幕間（1）
二人の男が馬車の揺れの中で会話を交わしていた。
濃紺の上質なタキシードに身を包んだセリウスは、シルバーグレーのタイと銀のカフスが控えめに光る姿で、どこか落ち着かない様子を見せている。
一方、エヴァンスは銀髪の合間からのぞく藍色の瞳を窓の外へ向け、気だるげな口調で話し始めたが、その内容は決して軽いものではなかった。
「セリウス、忘れるなよ。今日の夜会ではアルヴィスから目を離すな。何があってもだ」
セリウスと呼ばれた黒髪の青年は、襟元を整えながら驚いた表情で首を傾げる。
「もちろん、そのつもりです。ですが、どうしてそんなに念を押すんです？ 何か問題が？」
エヴァンスは溜息をつき、視線をセリウスに移す。
「昨日、不在だった理由だが。……アルバートに呼び出されて遺体の検視に立ち会っていた」
「遺体、ですか？」
セリウスの表情が引き締まる。エヴァンスは淡々とした口調を保ちながら続けた。
「不審死は今月だけで4件目だ」
「穏やかではありませんね。ですが、死は日常に近い場所にあります。たまたま偶然では？それとも何か共通点でも？」
「――年齢も社会階層も、職業も見つかった場所もバラバラだ。だが、何か妙な引っ掛かりを覚える」
勘というか直感のような。
微妙な違和感がざらりと妙に引っかかるのだとエヴァンスは続ける。
その表情にセリウスはただならぬ気配を感じて居住まいを正し、先を促した。
「最初はレバノール商会の若い男。次にその取引先の職人。だが、まるで接点のない貧民街の男が前後して路地裏で見つかっている。昨日の件は男爵夫人だ」
「男爵夫人？」
「コーゼリウス男爵の奥方で、夜会の途中、中盤に差し掛かったあたりで体調の異変を訴えて、夫に申し出て屋敷に戻ったのだと」
セリウスが険しい声を漏らすと、エヴァンスは頷いた。
「そうだ。パーティー好きで知られていた夫人だが、夜会の翌日、急死した。目撃者によると、体調が急激に悪化していったらしい。ただ、死因はまだ特定されていない」
セリウスは眉間にしわを寄せた。
もちろんエヴァンスが呼び出されたということは、それ以外の詳細も耳に入っているはずだ。
彼が聞き取ったところによる夫人の様子は以下の通りだった。
最初に現れたのは軽い不快感と微細な吐き気。
一時的に顔色が悪くなり、しばらくの間その場に座って動けない様子を見せていた。しかし、最初の症状はそれほど深刻ではなく、周囲の者たちは単なる食べ過ぎか何かの不調だと思っていた。このタイミングで退席し屋敷に戻る馬車の中で様態は急変したという。
同席していた侍女によると、男爵夫人は急に呼吸が荒くなり、胸を抑えて苦しみだした。彼女の顔色はますます蒼白になり、額に冷や汗が浮かび、手足が震えだす。
吐き気を訴えるので、馬車を途中で止めると嘔吐が続き、立ち上がることができなくなって意識を失ったという。
急ぎ屋敷に連れ帰った頃にはほとんど意識がなく、痙攣を繰り返したのち、夫人は泡を吹いて命を失った。
「お前はどう思う？」
「急性の食中毒ではなさそうですね。もしそうなら、今頃病院は貴族で満室のはずだし、あなたがのんびりと馬車に乗っているはずがありませんから。だとするなら毒物の可能性が……？」
エヴァンスは深く頷いた。
「そう思われる。ただ、今の段階では何とも言えない。遺体にはいくつか共通する特徴があったが、確定ではない。生きのいい遺体を解剖した方が手っ取り早かったんだが、邪魔が入ってな。アルバートに呼ばれて担当したのは生きの悪い方でね」
死後数日経過した状態で見つかったガラス細工師の遺体の検視を担当したという。
数日日中あたたかかったこともあり、遺体の状況は悪かったという。腐敗が進んでおり、十分に検視ができる状態ではなかった。
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