「君が微笑むと、獣が眠る」

渡真利 龍

第1話 出会いはカフェで

突然の雨だった。さっきまで晴れていたのに通り雨だろうか?

「傘なんて持ってないよ!」そう思いながら急いで目の前にあるカフェの入り口に避難した。「こんな所にカフェなんてあったっけ?」いつも通るのに全然気が付かなかった。

駅まではもう少しだから「お茶するのは勿体ない!」しかし、風も雨の勢いも激しさを増すばかりで足元の水溜りがまるで湖の様になってきた。。

買ったばかりのスニーカーとお気に入りのサマーセーターがずぶ濡れになっていく。

「もう最悪!どうしようも無いじゃん!この雨の馬鹿!」

心の中でそう叫んだが雨は嘲笑うかの様に私の身体に容赦なく降り注いで来る。

ただでさえ目が悪いのにかけている眼鏡なんて何の役にも立たない程の大降りが続き一歩も身動きが出来なかった。


私の名前は南田麻理。ワンルームマンションで暮らしながら短大に通うごく普通の(いたって真面目な?)女子なのだ。それなのにバイト終わりの帰宅途中にこんな目に合ってしまうのだから恨み言の一つくらい言いたくもなる。

毎日、型にはまった様な生活なのでこの後の予定なんて当然何も無い。だから「まあこんな日だってある!」と無理矢理に自分を慰める事にする。

彼氏なんていない。そもそも男性と付き合った事がない。

人と話すのも苦手だから友達も少ない。要するに「孤独な女」なのだ。

決して美人とは言えない事くらい自分が一番解ってる。

本音を言うと私だって彼氏は欲しいしデートだってしてみたい。

でも将来は保育園の先生を目指しているから恋愛なんてしている暇は無い!そう自分に言い聞かせて毎日頑張っているのだ。

ぼんやりとそんな事を考えていたら突然、見知らぬ青年が私にぶつかってきた。

その衝撃で小柄な私は吹っ飛びそうになったがいつの間にか彼は私の腕をしっかりと掴んでいたので転ばずに済んだ。力が強すぎて痛かったけど。

カフェから出て来た時に偶然ぶつかったのだから仕方ない。それはそうだけど私だって一応、か弱き乙女。普通は男が先に気を遣うんじゃ無いの?と思うんだけど......。


彼は私の顔を冷たい視線でじっと見つめたままで何事も無かったかの様に無言で立ちすくんだままだ。何だか気不味い空気になっちゃったので思わず「スミマセン!」と言ってしまう私。

あれ?何故、私が先に謝ってるのよ?と少し腹が立ったから相手がどんな奴かよく見てやろうと思った。

彼は白いTシャツにインディゴブルーのダメージデニムと黒いハイカットスニーカーを履いていた。背が高くて一見は細身に見えるけどシャツの上からでもその逞しい肉体美が良く解る。精悍な顔付きなのだが物憂げな表情が何処か寂し気に見えた。

不覚にも「無愛想だけどちょっとカッコいいかも?」と思ってしまった。

いやいや、ぶつかって来たのはそっちなんだから先に謝ってよ!

私だって一応女の子なんだぞ!気の利いた事くらい何か言いなよ!無表情だしさ!

心の中でそう呟く私。


「傘を持って無いのか?」と不意に小さな声で彼が言う。

私が頷くと彼がビニール傘を差し出した。受け取っていいものなのかどうか迷っていると彼はそっと私の手に傘を持たせて無言で走り去った。

それも信じられない程のスピードであっという間に彼の姿が見えなくなった。

「今のは何?御礼どころかこれじゃあ傘返せないじゃん。何なのよアイツ!」

思わず毒舌を吐いてしまったけど正直、「胸キュン」してしまった。

男の人に親切にされた記憶なんて殆ど無いのだから久しぶりに「ドキドキ感を楽しんでいる」自分がそこにいた。

でも当然、名前なんて解る筈も無い。カフェの定員さんならワンチャン会えるかも知れないがたまたま来たのなら彼に再び会う可能性は絶望的だろう。

渡された傘を見ながらそんな事を考えていたら雨が止んできた。

やはり通り雨だったのだ。空は晴れてきたけれど私の心は何故か曇ったままだった。


部屋に帰って急いでシャワーを浴びたがそれでも何だかスッキリしない。

気を取り直して夕食の準備に取りかかる。今夜のメニューはスーパーで買った「半額のオムライス」と野菜サラダだ。興味のある番組がある訳でも無いけど一応TVを付けて腹ごしらえをする。画面の向こうではキャスターが今日起こった様々な出来事を台本通りに棒読みしている。

「昨夜、第三中央エリアで起きた強盗致傷事件を警察は目撃者の証言から(亜種人間の犯行)と断定し犯人の行方を追っています。」

現代では普通の人間とは違う(亜種人間)と呼ばれる特別な能力を持つ人種が存在している。彼等は見た目は普通の人間だが(あらゆる動物の特殊能力)を兼ね備えており何かのきっかけでその野生性が目覚めると言われている。

世間では彼等に対する意見が完全に二極化されていて(擁護派と排除派)の議論が真っ向から対立していた。自ら「カミングアウト」する人達も居れば「ダークな世界」に身を委ねる者も居る。でもそれは何も彼らに限った事では無い。


「自分達と違うからと言って差別や区別をするのは違う!」私はそう思う。

勿論、犯罪行為は厳しく取り締まる必要がある。皆が安心して平穏に暮らしていける社会が一番だからだ。しかし憶測やなんの証拠も無い推測だけで判断するのは間違っている。それが(冤罪)というあってはならない事を生んでしまうからだ。

私は何の取り柄も無い人間だけどこれだけははっきりと言える。

「未来に向かって成長していく子供達の為に私達大人が平和な社会を構築する事が何よりも重要なんだ。そこに人間も亜種も関係ない。この地球で共存共栄しているのだから一人一人が優しくなれればそれで充分なんだ!」

保育士になったら子供達にそんな事を伝えたいしそう決めている。


ベッドに腰かけて今日の事を振り返る。明日のバイトが終わったらあのカフェに行ってみようかな?傘を返すのは当たり前だけどそれは単に建前で本心は「もう一度だけ逢いたい。」そう想う自分がいる。小学生の時に好きになった男の子がいたけれど、その時の感覚と似ている事に気付いた。あんな一瞬の出来事でこんな気持ちになっている自分が何だか恥ずかしい。多分、今私の顔は真っ赤になっているんだろう。

よし決めた。逢えない事を前提に行ってみよう。逢えたとしてもきっと何も話せないだろう。それでもいい。傘を返して御礼を言う。ただそれだけの事なのだ。

そんな事を考えているうちに何時の間にか私は眠りに落ちていた。









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「君が微笑むと、獣が眠る」 渡真利 龍 @ryutomari

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