第35話 プール 2

 ピーッ!


「あっ、もうそんな時間か」


 プールから上がらなければならないときに鳴る笛の音が聞こえたので、俺たちはプールから上がる。そして、荷物を置いてある席まで戻っていった。


「じゃあ、持ってきたお弁当食べよっか!」


 そうして、俺たちはそれぞれリュックやらカバンやらの中を探って弁当箱を取り出す。


「「「「「「いただきます!」」」」」」


 みんなで手を合わせて、それぞれの弁当を食べ始める。


 もぐもぐ、むしゃむしゃ、がつがつ


 体を動かしてお腹が空いていたのか、みんな無言で弁当を貪っている、俺も含めてだが。


「ごちそうさまでした」


 二十分ほどで最後の一人だった小鳥遊さんが食べ終わった。


「そういえば、お菓子も持ってきたんだけど食べる?」


 琴音がリュックの中からお菓子を取り出しながら言う。


「うーん、俺はまだいいかな、弁当食べたばっかだし」


 俺の意見に過半数が肯定の意を示すように頷いた。


「オッケー、じゃ、泳げるようになるまで待ってようか」



 ピーッ!


 十三時になり、プールに入ってもいいときに鳴る笛の音が鳴った。


「よしっ、じゃあ泳ごっか!」


 琴音がぱっと立ち上がって言った。


「なあ、そろそろウォータースライダーに行かないか?」


「えっ?でも......」


 琴音は少し申し訳なさそうな顔をして、小鳥遊さんと荒崎さんの方を見る。


「ん?ああ、私は問題ないぞ、ここで待っておくから」


「あ、私も大丈夫だよ、ことちゃん」


「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」


 琴音はそう言うと、真っ先にウォータースライダーの方へと向かっていく。少し我慢していたのかもな。


「俺たちも行くかな」


 そうして、小鳥遊さんと荒崎さんを抜かした俺たちは琴音の後を追ってウォータースライダーに向かっていった。



「琴音、ここは?」


 先に列に並んでいた琴音に追いついて、俺は尋ねる。


「ここはね~、二人一組で滑るタイプのウォータースライダーだよ」


「二人一組ってことは、前みたいにボートに乗る奴か?」


「そうだね、そんな感じだと思う」


 琴音とそんなことを話していると、優希と米倉さんもやってきた。


「樹、樹」


「ん?なんだ?」


 なぜかいきなり琴音が耳元で話しかけてきた。


「今回は私と滑ろうよ」


「は?なんで?いや、別にいいけども」


「ほら、私と滑ったら米倉さんが優希と滑れるじゃん。そういうことだよ」


 そういうことか。


「って、お前それでいいのか?小鳥遊さんのこと応援してたんじゃないのか?」


「小夜ちゃん、振られちゃったしね。それに、例え推しヒロインでなくとも必死になってフラグを立てに行く、それが私たち、フラグが立たない者たちの役割だよ」


 片手を胸に当てどや顔でそんなことをのたまう琴音。


 私たちって、俺もか?フラグが立たないって、俺には恋愛できないってことか?よく考えてみればひどい言い様だな。


「お前なぁ......ま、いいけど」


「樹ならそう言ってくれると思ってたよ」


 そうして、俺たちは列に並んで五分ほど待つ。


「お待たせ、お二人さんでよかったかな?」


「はい!」


 最前列まで来た俺たちは、係のおじさんに言われてまず俺と琴音から先に滑ることにした。


「ほら、ここに座ってね」


 係のおじさんに促されて、俺が前、琴音が後ろの形でボートに座る。


(......若干狭いな)


「......よし、じゃあいってらっしゃ~い!」


 係のおじさんはそう言ってボートを押した。


「うひょおおー!」


「ひゃっほーい!」


 俺は両手を大きく上げて思いっきり楽しむ。多分琴音も同じような格好してるだろうな。


 ボートはどんどんスピードを上げていく。


 ......なんかこのボート、座ってる位置がだんだん下に下がっていくな。


 俺はそう思ってボートをしっかりと握って位置が下がらないようにする。


 その瞬間とき


(ん?)


 背中に何か柔らかいものが触れているような......?


 だけど、後ろを振り向こうとしても今は滑ってる最中だから無理だし、大体後ろには琴音しかいないし......


(マジで?)


 まさか、これって、琴音の、おっ


 ばっしゃーん!


 俺が変なことを考えている途中でボートが着水した。すぐさま係の人がやって来て、俺たちをボートから降りて上に上がるよう促す。


 「な、なあ、さっきのって......」


 俺は岸から上がってさっきのが琴音のかを尋ねる。くそっ、顔が熱い。


「う、ん......」


 琴音の方を見ると、普段見せないような表情をして顔を真っ赤にして俺とは目を合わさず、小さい声で小さく頷いた。


「そ、そう、か......」


 ......気まずいー!


 そして、しばらく琴音と顔も合わせずに突っ立っていると、優希と米倉さんが滑ってきた。乗っている順番は米倉さんが前、優希が後ろ。俺たちみたいな事故は起こらなそうだな。


「ん?二人ともどうした?顔赤いけど......」


 疑問に思ったのか、優希が首を傾げながら俺たちに尋ねてきた。


「い、いやぁ、な、何でもないよ」


 琴音がしどろもどろになって答える、顔は赤いままだ。


「じゃ、じゃあ、小夜ちゃんと桃ちゃん待ってるから、行こっか」


「え?ああ、うん」


 琴音が強引に話題を変えたので、優希は少し疑念を残したような返事をした。


「ちょっと」


「えっ、えっと、何?」


 みんなが待っているところまで戻ろうとすると、米倉さんが耳元で小声で話しかけてきた。


「琴音ちゃんと何かあったの?」


「い、いや?な、何もなかったけど?」


「そう?」


 米倉さんは若干疑っているような表情をしながらも、ここは一旦引いてくれた。


 ......ボートで滑っている最中に琴音のが当たったなんて言えるわけねーだろうが!


 俺は心の中で思いっきり叫んだ。



「......あれ、誰かいる?」


 米倉さんが口からそう言葉を溢す。


 俺たちが小鳥遊さんと荒崎さんが待っているところまで来てみると、数人の男たちが二人に絡んでいるのが見えた。


「ナンパか?」


「えっ、助けないとじゃん!」


 琴音がそう言ったので、俺たちはその男たちに近づいていく。


「......やめてもらえますか、友達たちと来ているので」


「いいじゃん、その友達とも一緒に遊ぼうよ」


 荒崎さんが小鳥遊さんを庇うような形で男たちと話していた。


「ちょっといいですか」


「ああ?何だよ?」


 優希が男たちの一人の肩を掴んで話しかける。


「彼女たちの友達なんですが、離れてもらえますか?」


「黙れよ、どっか行ってろ!」


 男はそう言うと、優希の胸のあたりを片手で押した。優希が少しよろめく。


「おい」


 すると、いきなり荒崎さんがその男の手首を掴み呼びかける。顔を見ると、かなりキレたような表情をしていた。


「あ?何だ?」


 男は振り返って荒崎さんの顔を見ると、少し怯えたような表情を見せた。


「早くどっか行けよ、ぶち殺すぞ」


「な、何を言って......」


「さっさと行けって言ってんだろ」


「はっ、はいっ!」


 そうして、男たちは一目散に離れてどこかに行った。


 男たちが離れていくのを確認すると、荒崎さんは元の表情に戻った。


「あ、あの、斎藤は大丈夫だったか?」


「え?うん、大丈夫だけど......」


 優希は呆気にとられたような表情をして返事をする。


「......すごい」


 すると、琴音が小さな声でそう呟く。


「すごいかっこよかったよ、桃ちゃん!」


「え?えっと、あの......」


 いきなり目をキラキラさせていった琴音に、荒崎さんは少し困ったような表情をして戸惑う素振りを見せる。


「うん、確かにさっきの荒崎さん、かっこよかったよ」


 優希も頷いて琴音の言ったことに賛同する。


「......そ、そうか」


 荒崎さんは優希に褒められて少し照れたのか、顔を赤くして目を逸らした。


「じゃあ、次は二十五メートルプールで誰が一番速いのか競争しようよ!」


「おっ、いいな、それ!」


 俺がそう言って思わず琴音の方を見ると、琴音は顔を少し赤くしてそっぽを向く。


 俺はそんな琴音の反応を見てこっちまで恥ずかしくなって、顔をそむける。


「二人ともなんかさっきから変じゃない?どうした?」


 優希がさすがに変だと思ったのか、俺たちに対して尋ねる。


「い、いや、何でもない」


「そ、それよりさ、早くプール行こうよ!」


「ん?う、うん、わかった」


 結構強引に話題を変えたせいか、優希だけじゃなくて他のみんなにも疑いの目で見られているような気がするが、俺たちは気が付かないふりをする。


 そうして、俺と琴音はさっきあったことを忘れようと思いっきり泳いで泳ぎまくった。翌日筋肉痛で普通に歩けなくなるくらいまで。


 ......忘れられるわけねーだろうが!あんなの!

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