第36話 生贄ヤンキーは天下とういつしたい
「さ、お入りになって牧瀬イブ」
「ここが女子寮か……お邪魔しゃーす」
「ケアル様、このお部屋は男子禁制なのでは」
「緊急時ですから構いませんわ、ルジア」
「何で黒猫までくっついて来てんだよ」
「バディとして当然」
ヘレンシア学園女子寮のケアルの部屋に招かれたイブとアンジー。
ここは三人組のバディという理由で――実際にはグリーナ家の権力で――特別に、一般の生徒より遥かに広い部屋に改装されている。
イブたちがここに来た理由は、ホームルームの最後にエスティから生徒への『
ヘレンシア学園で言う通常装備とは武器以外の『兜・胸当て・
その問題とはすなわち、『どれだけ軽装で戦場を駆け回り、勇気を示し勝利するか』というもの。
分厚い甲冑や大盾で身を守りながらの勝利ではなく、圧倒的な力の差を見せつけるため敢えて防具を着けないのだ。
当然、力を過信するものは命に関わる代償を払うことになるのだが、学園生の中にも力を誇示しようとして言いつけを破るものが少なからずいる。
「人間だってほとんど裸みたいな格好で戦ってるだろ?」
「確かにバトルもののゲームやアニメの女性キャラはみんな薄着」
「大和では軽装が古式ゆかしい
「人間ですら薄着なのだ。我ら
エミリの説明にアンジーが同意し、ケアルとルジアが補足する。
「あ~、うん。俺は個人的に嬉しいから反対はしない」
とはいえ、実際の兵士の大半はちゃんとした装備である。
そして軽装にすることのメリットは他にもあり――
「敵の動きが鈍る。特に
「
「戦術の初歩ですわ。それに将軍級や隊長級の
「なるほど勉強になるな」
ケアルと二人の従者は何度か戦場に赴いた経験があり、その言葉には説得力があった。
イブは
「もしかして、普段からみんな薄着なのって……」
「慣れるため必要なこと」
アンジーの答えはイブにとって意外だった。
男性アレルギーであることと、戦いに備えることは別問題だと当然のように考えていることに驚く。
とはいうものの、アンジーが今のまま戦場に出て
「それでケアル、例のブツは?」
「こちらですわ」
イブの問いに、ケアルがニヤリと笑ってクローゼットに誘う。
ほぼ壁一面の大きなクローゼットの大半にケアルの衣服や私物が整然と置かれている。
その一角にある箱には、ケアルが特注で依頼した
「いかがかしら?」
そう言いながらケアルが広げた白装束は、いわゆる『
ひざ丈の長い裾に紫の裏地に竜と虎の刺繍が施されている、ケアル秘蔵のヤンキーグッズコレクションのひとつである。
「すげーなこれ! めっちゃいいじゃん!」
イブは故郷で着ていた特攻服と同等のクオリティに感激し、興奮が治まらない。
教室で
(わたくしのヤンキーグッズが日の目を見る時がキマシタワー!)
イブが戦場を駆け回ることはないだろうが、ヤンキーフェチのケアルとしては特攻服で暴れまわる生のヤンキーを見てみたい、という欲求に抗えなかった。
その結果イブに『あなた好みの
「背中の刺繍は『天下統一』ですがよろしくて?」
「異議なし!」
イブは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、ウキウキしながら特攻服に袖を通す。
イブより若干小柄なケアルに合わせたサイズだが、元々大きめなので違和感はなかった。
「じゃーん! どうよ!」
「「「おお~!」」」
普段から着慣れているからだろう。お世辞抜きでかなり似合っていると、その場にいる全員の思いが一致した。
調子に乗ったイブが色々なポーズを取りながら後ろを向く。
その背中に書かれた刺繍は『天下一品』。
「こってりスープの麺料理屋じゃねーか!」
「これは『てんかとういつ』ではありませんの?」
「大和の文字は難しいな」
「確かこんな感じだった気がする」
アンジーが紙に書いて継ぎ足した文字は『天下一武道会』。
「最強を決めるのにふさわしい名前」
「これ絶対怒られるヤツだからな?」
「めんどくせーな。もうこれでいいよ」
エミリが紙を貼った文字は『 下 品』。
「名は体を表すって大和の諺があるし」
「「「異議なし!」」」
「ふざけろ!? いいか、天下統一はこう書くんだよ!」
お手本を見せてやる、とイブが書いた文字は、『当一』に×を付けた『天下糖一』。
「甘すぎですわ」
「パティシエかよ」
「太りそうだな」
「イブがいいなら甘んじて受け入れる。糖だけに」
「お前ら分かってて言ってるだろ!?」
イブは「ヤンキーは読むのは得意だけど書くのは苦手」だと苦しい言い訳をする。
『天下統一』にイブが辿り着くには、まだしばらく時間がかかりそうだった。
◆◇◆
翌朝イブが食堂に入ると、ティセラと銀髪ギャル風秘書のサンディが何やら話している。
ラーズとイスラ、それに黒髪秘書のシグナは既に出かけているのか気配がない。
イブに気づいたサンディが挨拶がてら声をかける。
「オッハ~! やっと起きた? 男の子は朝大変だよね」
「はよ~っす。いやいや、別に大丈夫っすよ」
「おはようイブ。何が大変なの?」
「生理現象に生きてる実感を噛み締めてるだけだよ」
ぷぷぷと笑うサンディが、アホ毛をクエスチョンマークにしているティセラに何やら耳打ちする。
どうせロクでも無いことを教えているに違いないので、イブは無視して朝食のパンにかじりつく。
「悪いものが溜まって硬くなる? それって癌かなにか?」
イブは盛大にミルクを吹き出し、それ以上ややこしい説明をするなと言わんばかりにサンディを睨む。
そんな視線を気にも留めずサンディがイブに尋ねる。
「ところでイブちゃん、確か自宅待機だったっしょ?」
「そっすね……でもやりたいことあるんで学園に行こうかと」
「ラッキー! んじゃさ、ティセラお嬢様はなるべく彼と一緒にいてね」
「それはまあ……でもどうして?」
「色々あるけど、イブちゃんいい盾になるからさ」
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