6-5(終) 尋問、そして導かれた結論

 シグナリアス社、事務所。

 狩野 晶は自身の叔父、狩野 巡流にまつわる壮大な語りを終えると、

「ねえ更目、炭酸水持ってる?」

「はい、どうぞ」

炭酸水が入った300mlのペットボトルを更目から受け取り、グビグビと飲んだ。この男にも「疲れる」という表情はあるようだった。


 そんな晶の前で、サキは首をひねる。

「でも、叔父さんは4月に亡くなったんですよねぇ?」

「そうだ」

「じゃあ、沼を使って呪いの人形作ってる奴はまた別にいるってことだよね? だって、呪いの人形が出回り始めたのって……えっと、早くって……」

「最も早くて5月」

画面の中のカヤが言った。七夏子は頷きながら、自身のこめかみを拳でグリグリと揉んだ。

「だよなあ。だとしたらその叔父が呪いの人形を作って売るのは難しい」

「叔父さんがめちゃくちゃ作り置きしてたとか?」

「どっちにしろ、叔父の死後に今も毎日新しい人形が作られて出回ってるんだから、誰かが売りさばいてるってのは事実だ。出所がどこかはまだ分からないが」

「叔父以外でその古文書の内容を知ってた人間なんて、居ないと思うけどねえ」

晶が半分ほど飲んだ炭酸水を、更目に返す。更目は炭酸水を受け取ると、晶の方をじっと見た。

「え、何?」

「晶様、少しよろしいでしょうか」

「えー仕事の話はやだ」

「そちらではなく。巡流さまの事について、少し」

「え、何? 言ってよ」

晶に促され、更目は七夏子たちの方に向かって言った。

「巡流さまが入院されていた頃、私は晶さまの傍を離れ、巡流さまの身の回りのお世話をしていた時期がありました。ほんの短期間の事ですが」

「それで?」

更目は少し躊躇うように瞬きをすると、表情を切り替え、言った。

「巡流さまが、秘伝の古文書をを知り合いの女性に渡したことを、聞いております」

「知り合いの、女性?」

更目は小さく息を吸うと、一息に言った。

「私の、大学の時の映画製作サークルの友人で、原本 希久子はらもと きくこという女性です」

「ああっ、7人目の愛人!」

晶がぽんと手を打つと、更目は彼をきつく睨みつけた。

「おやめください、そんな言い方」

「どういう関係だったんだ?」

七夏子が比較的穏やかな声で尋ねる。更目は答えた。

「彼女は大学を卒業した後、出版社で若者向けの雑誌を担当していました。それで、ある時彼女と食事をしたのですが、その時に聞かれたのです。何か、破天荒な人生を生きた人間のインタビューを載せたい、と。……それで、晶様と巡流様に許可を得て彼女とその同僚を紹介しました」

「それで……研究ノートを渡すほどの仲に?」

「意気投合したのだ、と彼女からは聞いていました」

「なるほどねえ」

晶の『ね、愛人でしょ』という意味深な目線を見ないようにして、七夏子は問うた。

「その彼女っていうのは、今はどうしてる?」

「近頃は互いに忙しく、連絡をとっていません……後で連絡してみます」

「わかった、よろしく頼む」

七夏子が言い、更目は静かに頷いた。


****


 数日後。シグナリアス社の事務所で、メインモニターを見つめる私服姿の女子高生が居た。モニターには歓楽街の裏路地が映されている。

「こ、この男です!」

女子高生が、画面を指さした。

「この男から呪いの人形を売らないかって持ち掛けられたんです。間違いありません」

「分かった、ありがとう。……夢佑、凛」

七夏子が事務所から無線機に呼びかける。

「そいつで確定だ。捕まえてくれ」

「了解」


 それから約1時間後。シグナリアス社が別名義で借りている倉庫に、呪いの人形を売り捌いたとされる男――早見が連れてこられた。

 早見は、しんと静まり返った倉庫の中央で、パイプ椅子にロープで縛りつけられている。

 七夏子、そしてその後ろに続いてサキが入ってくると、早見は値踏みするような目で七夏子をじろじろと見てから、

「ハハッこんな美人のおねーさんなら有り金全部渡してやりたいところだったけどさぁ。儲かった分のカネならもう使ったぞ。俺からはもう1円も取り立てられねぇよ。残念だったな」

そう言って、黄ばんだ歯を剥き出しにして笑った。

 七夏子は早見の正面に立つと、感情を込めず言った。

「あんたが言うべきことはただ一つ。呪いの人形を誰から仕入れたか、それだけ言いな」

「アッハハハ。なーんの事だかさっぱりだな。呪いの人形? なんだそりゃ」

「あんたが言葉巧みに色々な人たちに売りつけてた人形の事だよ。あんた、不幸の種を見つけるのが上手いんだねぇ。誰かを呪いたい、妬ましいって心の隙間に潜り込んで、付け入った」

「褒めてもらえて嬉しいが、なんの事やら」

「アンタから人形を売られたって証人が何人も居るんだ。時間を無駄にするのは止めな」

早見は、濁った眼で七夏子を見上げた。

「なぁ、俺ァ社会の底辺のクズさ。きらきらした日の道なんて歩けねぇのはよく分かってんよ。でも、クズにはクズなりの、人に知られたくない、言いたくない秘密もあってな。バラされちゃ終わりなんだ。だから言えないね。言ったところでメリットも無いし。おねーさんがデートしてくれるってんなら話すけどさぁ」

七夏子は早見の眼を、正面から見下ろした。

「脅されてるってことか」

「飴と鞭って奴だ」

「あんたが素直に喋ってくれれば、脅してるソイツを確保してあんたを救えるかもしれない」

「信用できねぇよ。いいんだよ、このままで」

「……あんたが居なくなったとして、また次が補填される。人形はばらまかれ続ける。あんたが振りまいた呪いの人形のせいで不幸になる人間がいた。そしてこれからも、放置し続ければそれは増えるだろう。なら、今ここであんたが真実を話せば、これ以上不幸になる人間は減らせる」

「いやいやあのさぁ、綺麗ごと止めようやおねーさん。他人が不幸になろうが、そんなもんどうだっていいだろ。俺は秘密も守ってもらえる、カネも儲かる。じゃあそれで終わりよ。不幸になる人間は、勝手に不幸になっとけ。それ以外無くないか?」

「……よく分かった。他人が不幸になってもどうだっていいって点は、アタシとあんたは気が合うみたいだな」

七夏子は微笑むと、早見に一歩近づいた。場にも発言にもそぐわない安らかで柔和な微笑みに気圧され、早見が椅子の上でのけぞる。

「な、なんだよっ言っとくけど小さい頃から殴られる蹴られるは当たり前だったんだからなっオンナの暴力じゃ俺は」

「まあ聞けよ。アタシは特別な体質を持っててねぇ。ご先祖様が負ってたありとあらゆる呪いを、この身体に患って溜め込んでるのさ」

七夏子はそう言うと、手袋を外した。後ろからサキが寄ってきて、銀色のバットに乗せた生肉の塊を手渡す。

 七夏子は生肉を鷲掴みにすると、早見の目の前にかざした。

「今日発露してる呪いはいつもより強烈でね。今から見せてやるのは――

じゅばっ、と。肉の軋む奇妙な音が聞こえた。次の瞬間、七夏子の手の中にあった肉が、ぶじゅぶじゅと音を立て、色が枯れ、肉汁が滴り、瞬く間に萎びていく。まるで倍速で再生された『肉が腐っていく映像』を、肉眼で見せられているかのような感覚。早見の目が、釘付けになったまま青ざめていく。

 早見の唇がわなないた。

「う、うそだ」

「あんた自身で試すかい?」

手袋をしている方の手で、七夏子が早見の頬に触れた。

「ひィッ」

早見の怯えた声を聞き、七夏子は頬を歪ませ、残酷に笑った。

「好きな場所を言いな。あんたの肉も、そこから腐らせてやるよ。それとも別の呪いがイイかい? 人体発火の呪い、試してみる? いいよ。だって他人がどんだけ不幸になったって、あたしは構わないんだからさァ」


 それから、5分後。


 「あっさり口割ってくれてよかったですね!」

サキがそう言って、ホットタオルを七夏子に渡した。七夏子は「ありがと」と受け取って手を拭きながら、深いため息をつく。

「早めに口割ってくれて助かったよ。……どんな悪党相手だって、呪いを移すのは気分が悪い」

そんな七夏子の後ろを、ニコニコとついていくサキ。

その後ろでは、早見が知る限りの情報を蒼次郎に早口で話していた。


***


 シグナリアス社、事務所。

 「呪いの人形を売った男の名は知らない。一度だけ、値段交渉の為に会ったことがある。眼鏡とマスクをしていた為、顔立ちは分からない」

七夏子は画面の中のカヤに話しかけた。

「どうだ、カヤ」

「5月15日の防犯カメラの映像……うん。この商店街を通ってるなら、お店の人が提供してくれた映像の中に、あるかもしれない」


 メインモニターに、街中を歩く男の画像が映し出される。


 「こいつか。流石にマスクと眼鏡はしたままか」

「あ。でもなんか、水飲もうとしてますよぅ」

映像の中の男が、ペットボトルを片手に無造作にマスクを下した姿。


 「あっ……!」

サキが叫んだ。

「こいつ……」

七夏子も視線を鋭くする。画面の中のカヤが、「え、どうしたの」と焦った声を出す。そんなカヤに、サキは困惑した顔で言った。

「アタシら、コイツに会ってんだよぉ」

「え?」

サキは七夏子に言った。

「ど、どどど、どういうことですか七夏子さん、だってコイツって」

「……」

七夏子は両手で顔を覆うと、煩わしそうに前髪を掻きあげる。そして、フーッ、と獣じみた荒々しい息を吐いた。


 「つまりは、って考えるしかないだろうよ」



<続>

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