第5話:可愛い魔法

 固有スキル『記憶の操作及び再整列』。

 これは当時クリア不可能だと言われていたSSSランクの依頼「漆黒の災難:リリスリア・ブラッドエルのイヤリングの回収」をクリアしてもらった報酬だ。

 魔神があらゆる攻撃を無効化する無敵のイメージなら、こっちはあらゆる攻撃を受けても倒れない別の意味で無敵のイメージだった。

 しかし28回死んでの、29回目のトライで奴を討伐してイヤリングを回収することができた。

 イヤリングをギルド本部に渡すと、唖然としていた受付のNPCの顔が今にも思い出される。

 このスキルは1回しか使えないが、その効果はかなり強力だ。

 魂に刻まれている前世・現在の記憶を操作し、呼び起こし、再整列することができる。

 簡単に言えば赤の他人の記憶を操作し、再整列してその人の記憶に俺という存在を組み込む事で親友や家族にだってなれる。

 ましてや忘れられていた記憶を呼び起こす事など朝飯前だ。

 

 このスキルをアリシアに使えば封印された記憶を取り戻せるかもしれない。

 しかし・・・。

 それでいいのか?

 記憶を取り戻したアリシアが偽りの存在に気づいて俺を突き放したらどうする?

 アリシアはまだ簡単な魔法すらまともに使えない。

 一人に行動させるのはあまりにも危険だ。

 プレイヤーや人間のNPC達に見つかって狩られる可能性もある。

 

 ・・・とはいえ、これは俺の独断で決められるものではない。

 アリシアも早く記憶を取り戻したいはずだ。

 この魔法の特訓が終わればアリシアにこのスキルを使おう。

 そしてこれからどうするのかの判断は真実を知ったアリシアに託そう。


「アリシア、今日から魔法の特訓だ」

「アリシア別にできないわけじゃないし」


 むくれ顔のアリシアは頭につけているピンクのヘアピンに魔力を流す。

 またロンギヌスの槍のような杖が召喚された。

 

「はっ・・・!」


 気合の籠った声を発して前方にある大木に狙いを定める。

 凄まじい量の魔力が杖の先端に集まり、凝縮されていく。

 それはただ強力な魔力と言えるレベルではなかった。

 一瞬ゾッとする不気味ささえ感じさせる魔力はどんどん凝縮されていく。

 吹き荒れる突風にアリシアの髪が激しくなびき、その横顔からは真剣な表情が見えてきた。


火炎柱フレイム・ピラー・・・!」


 強烈な熱とともに地面から火の手が広範囲に湧き上がる。

 基礎的な火炎系列の魔法に属する火炎柱を、上位魔法の一種である「エキスプロ―ジョン」と勘違いさせる程の威力と熱気だった。

 火の手が静まった所には燃え尽きた大木の切り株すら残らない褐色の荒野。

 大木の周りの風景がAIの画像架空でも使用したかのように、綺麗に境目が出来て違う景色となっていた。

 もはやそこに生命体の気配など感じられなかった。


「すごい・・・」

「・・・・・」


 自慢げな表情で振り向くと思ったアリシアだが、予想外の冴えない顔をしていた。

 前回失敗した魔法を成功させたのになぜか嬉しい気配はなかった。 

 今回と前回の違いは敵の有無・・・。

 敵がいた時は失敗した魔法を敵がいない今は撃ち放てている。

 魔法とは、その魔法を使うのに必要な魔力を溜めて放出させる事。

 失敗した前回も魔力を溜めるとこまでは無難に出来ていた。

 要するに、問題は敵がいる時の魔力の放出だ。

 どうやら、アリシアは魔力をコントロールする段階で手こずっているようだ。

 俺もイレクシア・オンラインを始めて間もない頃、よくやってたミスでもある。


「アリシア。杖に集めた魔力を一気に投げるんじゃなくて、そっと押し出す感じでやってみて」

「そっと押し出す?」

「そう。そっと押し出す感じでやれば、魔力をコントロールに役立つから。もう一回やってみよう」

「嫌だ」


 え? 嫌だ?

 アリシアはサッと顔を逸らして魔法の練習をする気がないと動作で示していた。


「ちなみに理由は・・・?」

「アリシアの魔法、可愛くない」

「え?」


 今度は口にまで「え?」と声が出てしまった。

 教科書で出てきた過去の社会現象の一つ、前略プロフィールを初めて見た時のようにあんぐりと口が開いてしまう。

 魔法が可愛くないという初耳の文章に頭を悩ませていると、


「だってアリシアの魔力なんか怖いし・・・お兄ちゃんも感じたでしょ!?」

「いや、それは・・・」


 同意を求めてくるアリシアにはっきりと否定できず口ごもる。

 言われてみればアリシアの魔力は普通の魔力とは何かが違う。

 強い魔力というのはその使用者が有している圧倒的な魔元素の量とそのコントロールから滲み出るオーラのようなものだ。

 アリシアの場合、その奥になにか異様なモノを感じさせる魔力が混じって滲み出ているのだ。

 それの原因も正体も知らないが、明らかに普通の魔力とは違う。


「はぁ・・・やっぱお兄ちゃんも可愛くないって思ったんだ」


 俺の迷いを察知したアリシアは「ほら、ね」と言わんばかりの顔でため息をついていた。


「・・・凄いとは思ってた」

「やっぱ可愛くないんだ」


 凄いという誉め言葉は耳に入らず。

 落胆したアリシアを宥めてもう一回魔法の練習を図ってみる。


「今度はアリシアが可愛いと思ったものをイメージして放ってみようか・・・!」

「蛇」

「蛇・・・?」

「この間、芝生でちっちゃくて可愛い蛇を見つけた」

「それを想像しながら魔力をイメージ化してみよう」


 魔法を使用するのに必要な魔力はある意味、使用者の意識や精神に影響を受ける。

 そういった観点からすると、アリシアが魔法を撃ち放つ際に敢えて可愛さを意識して魔力を放出すればどうなるのだろう。

 試みたことはないが、魔法が少し可愛くなる可能性は十分ある。


「じゃあ・・アリシアの魔法可愛くなる?」

「可能性としてはありだ」

「わかった・・・!」


 最初よりやる気のある声色で答えたアリシアはごくりと唾を飲み込む。

 両目を瞑って芝生で見かけた可愛い蛇をイメージしているようだ。


「くねくね蛇ちゃん・・・」


 ぽつりと呟くアリシアはもう一度自分の杖の先端に自らの魔力を溜めていく。

 さっきより・・・。

 ん・・・?

 さっきより巨大で抑えきれなさそうな魔力の塊が凝縮されていく。

 それが爆発しそうなその時、


「火炎柱・・・!!」


 とんでもない魔力の塊が何かの形になっていく。

 禍々しい姿をしている蛇・・・いや、九本の首を持つヒュドラが強烈な熱気を放出している火の手に纏わりついて別の意味で絶景となっていた。

 敵の士気を確実に低下させられるような不吉な魔力だ。


「もう・・・!」


 完全に機嫌を損ねてしまったアリシアは甲高い声を張りあげて、つかつかと近寄ってきた。

 なにか慰められるような言葉を言ってあげた方がいいかもしれない。

 まずヒュドラはNGワードな気がする。

 

「お陰であったかい・・・!」

「お兄ちゃんの嘘つき」


 失敗した。

 そもそも他人を慰めたことのない俺にはハードルが高い。

 こういうのが得意なアイドルのカノンちゃんでも召喚したい。


〘新しいスキル『トランスフォーム』の使用を提案します〙


「トランスフォーム・・・?」


 こんなスキルあったっけ?

 脳内に転送された保有スキルと魔法の数が多くて気づいてなかったのか。


「お兄ちゃん変身したい?」


 俺の呟きを聞いたアリシアはこれを知ってるかの如く訊いてきた。


「このスキル知っているのか?」

「アリシアが見せてあげる!」


 弾んだ声のアリシアは後ろに数歩下がって身構える。

 落ち込んでいた様子はなくなり、得意げな表情をしていた。

 どうやらこのスキルは自信あるようだ。

 小さい時にクラスの皆に内緒にして見てた魔法少女シリーズの変身シーンみたいな動作を披露する。

 手を二回叩いて軽くターンを交じってのガッツポーズ・・・から片手を下から上へと突き上げて、


「トランスフォーム!」


 と勢いよく大声を上げる。

 魔力に包まれて頭からつま先まで全身が輝くアリシアはゆっくりとこっちを振り向いた。


「ふふっ、どう!?」


 魔力の輝きが散ってアリシアの意気揚々とした表情が現れる。

 うん?

 ない!

 頭から生えてた黒の角が無くなってる・・・!


「このポーズ、実は練習してみたの」


 アリシアの頭をあっちこっち触ったり撫でたりしてみる。

 角が生えてた痕跡は消え、さらっとした白銀の髪がその場を代りにしていた。

 

「そ、そんなにすごかったならもう一度見せてもいいよ!」


 頬が少しだけ赤らんできたアリシアはまた数歩下がって身を構える。


「カノンちゃん、スキルの分析をお願い」


〘スキル『トランスフォーム』:外見を変化させるスキル。

 現在の熟練度では角を消すのが限界です。

 スキルが進化すれば、変身できる種族の種類が増えます〙


 これを使えば初手から魔族だとバレることは避けられそう。

 いっそ普段からこれをオンにしとこう。


〘ただし、トランスフォームの状態では身体能力と魔力などの戦闘能力が著しく低下します〙


 前言撤回。

 戦闘能力を低下させてまでするメリットはない。

 特定の場合を除いては使用を慎もう。


「・・・・・・」


 頭の中で整理がついた所で視線を前に向けると先程の魔法少女のポーズでピタッと止まっているアリシアと目が合う。


「・・・見てないでしょ」


 目を細めて訝しげに質問するアリシアに思わず「いや、見た」と反射的に答えてしまう。

 ポーズを解いて腕を組むアリシアは、


「じゃあ、お兄ちゃんがやってみて。アリシアのポーズ」


 とニコリと笑ってしんみりした口調で話す。

 口は笑ってるけど笑ってるように見えないのは気のせいだろうか。

 カノンちゃん、トランスフォームを使うのに特定の動作って必要なのか?


〘必要ありません〙


 だよな・・・。

 適当に片手を頭上に上げて、


「トランスフォーム」


 と小声でスキル名を口に出してみる。

 全身が魔力に包まれ、カノンちゃんの説明通りに黒の角が無くなったのを感じる。


「ダメ」


 腕を組んだままのアリシアは断固とした口調で言い放つ。


「アリシアのポーズじゃないし、全然可愛くない」

「それでも変身はできたから、ほら」

「ダメ」

「・・・はい」


 その後、草木のフレッシュな空気に満ちている森の中で一頻り「トランスフォーム」の叫び声が木霊していた。



 ――――



 結局、夜までそれ以上の魔法の練習はできなかった。

 小動物を狩って火を通し、摂ってきた木の実と一緒に夕飯を済ました。

 焚火の前で休憩しているとアリシアは、


「ちょっと行ってくる・・・! お兄ちゃんは来ちゃダメだからね」


 と真剣な顔で森の奥の方に消えてしまった。

 ついて来るなと言われても真夜中の森だ。

 この周辺で危険なモンスターはないが、だからといって安全だとも言いきれない。

 冒険者のプレイヤーたちに出くわして、彼らが魔族のアリシアに危害を加える可能性もあるからだ。

 こっそり後を追ってみよう。


「ひゃっ・・・!」


 少し森の奥の方に進んでいくとアリシアの声が聞こえてきた。

 爪先に力を入れ、芝生を踏む音を出来るだけ最小限にする。

 じっくりと踵から地面を踏んで、ゆっくりともう片方の踵から次のステップに入る。

 薄暗闇に溶けていてよく見えなかったが、目を凝らしてみるとアリシアのシルエットが段々と目に入る。


「へへっ・・・!」


 静けさに満ちた森の中でアリシアの声だけが響き渡る。

 軽やかに上半身だけ振り向いてピースサインの手を顔に当てる。

 次は全体を振り返らせて両手のピースサインを前に突き出す。

 一体なにをしているのだろう・・・。

 意外とダンスが趣味とか?

 魔族だからダンスはしないだろうみたいな差別的な偏見は持たない主義だ。

 そろそろ帰っておこう。

 ソロリと身体を振り向いて元の場所の方に足を踏み出すと、


「どうよ、お兄ちゃん!」


 後ろから声がかかってきてつい肩がビクッとなってしまう。

 バレたのか・・・?

 音は全然出してないのに。


「違う。もっとこう・・・ どうよ、お兄ちゃん・・!!」


 再び耳につくアリシアの叫び声。

 多分俺を呼んでるけど、今答えたらマズい気がしてそのままあったかい焚火のキャンプサイトまで戻ってきた。

 しばらくして、とぼとぼと歩いてくる足音が聞こえた。

 森の暗闇から出てきたアリシアは先程より気持ちが晴れたように鼻歌を口ずさんでいた。



 ―――――



 アリシアは俺の心配を知ってか知らずか、のんきに寝ていた。

 ここまで魔法の修練を拒むならもう最終手段だ。

 この手でやってみるしかない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


*近況ノートにイラストがあります*

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