 元気にしとるか~!!?』
鼓膜が張り裂けそうな程の声量で呼び掛ける柳一郎に凛は一時的にスマホを耳から離した。相変わらずこの人からの電話は色々な意味で心臓に悪い。
「……何の用でしょうか、お爺様」
『孫の様子が気になって電話を掛けたというのになんじゃその冷たい態度は!? ……さてはシコってる最中じゃったか!? それは悪い事をしたのぉ!! ワハハハ!!』
何処かの誰かみたいに柳一郎は直ぐに猥談を口走る。とんだエロジジイだがこれでも世界を股に掛ける大企業のトップでもあり、凛にとっては尊敬に値する祖父でもある。
「大丈夫です。オ●ニーは済ませましたので」
『おおそうかそうか!! じゃあ手短に言うとするか! ……凛、何があっても儂はお前の味方じゃ』
「……急にどうしたというのですか」
『なぁに、お前は昔色々あって変に拗らせておる。その所為で今も裸を晒し合える様な友達も作れずひとりぼっち。そうじゃろ?』
口癖の様にお前の全てを理解していると豪語しているだけあって、柳一郎の前では隠し事は出来ない。ここ数年、お互いに忙しくて顔を合わせる機会は無かったが、こうも現状をドンピシャで当てられるとは思いもしなかったので凛は閉口した。
『ジジイからの御節介じゃ。ちょっとでも好きだと感じた奴が居たなら頭を空っぽにして踏み込んでみろ。それでまた駄目だったなら、儂が直ぐにでもお前の所にすっ飛んで行って、一緒に風呂にでも入って、一緒に泣いてやる』
「……お爺様」
『おおっと湿っぽくなっちまったのう!! じゃあ儂は今からホテルに行くからまた今度じゃ!! たまにはお前からも連絡してくれ!! じゃあな!!』
言いたい事だけ言って、柳一郎は一方的に電話を切った。まるで嵐の様な男だ。だがその烈風が凛の迷いを吹き飛ばしたのかもしれない。
――お前にとっちゃいけ好かねー連中かもしんねーけど、アイツらまだガキだからよ。大目に見てくんねーか?
「……頭空っぽにして踏み込んでみろ、か」
凛は柳一郎の言う通りにするべく、デバイスを握り締めて大きな一歩を踏み込んだのだった。
※
時間は少し遡る。ヒナタ達は鳥型のゲンレスターに苦戦を強いられていた。
「くっ!! 狙いが定まらない……!!」
アオイの右目のスコープも空中を自由自在に飛び回る敵に照準を合わせる事が出来ず、弾を撃っても外れてしまう。
「こうやって落としてくる羽根を落とすだけでも精一杯だし!!」
「どうすりゃいーんだクソッタレ!!」
イツキは持っているクナイで無慈悲にも降り注がれる鋼の雨を切り落としていく。だがそれも全てを捌き切るには限界があり、所々に被弾して切創を作っていた。
「……レッド、君の炎で飛んだり出来ないか?」
「飛ぶって、どうやって?」
「ロケットみたいに炎を推進力にしてみたら飛べるんじゃないか?」
「おお!! 鬼天才じゃんブルー!!」
ヒナタはアオイに指示されるがまま、手甲から炎を噴出し、出力を上げ続ける。すると、僅かながら彼女の身体が浮き始めた。
「よし! 其処から一気に火力を上げろ!!」
「よっしゃあ!! やってやるぜ!!」
赤く揺らめく炎は一層高熱を帯びた白へと変色し、ヒナタは勢いよく跳ぶ。そして一直線にゲンレスター目掛けて突撃するが、難なく躱され、彼女は敵の真後ろにあったビルへと激突した。
「くっそぉ!! 逃げんじゃねぇ!!」
逃げた敵を追い掛けるべく、ヒナタは気合を入れ直して追撃する。だが所詮は付け焼刃の戦法。燃え盛る炎を制御出来ないレッドの突進は急展開も急停止も儘ならず、むしろ建物を闇雲に破壊するだけでしかなかった。
「やめろレッド!! それじゃあ被害が増えるだけだ!!」
「あぁ何だって!? ――ぐあっ!?」
アオイの言葉を聞き返す為に火力を下げて滞空するヒナタ。そんな隙を敵が見逃してくれる筈も無く、鷲は風を切って滑空しながら鋭い爪でレッドの身体を切り裂き、墜落させた。
「ゲハハハ!! もう終わりか!! あっけないものだな!!」
既に満身創痍の三人に追い打ちを掛けるべくゲンレスターは羽根を無尽蔵に飛ばし、ヒナタ達を徹底的に痛めつける。
「があああっ!!」
「うわああっ!!」
「きゃああっ!!」
「ヒナタさん!! アオイさん!! イツキさん!!」
悲鳴と共に吹き飛び、シャルティエイル達は力無く倒れる。だが今此処で果てるわけにはいかない。三人は力を振り絞って何とか立ち上がろうとするが、肉体は満身創痍で限界に近かった。
「まだ……終わっちゃいねーぜ……!」
「まだ立ち上がるか!! ならトドメを刺してやる!! やっちまいな!!」
地を這う獲物を狩るべく鷲が急降下し、鋭い嘴でヒナタ達を啄もうとしようとした時、突如として突風が吹き、ゲンレスターを退けた。
「そこまでじゃ、早漏野郎」
「誰だテメェ!?」
「あ……貴方は!!」
そう言って現れたのは、一度袂を分かった筈の榊リンだった。彼女はこれ見よがしに片手にあるデバイスを掲げていた。
「榊……リン……!?」
「どうしてここに!?」
「なぁに。キサマらのヘタクソな前戯を見ているのも飽き飽きしていたところじゃ。後はワシがやる。精々●●●●●でも弄って××を垂れ流しながら見ておれ」
相も変わらず口を開けば卑猥な言葉を口走るリンに対し、不快な表情を浮かべるアオイとイツキ。だがヒナタだけは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「チェンジ! トランス!!」
リンの身体が光に包まれる。胸は一際大きくたわわに実り、セミロング位のウェーブ掛かった天然パーマはより一層伸びていき、背中を覆う程のロングヘアになっていく。
エメラルド色のビキニが彼女の豊満な胸と尻を必要以上に揺れない様に抑えつけ、際どく切り込まれた薄く透き通るスリットスカートが巻かれ、ヒラヒラと風に揺れる薄い生地の袖を付けた姿は宛ら踊り子の様である。最後に風を模った様に湾曲している両刃剣が握られ、変身は完了となる。
「吹き荒ぶ風で消し飛ばす! シャルティ・グリーン!」
「風のシャルティエイル!? ――構いやしねぇ!! 纏めてぶっ潰してやるぜぇ!!」
ゲンレスターの翼から発せられた鋼の矢雨がリン目掛けて降り注ぐ。だがリンは直立不動のままで回避すら行わない。右手に握られている両刃剣を一振りし、其処から発生する突風で羽根を全て吹き飛ばした。
「ぜ、全部吹き飛ばしやがっただとぉ!?」
「ホホホ、そんなカ●パーみたいな攻撃じゃワシの子宮に響かんのぉ」
長い袖で口元を隠しながらリンは小馬鹿にするように憫笑する。遠距離での攻撃では分が悪いと判断したゲンレスターが一際大きく上昇していき、一気に急降下して攻撃しようとしている。まさに渾身の一撃。流石のグリーンでも防ぎ切れるとは思えない。
「イカせてやるかの!」
そう宣言するとリンは両刃剣の柄を両手に持ち、それを上空に構えて回し始める。最初は緩慢だった回転が次第に速度を増していき、気が付けば目に留まらない程に両刃は旋回していき、文字通り嵐を呼んだ。
「すげー風だっ!!」
「君はスカートを抑えるなりしろっ!?」
魔法少女達が立っていられるのも精一杯の強風。スカートが巻き上がり、中身が見えてしまう始末。それでもリンが生み出した竜巻は衰える事を知らない。
凄まじい勢いで特攻しようとしていた鷲。だが暴風に近付くにつれて動きが鈍り、次第に攻勢は御される。
鳥は竜巻に飲み込まれる形で乱回転し、烈風に身体を切り裂かれていき、毟り取られた羽根は緑を鮮やかに彩る様に宙を舞う。
「キィィィィーーーッ!!?」
両腕を止め、怒涛の猛撃から解放されたゲンレスター。だが反撃の意志は風と共に掻き消された様だ。力無く墜落する鳥をリンはしかと見定めた。
「せいっ!!」
「ピィッ!!」
リンはタイミングを合わせて横一文字に薙ぎ払い、ゲンレスターを一刀両断せしめた。
「クソッタレがァ!! 次は絶対ぶっ潰してやるから覚悟しとけ!!」
さぞ悔しそうにゲイルは捨て台詞を吐きながら次元の裂け目へと撤退していった。追いつけないと判断したリンは一瞥した後、負傷しているヒナタ達の方へと歩みを寄せたのだった。
「……一体どういう風の吹き回しだ?」
「言っとくけど! オレはアンタの事まだ認めてないから! 後あんまオレに近付かないでよね!」
「御二方! リンさんが折角助けに来てくれたのに――ヒナタさん?」
アオイとイツキは猜疑的な目と共にリンを拒絶する。何処か寂しそうに、何処か諦観した表情を零す中、一人の少女が二人を押しのけ彼女の前へと現れ、そっと手を差し伸べた。
「あんがとよ。お前ワケ分かんねー事ばっか言ってっけど、やっぱいいヤツだな。……ってオイ、急にどうした?」
宛ら炎の如く熱く、温かい。そんな為人を見せるヒナタを前にリンは一瞬驚いた素振りを見せたが、それを誤魔化す様に不敵な笑みを浮かべ、差し伸べられた手を思い切り握り締め、そのまま胸元へ手繰り寄せたのだった。
「……無知シチュというのも悪くないかもしれんのぉ」
「むちしちゅ? 森若、どーいう意味だ?」
「いっ、イチイチ僕に聞くんじゃないよっ!?」
「オマエ本当に何も知らない様じゃな? 無垢な純白をドス黒く汚してみるのもまた一興。というワケでワシも仲間に入れて貰おう。文句はあるまい」
「駄目ーっ!! ヒナたんから離れろヘンタイヤロー!!」
純粋無垢な少女を変態の魔の手から引き離そうと躍起になるイツキ。これは自分の所有物だと言わんばかりに抱え込んで抵抗するリン。自身が争いの火種となっている事も知らずに呆然とするヒナタ。そんな滅茶苦茶で支離滅裂な仲間達を見ては頭を抱えて溜息を吐くアオイ。
シャルティエイルは晴れて四人となった。だが四人を結ぶ絆の糸はまだまだ脆く解け易い。そんな一抹の不安を抱えながらもヘルムは何処か楽しそうに眺めていたのだった。
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