三章 純粋に混ざって、劣情に溢される。

第二十六話 たった1800字

 あれから、僕は日常に溶け込んでいた。

 何も脅威のない……ただの日常。

 問題という問題と言えば、柏木と少しだけ気まずくなって、最近あまり話していないことぐらいだろうか。

 そうして、かれこれそんな状態が二週間ほど続いたころだった。


「あの、先輩。ちょっと話したいことがあるんですけど」


 旅行サークルの部室で、僕は沢田に話しかけられた。


 


 ごめん。確かに、そうかもしれない。

 だって、彼女の後ろには僕のトラウマ沢田萌花がいたから……




  ***


「ごめん。無理だ」


 そういって、僕は咄嗟とっさに背を向ける。


「先輩。話だけでも」


 しかし、出口付近にいた恵に捕まってしまった。

 一方、その様子を見た萌花は下を向く。


「あれ、ひかるが女の子に掴まれて……。って、恵ちゃんじゃないですか!」


「ちょっと、柏木先輩手伝ってっ」


 運が悪いことに、柏木が入ってきて、そのままヘルプを呼ばれ、結局、僕は彼女と対面することになってしまった。

 しかも、柏木も隣にいる状態で、だ。








 僕は、出来るだけ彼女と目線を合わせないようにしながら、腕を組んで目をつむり始める。

 すると、あろうことか。


「まず、ごめんなさい。潮田君」


「……」


 謝罪すべきは、君じゃない。

 言いたいけれど、言えないくらい僕は彼女を知っている。


「私は、酷い女でした。あなたを……。弄んだかもしれません」


「……」


「できれば、私はそれでも許してもらいたいのです」


「……」


 僕は無言を貫く。

 しかし、お人よしの二人がそうはさせない。


「何とか、言ってあげませんか?何をしたかは知らないけれど」


「あの、先輩……」


 それでも、僕は無言を貫く。


「私は、ずっと、あなたが好きだったから……」


 その瞬間。唾液が分泌され、また狼狽える


 、僕はただ腕を組んで無言でたたずんでいた。

 すると、彼女もさすがに気が重くなったようで……


「お姉ちゃん……」


 恵がつぶやく。

 そうして、誰も呟くことのなくなった空気に僕は、踏ん切りをつけた。


「……お前、妹居たんだな」


 腕をほどいて、僕は手を机の上に乗せる。 いつかの昔に、許しを乞った相手に、僕は偉そうに、またよそよそしく明らかに冷たく接していた。


「……はい。そうです。自慢の妹……」


「そうだな。お前と違ってな」


 それを聞いた彼女は、歯を食いしばることもなく……。


「そうですね。私と違って、可愛くて、純粋ですし」


 と、肯定してしまう。


「じゃあ、もう話は終わりだ」


 そういって、気まずさ故に席を立つ僕。


「待ってください!」


 大きな声。そして、隣で僕の服を掴んでいる柏木。


「お姉ちゃんは……。いじめられていたんです!」


 僕の目の前で、席を立ち。腕を机に立てている。

 勇気を出したんだろうな。腕が震えている。 しかし、なぜそんなことが関係あるのだろうか。


 ホント、残念だよ。


 ”


「……知ってるよ」


 また、柏木の手を優しく包み、彼女の膝の上に置いて、出口に向かう。

 青春不全とか以前に、この状況に、僕は冷酷になっている。

 最愛は誰か……。今は柏木だ。 それは揺るぎないことだった。

 だから、とにかく彼女から離れようと思った。

 ……いや、離れないといけないという使命感に駆られた。

 しかし、その時だった。


「私も、そのことを知ってるよ。潮田君!」


 あの声が聞こえた。堕ちていない、敬語でない、謝意もない。昔の萌花の口調の香り。

 しかし、そんな希望は沈黙に汚されて……


「潮田君が助けてくれなかったら、私はここに居ないよ……」


 と、また謝意という要らない感情を、無駄に勇気を出して枯れた声を、振り絞っているのが分かった。


「だから、私はあなたが好き!だから、本当に……ごめんなさい」


 振り返らなくても、彼女が頭を下げているのが分かった。

 だからこそ、腹が立つ。


「だから、謝らないでよ!」


 僕も、久しぶりに大声を出した気がした。


「ため口でいいし、僕のことが好きでもどうでもいい!僕も悪かった。一緒にいてもいい。けど、僕はもう仲のいい子がいるんだ」


 隣にいる柏木が、僕の手を握る。


「だから、もう。いいから……」


 気付けば、互いの我慢していた最初の一粒が零れ落ちた。


「もう、自分の身を大切にしてくれ……」


「僕の、初恋は君だったんだから……」


 僕は、必死に歯を食いしばって、涙を拭いて、

 その様子に、泣き崩れる萌花。


「違うの……。なんで。私は、違うのよぉ……」


 互いに、泣いてしまった。


「じゃあ、お姉ちゃんと先輩は握手して仲直りしましょう」


 そうして、そんな様子を見た妹の恵がそう助言した。


「私も、それがいいと思います」


 柏木も、良心が許した。 と、


「ありがとう。潮田くんっ……」


「こちらこそ……。ごめん。ありがとう。沢田……萌花」


 そうして、握手を交わして彼女は泣きながら介護された。


「私!諦めないからね。柏木さんっ……」


 乙女の涙か、それとも嫉妬深い魔女の涙か。

 しかし、この時点では明確な”負けヒロイン”の涙にしか見えなかった。


「ごめん。僕も……」


 青春は一瞬。しかし、その一瞬さえ味わえることのなかったキャラクター。

 心には間違いなく青春不全。消化されることはもちろんない。

 毒だ、間違いなく毒だった。


 しかし、彼女の勇気のおかげで、彼女自身も、そして、彼自身も……。

 これから、新たな道を歩み。または過去を取り戻し。


 毒を薬にすることができるやもしれない。

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