ドナルド突撃編

第9話

「にしても酷い一日だったなー昨日は」隆介は遠くを見る目で言った。あれから半日ほどしか経っていないものの、ずいぶんと遠い記憶を掘り返したような反応だった。


 ただ僕もその気持ちはわかる。いままでさほど真面目ではない人生を送ってきたが、警察沙汰になるような事態に巻き込まれた経験はこれが初めてだった。だから新鮮な気持ちでもあったし、本当にあった出来事なのか疑わしくも思えた。それはたぶん隆介も同じで、彼が特筆するような問題ごとを起こした話も聞いたことがないので、そういう反応になるのも仕方ないかもしれない。真田という男の周りにいると、こうしていつも変なことが起きる。


 それから隆介は「で、真田はまだ掛かりそうだと」と言った。


「たぶんな」


 あれから僕たちは寄り道もせず真っすぐ帰途につくと、思い思いに夜を過ごした。それから朝になって大学に行くと、僕は真っ先にグループチャットにてメッセージを送った。それは他のメンバーも同じだったようで、みんながほぼ同時に最新の情報を送ってきた。それによると、真田以外の四人はいつもどおり講義を受けるとのことだった。別に真田以外の僕たちはこれといった問題を起こしていないので、いつもどおりの日常を過ごすのが当然ではあった。


 残る真田はというと、彼からの返信はなかった。


 真田は僕や隆介と同じ法学部法律学科の三年で、金曜日である今日は同じ科目を履修している。返信がないということは、あとはしれっと大学に現れる可能性に賭けるしかない。真田がこの日の朝に姿を表さなければ、まだ警察署で取調べを受けているから大学にこれないことになるはずだ。それで講義が始まり一限二限と経ったが、一向に真田の姿は見えない。単にサボった可能性もあったが、まさか昨日の今日で僕たちにその後の説明すらせずサボるとは考えられない。だから僕と隆介は、彼がまだ警察署で取調べを受けているのだろうと推察した。心配になった僕たちは何度もメッセージを送ったり、電話を掛けてみたりと必死に連絡を取ろうとしたが、一向に反応がない。もはや僕たちの推察は確定したも同然だった。


 その後が気になるまま昼の時間になった。そしてつい先ほど、ある動きがあった。日和のほうから「幸広のところに行く」とのメッセージが飛んできたのだ。


 僕は参考人として呼ばれたのだと思い「証言でも頼まれたの」と返信した。


 すると日和は意外にも「迎えに来てって幸広に言われた」と返してきた。


 ようやく解放されたのかと思い詳しい事情を聞いてみると、どうやら取調べは昨夜の時点ですでに終わっていたらしい。大事には至らず厳重注意をされるだけで解放されていたそうだ。だが真田は、スマートフォンのバッテリーが切れていたせいで電車に乗れず、かといって誰かに迎えに来てもらうにも夜も遅いし電話を掛けるのも躊躇われたので、警察署をホテル代わりにして夜を明かしたとのことだった。


 一応スマートフォンのバッテリーが切れていても一定時間はICカードの機能を使えるはずだが、真田はそれを知らなかったようだ。そんなこともあって、半日近く僕らの連絡に返すこともできずにいたという。


 日和は警察署の電話越しに話す真田に対し、昨夜言えなかった分の怒りを存分にぶつけたようだ。音々が「日和がかつてないほど怒髪天を衝いてる」と送ってきたくらいなので、よほどお怒りだったのだろう。


 それで真田は日和に迎えに来てもらい、とりあえずは家に帰って、午後からの講義には参加するとのことだった。


 思いのほか小さく事件は収まり、肩透かしを喰らったような気分だったが、僕はそれを表には出さず「何事もなくてよかった」と返した。だからまあ、昨夜の真田とストームトルーパーのストリートファイトは、一応の平和的な解決をしたらしい。あくまでその時点までではあるのだが。


「それで、そこからどうやってドナルドの話に繋がるの」と隆介は聞いてくる。あと十五分ほどで昼の時間は終わりだったが、元はと言えば本題はドナルドの話なので、残り少ない時間であろうが最後まで聞きたいのだろう。僕は話を続ける。


「いまさらこんなことを言うのもあれだけど、昨夜の出来事は僕自身あまりうまく呑み込めてない。あいつが何者で、何を企んでいるのかもいまだによくわからないままなんだよ。だから無駄に時間を使って昨日の振り返りをしたわけだけど、前提としてこれまでした話と、これからする話は地続きに続いてる」


「どういうこと」


「わかりづらいか。じゃあ端的に言うと、あのストームトルーパーがドナルドの正体らしいんだ」


「……どういうこと」


 僕の説明が悪かったようで、彼を余計に混乱させてしまった。


「まあ、これも詳しく説明したほうが早いと思うから、これからいろいろ話すよ」


 そうして僕は、昨日の話に戻った。

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