第30話 生贄の種馬は突きまくる
厩舎と校舎の間にある武道場は、襲撃による破損の改修作業が遅れて立入禁止になっている。
道場をじっと見つめていたイブが、思いついたように三人に声をかける。
「なあ、ちょっと付き合ってもらっていいか?」
「え、あたしは巫女だからもう付き合ってるようなもんだよね」
「バディは一心同体。だからもう付き合ってるのと同じ」
「敢えてツッコむのですけど、二人ともその付き合うは違うのです」
モジモジしながら照れるティセラとは対照的に、無表情のまま堂々と交際宣言をかますアンジー。
エネシアもそろそろ疲れてきたのかツッコミが雑になっている。
イブに誘われるまま、立入禁止のテープをくぐり四人が道場に入る。
「ここで何をするのです?」
「……ここなら誰も来ないよなぁ」
エネシアの問いには答えず、イブは口元に下衆な笑みを浮かべ三人の方に顔を向け、独り言のように呟いた。
◇◆◇
馬術場の近くでイブを見たという情報を元に、厩舎に向かっていたケアルと二人の従者。
武道場の近くを通りがかったとき、ほんの僅かな物音を聞きつけたエミリが立ち止まって音の場所を探るように耳をそばだてる。
元々エルフは目と耳がいい種族だが、エミリの聴力は獣人並みに敏感だった。
「どうしましたの? エミリ」
「武道場に誰かいる」
「牧瀬イブですの?」
「いや、複数……四人かな」
「立入禁止の武道場に……? 行ってみますわよ」
三人は敵襲の可能性も考慮し武道場の裏口に回る。確かに、誰かの声と何かがぶつかる音が微かに漏れ聞こえる。
エミリとルジアがそれぞれの武器を構え扉の両側に分かれる。
ケアルには後ろに下がるよう目配せして中の様子に耳を傾ける。
「もうやめて……イブ」
「こんなに激しいのは初めてなのです」
「これ以上はもう無理……限界」
「このくらいでへばってんじゃねーぞ? もっと突きまくってやんよ」
中から聞こえる吐息まじりの会話に、思わず真っ赤にした顔を見合わせるルジアとエミリ。
「どういう状況ですの? エミリ」
「あ~え、と……ケアル様、別の場所を探そうぜ」
「そ、そうですね。エミリの言うとおり、ここは無視してもよさそうです」
「エミリもルジアも顔が真っ赤ですわ? 何が聞こえますの?」
そう言うと、ケアルは扉に近づき耳をそばだてる。
「だめぇ……」
「こんな屈辱……」
「壊れちゃうのですぅ」
「足らねぇ……俺はまだイケるぜ!」
中から聞こえる声の只ならぬ気配に、顔を真っ赤にしたケアルが勢いよくエミリとルジアに顔を振る。
二人の従者はとても気まずそうに目を逸らす。
(まさか……敵対組織の溜まり場で悪玉ボスが性欲を発散させているシーンですの!?)
「ヤンキーがクズの本領を発揮した、ってとこだろ」
「やはり人間は救いようのない下等生物ですね」
エミリとルジアは冷静だが、ケアルはヤンキーへの憧れや期待を裏切られた気持ちと、中でどんなエロいことをしているのかという興味が混ざり合い目をぐるぐる回している。
ケアルは自分の気持ちを整理できないまま、従者二人が止めるのも聞かず勢いに任せ扉を開けた。
「見損ないましたわ牧瀬イブ! 神聖な武道場でそんなふしだらな――」
突然の乱入者に武道場の中にいた四人が驚いて振り向く。
「あれ、ケリーも来たんだ」
「やっぱりココはバレるのです」
「一緒にやれば問題ない」
「ふしだらって何ぞ?」
荒い息で汗を流しているティセラ、エネシア、アンジーの三人は、イブの掌底突きの修行に付き合っていた。
「次の講義が始まるからやめようって言うのに」
「ここまで激しい稽古は無茶なのです」
「イブ自身も限界。腕が上がらなくなってる」
「これくらいどうってことねーよ! あと一万回は突ける!」
そう言いながらイブは左右の掌底突きを繰り返す。
ジスペール先生に教わった『
事の真相を聞いたケアルと二人の従者は、自分たちの
「もしかしてケリー……あたしたちがここでエロいことしてると思った?」
ニヤニヤしながらティセラがケアルに絡む。
「そ……そんなことありませんわ」
「ケアル様がそんな下衆な妄想するかよ」
「ケアル様が考えること、それはこの世の真理の追求のみ」
三人は目を泳がせながら言い訳をする。
「エロい妄想がこの世の真理なのかな? かな?」
「ティセラちゃん、思いっきり背中にブーメランが刺さっているのです」
エネシアはイブを迎えに行った病室での勘違いを指摘する。
「で、どうしても上手くいかないんだよね」
「な、何がですの?」
ティセラが、通称『
その木人椿の胴体部分には槍が刺さっている。
「ジスペール先生の話しだと、この槍に
そう言ってイブは槍の端に掌底で打撃を加えるが、槍も木人椿もビクともしない。
イブ以外の三人も試したが、やはり動かなかったり槍の柄が折れるだけで、槍を通して木人椿のみにダメージを通す感覚が分からない。
「そもそもそんなことが可能ですの?」
「わたしは出来なかった……屈辱」
ケアルの単純な疑問にアンジーが悔しそうに答える。
イブは、木棍で剣のように両断したジスペールの技を思い浮かべながら無言で頷く。
「もうちょいで出来そうなんだけどな」
「実戦だと相手も動くから困難」
「そうなんだよね〜。速さと固定かぁ」
ティセラとアンジーはお互いの技の研究に余念がない。
「なんで今さらそんなことやってんだよ」
小柄な従者のエミリが面倒くさそうに尋ねる。
「この間のことで、俺は自分が弱いって痛感したよ」
「でも高等部の五人に勝ったから十分」
「イブさんは人間の割には強いと思うのです」
確かに人間の割には強い方かも知れないが、そもそもここには人間なんかいない。 いるのはイアンのような化け物じみた強者ばかりだ。
「俺はこの国で生き残る方法を見つける。だからあいつらに勝てるようになりたい」
イブは、みんなを悲しませないよう、強くなるために出来ることは全てやりたいと思っている。
「コツを掴んで色んな技を使えるようになりたいんだ」
「なるほど、心意気は分かりましたわ。喜んでお手伝いしましょう」
(自分の弱さと向き合い、仲間と共に過酷な修行で必殺技を身につけるのは王道展開ですわー!)
妄想の中でぐふふ、と笑うケアルの様子に従者二人は頭を抱えている。
「で、どうすればいいと思う?」
「そんなもの、こうすれば問題ない」
ケアルの従者ルジアは面倒くさそうにそう言うと、上半身をひねり、黒髪をなびかせながら腰の刀を抜くと同時に、木人椿を上下に両断した。
「ルダール流抜刀術【
常人離れしたすさまじい速さと威力を見せつけ、ゆっくり刀を鞘に戻す。
斬り捨て御免をケアルに許可されるとこうなるのか……と、イブは冷や汗を流しながら真っ二つになった木人椿を見つめる。
この国で長生きしたければ相応の力が必要だ、ということを改めて肝に銘じながらイブは思った。
(――すげーのは分かったけど、でもこれ元々の趣旨と違うんじゃね?)
指摘すると色々面倒くさそうなので、イブは黙っておくことにした。
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