第20話 生贄の種馬VS本物の種馬(ご立派様)

「んふ……このやんちゃな感じ、嫌いじゃないわぁ~」


 ベイファール先生がイブの耳元でささやく。

 さっきからイブの心臓と股間のドキドキが止まらず、まともに目を合わせられない。


「今日はイブが使う馬を見に来たんだ、ベイファール


「おいおいティセラ、こんな綺麗な人をおじさん扱いは失礼だろ。こんなに若くて美人……ん? おじさん?」


「やだぁ~、学園ではちゃんと先生って呼ばなきゃダメよぉ~」


「ときめいてるとこ悪いけど、ベイファール先生は生物学上のオスだからな?」


「やだぁ~、エミリちゃんのいけずぅ。心理学上は立派な乙女なのにぃ~」


 マジか~! 鏡のようにテッカテカになった俺の純情と欲情を返せぇ~!

 勘違いとはいえ節操のない十六歳の性欲が恨めしいぜ。

 よくよく見たら、大きく開いた胸は谷間じゃなくて大胸筋じゃねーか。

 けど……マジで美人だよな。今ならエネシアとエスティ先生の気持ちがちょっとだけ分かるな。

 ――と、イブが新たな性癖の扉を開けそうになる。


「ちなみに、トイレと風呂はどっち側に入るんすか?」


「あらぁ~もしかしてぇ、わたしに興味津々? でも残念。もう相手ダーリンがいるのぉ♡」


 イブは「男と分かったんでそれはないっす」と真顔で即答する。


「……牧瀬イブ、あなた馬を選びに来たのでしょう?」


 やれやれといった表情のケアルに注意され、イブは本来の目的を思い出す。

 ベイファール先生が馬の特性や世話の仕方をレクチャーしながら案内する。


「こっちが決ったあるじのいない子たちの厩舎よぉ」


 まだ調教中の若駒や引退し種牡馬となっている馬など様々だが、どの馬も精悍でよく手入れされており、この国の馬に対する愛情の度合いがよく分かる。


 そんな中、奥の目立たない一角にいた馬がイブの目に入る。

 周りよりひとまわり大きく、気配を消すように静かに佇んでいたその馬は、ティセラが近づいたとたん妙に落ち着きが無くなる。


 白い馬体に赤茶色のたてがみという色合いはまるでティセラにそっくりだ。仲間とでも思っているのか、しつこいくらい顔をすり寄せている。

 滅多にない激しいスキンシップに、ティセラも喜びと困惑が半々と言った表情である。


 変わった馬だなと思いながら、イブは何故か目が離せない。


「この子が気になるぅ? でもかなりのロートルなのよねぇ~」


「馬の良し悪しは分かんねぇけど、旧車は嫌いじゃないっすよ」


 どれだけ古いバイクでも名車には確かな魅力がある、というのがイブの持論。


 この馬の名は『絶兎ぜつと』。

 その昔、猛将の愛馬として数多の戦場を駆け回り、壇渓を飛び越え主の命を救い、一日に千里を走る名馬と評されていた。しかし、ある戦いで主と別れ、紆余曲折を経て数年前にこの学園に引き取られた。


「さすがに引退していてもおかしくない年齢ですわ」


「過去に名を馳せた英雄馬でも、今では力不足ですね」


「オレならもっと若くて筋肉質の馬を選ぶな」


「それに~、もう一つ問題があるのよねぇ~」


 気のせいかティセラへのスキンシップがエスカレートしている。馬って犬みたいに人をペロペロ舐める動物だっけ? と、イブが不信感を募らせる。

 よく見ると、後ろ肢の間から絶兎の絶兎さんがギンギンに自己主張コンニチワしている。


 いやロートルどころかしっかり現役だなオイ!


「ご立派様なのよぉ〜♡」


 ホゥ……とため息をつきながら、ベイファール先生が乙女の顔で柵越しの絶兎さんを見つめている。ちょっとヨダレを垂らしながら。

 超絶美人のオッサンのメス顔という、脳と股間がバグる微妙な感覚にイブの感情が追い付かない。


「やーん、ヌルヌルするぅ~」


 絶兎の涎まみれで困り顔のティセラに、不覚にもイブのイブさんが反応してしまう。


「こいつ発情してるだけやん!」


 「オマエモナー」と従者二人に突っ込まれたが、イブは聞こえなかったことにする。


「この子ぉ、わたしと逆でねぇ……女の子にしか興味無いのよねぇ~」


 むしろ男嫌いなのぉ~と、ベイファール先生が不満をあらわにする。

 少なくとも、この学園に来てからは限られた女性職員と女生徒しか乗せていない。ベイファール先生が一度だけ跨った時には突然暴れ出して大変だったそうだ。


「この子もわたしのも竿立ちになっちゃってぇ~大変だったのぉ~」


「いや先生竿立ちになったから、バレて振り落とされたんじゃね?」


 それ以来老いぼれのレッテルを貼られ、ティセラやエネシアが時々来て世話をしている程度。

 そんな事情もあって、『英雄馬』『馬中の絶兎』と絶賛されもてはやされていた面影は無く、ただの気難しい老馬というのが現在の評価だった。


「昔みたいに、英雄と呼ばれる武人しか乗せたくないのかもねぇ」


 ベイファール先生が諦め顔で呟く。


「男嫌いの馬か……なんか既視感しかないな」


 保健室でアンジーが小さなくしゃみをしたような気がする。

 コホン、とケアルが咳払いをしてイブに提案する。


「気に入った馬がいないのでしたら、わたくしの実家の馬をお譲りしてもよろしくてよ」


「ケアル様、さすがにそれはマズいっしょ」


「旦那様がお許しにならないのでは」


「許されないなら力ずくで持って行くのもアリですわね」


(盗んだ馬で走り出し、行き先も分からないまま夜明けの海岸線を二人乗りタンデムで駆ける――夢のようなシチュエーションですわー!)


 ケアルの突然の爆弾発言に真意を測りかねて焦るエミリとルジア。

 多分ボケてるんだろうが、いちいち俺を睨むのやめてくんねーかなと、イブがうんざりする。


「いや、盗んだらダメだろ」


「ヤンキーのくせに常識人ぶるな」


「ケアル様に反論するなど不敬の極み」


 冷静なツッコミを入れたイブに辛辣しんらつな返しをする従者二人。渾身のボケに誰も突っ込んでくれないケアルにイブが同情する。

 そもそもイブはグリーナ家の世話になるつもりなど毛頭ない。


「このペロペロ攻撃、いつもはエネシアの役割なんだよね」


 ティセラが顔を拭きながら無邪気に笑う。

 その言葉を聞いたイブがキッと絶兎を睨むと、同じタイミングでそっぽを向く。

 コレは確信犯だなとイブが察する。


(だが案ずるな絶兎さん。俺は今モーレツにシンパシーを感じている。あんたに手があれば力強いシェイクハンドを交わしたいところだ!)


「老いてますます盛んなところ、気に入った!」


「あなたが気に入っても、馬にその気がなければ意味ありませんのよ」


 ケアルのド正論にイブが撃ち抜かれる。

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