2-4(終) 「本当のアイドル」

 「話題のアイドルグループ、メロティック・スタンプから来てくれたのはこの子!」

「はい、みんなの太陽! 赤羽根 ひなたです! よろしくお願いしまーす」


 自宅で録画した番組を眺めながら、アタシ――赤羽根 ひなたは、ノートにこまごまとメモを重ねていった。時々シークバーを戻して、時には一時停止をして。

 赤と黄色とオレンジ。あたしのイメージカラーをモチーフにした特製の衣装が、ふわふわとステージの上を舞っている。カメラ目線もばっちり決めている。うん、完璧だ。

「そうだな、ポーズの決め方はこの方がカメラ映えする」

あたしは頷く。ただ、ちょっとやらかしたなと思うところもあった。

「眉毛、太目にした方が可愛かったなあ」

 ま、それはいいか。

 ひとまず今回は、100点中85点ぐらい、としよう。自己採点は甘い方がメンタルにいいのだ。


 あたしはアイドル研究ノートをパタンと閉じ、テレビを消すと床に寝転がった。


 突然舞い込んだオーディションの話。。そして番組に出演して決勝まで勝ち上がって話題になって以降、あたしたちの活動は今までの何倍も忙しくなった。

 確かに今、グループとしての知名度よりも、赤羽根 ひなた個人の名前の方が圧倒的に有名だ。

 でも、


***


 メロティック・スタンプの活動をあのままあと何年続けても、きっと無駄だ。横這いの維持はできても、今のポジションから這い上がれる日が来るとは思えなかった。

 日々の努力は大事で当たり前。でも、努力だけで掴みとれないものを掴まなきゃ這い上がれない、そういう世界に挑もうとしている。

 

 そんな時に来たのが、ソロ活動のオーディションの話だった。

 正直、これが最後のチャンスぐらいに思わないと、この時代を生き残るすべはないと思った。


 でも、あたしの最大のライバルは――こゆきだった。

 スンとした美しい顔。すぐに感情が表に出るあたしと違って、常に自分を律していて、クール。

 正直、嫉妬している。

 ライブの最中、いつものMCのセリフの『おわかれの時間』を『おかわりの時間』と言ってしまい、謝ろうとしたけどツボに入ってしまい吹き出しただけで普段とのギャップの落差を起こし、ファンから歓声を浴びるなんてあの子ぐらいだ。


 あの子には、あたしに無いものしかない。最初は正直恐かったけど、話してみると本当は優しくて、気遣いが細やかなのにどこか放っておけなくて、すぐに好きになった。

 「フリ、覚えるのヘタだから。人一倍練習しなきゃ」

なんてこゆきは自分で言ってた。確かに彼女は、歌もダンスも、覚えるのに時間がかかる。思うに、身体を動かす前に色々考えすぎるクセがあるんじゃないかと思う。でも、振りも歌も、モノにしたあとは絶対に忘れないし自分のものにできている。

 羨ましい。あの子こそ、「本物のアイドル」だ。


 だけど、オーディションに受かるのがたった一人ということは、あの子に勝たなければならないという事。

 正直、五分五分だと思っていた。


 でも、運っていうのは時々、よくわからない曲線を描いてあたしを助けてくれる。


 実はオーディションの数日前。

 あたしは、お母さんからもらった指輪を無くしていた。


 あの指輪は――だった。


 「お母さんはね、ひなたをアイドルにする為に産んだのよ」

 お母さんはあたしが物心つく前から、あたしに「アイドルの修行」をさせていた。

 バレエ、ピアノ、バイオリン、日本舞踊、ヒップホップからオペラまで。ありとあらゆる習い事にあたしを通わせることを惜しまなかった。

 そんなお母さんがあたしの誕生日に、

「あなたがそれをつけてステージに立っているところが見たいの」

と言ってくれたのが、赤い宝石の指輪だった。


 いつからだろう、その期待が逃れられない重荷になったのは。


 あの指輪には、母の怨念が宿っていたとしか思えない。とはいえ母は元気に生きているので、母の生霊とでも言った方が正解か。わかんないけど。


 あの指輪は、『』恐ろしい指輪だった。


 控室に何気なく忘れたフリをしていても、メンバーかマネージャーが必ず返してくれる。

「これ、お母さんからもらった大事な指輪なんでしょ」

そう言って、にこやかに。あたしはそれを受け取る。

 確かに、あの指輪に祈る事で助けられた時もあった。でも、あの指輪の眩さは、段々とあたしの行く末を雁字搦めにしていった。


 飲食店に忘れても、必ず店を出たところで店員さんが追いかけてきてあたしに指輪を返してくれる。

 電車の席に忘れたフリをしようとしたら、いたいけな女の子があたしのスカートを掴んで返してくれた。


 1度、川に投げたこともある。

 でもその翌日、郵便ポストに封筒と共に指輪が入っていた時は、あたしは恐怖を通り越して笑い転げた。

「お守りの指輪、予備も買ったので送りますね。それと近頃、男性ファンに愛想を振りまきすぎです。貴女はそんなアイドルじゃありません。正すように」

そんな母からの手紙を、あたしは泣きながら笑い、高笑いして号泣しながら破り捨てた。


 指輪は何度捨てても戻ってくる。

 そしてあたしの指できらめいて、「あなたをアイドルにする為に産んだの」と言い含めた母の執念の瞳を思い出させる。

 完全に無くしたり壊したりしても、何故かタイミングよく母が予備を買っては送ってくる。

 あたしは母の指輪に日々ライブの成功を祈りながら、同時にいつか砂のように消えてくれないかと願っていた。


 その指輪が。

 オーディションの数日前に、のだ。

 どこを探しても見つからなかった。


 あたしの視界から、あの指輪が消えた。

 それは一抹の不安と寂しさがあったけど、でも、あたしは、初めて外の世界で本物の空気を吸えたような解放感に満たされていた。初めて、酸素を肺に感じることができた。


 やっと、「母に見られている」という緊張感から解放された。

 世界がきらきらして見えた。


 新鮮な酸素が行き渡った頭で思い至ったのは、自分がアイドルとしてオーディションに臨む理由だった。

 今までは、母に「アイドルになる為に産んだのだから、アイドルになる事が当たり前」として生かされていた。

 でも、母の指輪が無くなったその時、頭の中にあったのは、「今のあたしを、メロティック・スタンプを愛してくれる人たちへの恩返し」だった。


 


 あたしが売れることで、メロティック・スタンプというグループをもっと高みに連れていけるかもしれない。

 それは、『グループ内の人気の格差』という避けては通れない課題を生むだろう。でも、そんな課題とリスクを背負ってでも、このチャンスを勝ち取らなきゃ次に進めない。大好きなメロティック・スタンプを、もっともっと続けたいんだ。

 オーディションの日の朝。

 母からの重荷を捨てたあたしは、「本当のあたし」の意思でアイドルとして会場に立つ事ができていた。


 「あーあ」

あたしは寝転がったまま、両手の指を天井にかざした。指輪の無い指。そこにキラキラの光り輝く鉱石は無い。

 でも、指の隙間の向こうには、自宅の天井のライトがきらきらしている。

そうだ。

あのあたしを照らしてくれるライトのキラキラが、あたしを惹きつけてやまない。がんばろう。これからも、立ち続けるんだ。あのステージに。


 「なんか分かんないけど、指輪、無くなってくれてよかったぁ」



<2章・終 / 続>

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