四章 二篇
四章 第四十二話 笑えない青春不全
広島旅行、前日の事だった。
布団に入っているだけで、別に楽しみであるという事ではないのにもかかわらず眠れない。
だからか、それともそれ故か、僕は憂鬱に考え込んでいた。
「はぁ……。結局ボッチかなぁ」
柏木にフラれた今。僕は心底気分が悪い。
「風邪でも引くか、それともおとなしくボッチ旅行か……」
ちなみに、翔という選択肢はない。なぜなら、普通に断られたからである。
しかし、だからと言って萌花や恵と関わるわけにはいかない。
僕はどちらからも避けていた。
いや、あの苦しい青春から避けていた。
僕が想像していた大学生というものは、青春というのは、何だったのだろうか。
最初、萌花に『好きだ』と言われたとき、トラウマが邪魔をした割に、結局距離を近づけた。
そこまでは、よかったはずだ。
反省を抜かしたら、よかったはずだ。
青春不全の障害も、何故かなくなった。
でも、その代わりに恵に叱られる。
明らかに〈自制〉が効かない。
ああ、いつからなんだ。
僕は、いつから浮気を自ら進んでするクズ人間になったんだ!
考えて、考え込んでも、結局答えはまとまらない。
「ああ、もうゲームでもして、明日寝坊でもして…」
そう言って、僕は電気をつけてパソコンの前に座る。
しかし、結局電源を付けて、何かするわけでもなく……。
「はぁ、外にでも出るか」
時計を見ると、深夜二時。
コンビニでも行くならばよいのだが………。
僕は、ドアを開け、エレベーターに入っている中で、ただ、スマホもいじらずに、ただドアを見つめていた。
「萌花のところ……連絡したら一緒に映画でも見れるのかなぁ」
邪念が浮かぶ。なぜそんな思考が浮き出たのか……。
ただ、僕はそんな度胸はない。
LINEを送ったとしても、きっと既読はつかないだろう。
僕はまた、自分の無駄で、全く感情のこもっていないはずの心の声をほくそ笑み、コンビニへ向かおうとした。
マンションの一階のフロントの自動ドアが開く。
イヤホンを付けて、東京の明るい空。点滅している蛍光灯。
その下で、一人。見覚えのある姿があった。
「……翔?」
そう声をかけた瞬間、消えかかっていた蛍光灯が目を覚まし、点滅をやめ、はっきりと明るく人影を潰した。
「……よう。潮田」
「なんで、お前ここにいるんだよ」
ポケットに手を突っ込み、スマホをいじっている翔。
「いや、こっちこそ。なんで旅行当日にこんな深夜で起きている?」
「いや、それは」
「とりあえず、どうせならちょっと付き合ってくれ」
「は? いや、どこに」
「コンビニだよ、コンビニ」
そうして、二人は歩き出す。翔はいつもと違って、闇ならぬ病みを醸し出していて、少々不気味ながらも、東京のやけに明るい空に押されて、僕はついていった。
「何買うの?」
「え? いや、ゴムだけど」
「はぁ……なんで?」
「いや、まあね」
思えば、翔とは二人で遊んだことがあまりない。
大抵、遊ぶときは先輩や旅行サークルがらみなのだが。
「まあね……って。使わないくせに。財布にでも入れんのか?」
僕は冗談交じりで笑いかける。
しかし、翔は真顔のまま、こうつぶやいた。
「切れたからな。在庫が」
「は?」
信じられない言葉に、僕は動揺した。
「……まあ、心の友だしな。どうせ話すつもりだったし、話してもいいか」
それを感じ取ったのか、0.01を手に掴みながら、僕の方を向いた。
「あの時、互いの秘密を言い合ったと思う。何だっけ、高校時代に彼女にこっぴどくフラれて実は女性不信? ごめんけど、それは真っ赤な嘘だ」
「えっ? いや、まあ」
しかし、いきなりの告白に、腹が立つことすらなかった。
「俺、実はヤリサーに入っててさ。あの、何だっけ。テニス。そう、テニスだったわ」
「は?」
脳の処理速度が追い付かない。すらすらと真顔で、何食わぬ顔で出てくる衝撃の事実に何も脳が反応できない。
しかし、脳裏にははっきりあの金髪が浮かんできた。
「そんでさぁ……なんだっけ。久しぶりに萌花ちゃんに会いに行ってみたんだけど、既読がつかなくてさぁ……」
そのまま、コンビニの会計を済ませるために、翔はレジへ向かいながら僕に話す。しかし、萌花という名前が出ていたくせに、僕は怒ることができない。
「まあ、足は洗ったつもりなんだが……。それで、まあね」
「何が言いたい」
しかし、腹の底から煮え水位をあげる怒りは確かにあった。
「まあ、そんな怒んな。どのみち、もうやめてるんだから。でもさぁ、あいつの口きもいんだよ。ローションみたいでさ。キスをしたときは最悪だから」
「……最悪だ」
「ああ、サイアクなんだよ」
「だから、お前がな」
レジを出るや否や、そう大声を出す僕。
しかし、手を出すことはなかった。
「でも殴らないんだ、潮田」
「……だって、お前は心の……」
言いかけながらも、その続きを翔が軽く口ずさむ。
それも、暗い雰囲気が好きではないからか、明るく、コンビニの看板の光に当てられて……
「友達だからね。本当は旅行が終わってから思いっきり殴ってもらうつもりだっただけど」
そうして、普段吸うところの見ないタバコを、翔は吸い始めて一息つく。
「一年前までは俺、金髪だったんだよ。それでね。いや、自分でも陽キャだったと思う。実際、一年のくせに萌花ナンパして成功して、そのまま交際まで行ったし」
「……どうだった?」
「やっぱ、思ったより最低だよな、潮田。それともただの変態か? まあいいよ。別に。うれしくなかったし、正直どうでもよかった」
そう言って、また一服するが、顔をしかめ、翔はそのままそのタバコを箱ごと捨てた。
「やっぱり、俺には向いてねぇんだわ。でもさ、あの唾液だけは忘れられん。まずいのにさ、タバコとかビールとかと同じ感じ」
そう言って、翔はこちらを向いていった。
「で、まだ殴らないのかな」
踏ん切りを付けたそうに、いかにも哀愁漂うその顔立ち。いつものあの陽気な雰囲気が、今は目元を隠し、真剣な表情で見つめている。
そして、僕は僕でさっきの怒りが嘘みたいに、それも彼女のことを考えれば考えるほど、自分の何が正しいのか分からなくなる。
「……だって、彼女もそうだったから、しょうがないだろ?」
そうして、出てきた答えは許しだった。
「……そう。まあ、俺はお前の女はとってないしな。いいんだぜ?心の友と呼んでくれて?いつか穴兄弟になるかもだし」
「うるさいなぁ。まあ、いいさ」
「……そうか。じゃあ、最後に言わせてくれ。本当は殴られてから言い訳するつもりだったんだが……」
「おう。どんとこい」
身構える。しかし、僕の心は無敵と化していた。
実際、今何が起こっているかすら分からなくて、全てがめんどくさくなっていたからか……。
「俺、お前の青春が羨ましいよ」
「……そうか。んじゃあ、広島旅行行くか」
軽く切り捨てて、簡単に僕らは帰路につく。
もっとも、虚しいほど何もなかったのだが。
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