いつかキラキラする家族

スヒロン

第1話 キラキラ家族の宇宙彗星(てらすふぃあ)

「父さん、今日こそ話をつけるぞ!」

そう言ったのは俺、宇宙彗星だ。

いや、別に異名でもないし、宇宙に興味がある訳でもSF世界でもない。

本名だ。

宇宙彗星と書いて「てらすふぃあ」と読むことになっているらしい。


「ならん! この、馬鹿者め! この『時岡タイマー家』の家訓を何度言えば分かるのだ!」

 そう返すのは、エンジョイライフ・時岡タイマー。

 齢52。厳めしい口髭と顎髭。

 もし彼の名前が、「エンジョイライフ・時岡タイマー」などというふざけきった名前で無ければ、余程の名士に見えそうだ。

 俺たちの父親にして、絶対君主だ。

「わしらの絶対の家訓。それは『必ず、常軌を逸している程ヘンテコな名前をつけなければならない』それだけだ!」

「なんなんだよ、意味不明な家訓は! 『自転車が車道を走らなきゃいけない』っていう道路交通法よりイカれてるだろ!」

「かもしれんが、代々の言い伝えだ! しかし、その代わりにウチは割と裕福だ! ほぼ全部金で解決できるんだから、ありがたいと思え!」

「くそっ、こんな名前じゃ、イーロンマスクやビルゲイツ級じゃないと割に合わないよっ!」

 居間の中央にある大きな蛇の文様の時計が七時を示す鐘を鳴らしている。


「父さん、私もその話があるわ!」

 階段を降りてきたのは”キミと二人のキセキ”姉さんだ。

「私・・・20歳で、初めて男の人とデートしたのよ! さっき! 今日!」

 そういえば、キミと二人のキセキ姉さんは、気合の入った化粧で少し胸元がはだけた衣装だ。

「それで、映画を見に行ったの。流行りの「きっと君は来るんじゃない?」よ! 新海賊マコトの最新作よ。

 新海賊マコトといえばデビュー作「あんたの名前なんやねん?」が興行収入300億円で一躍有名になった気鋭の映画監督だ。

「そして、私・・・大学で初めての男友達に、『私のことどう思う?』って聞いてみたの! そしたら彼は『もちろん、綺麗だし優しいし、”キミと二人の……ぶはっ!

やっぱり無理!! 無理だよ! 映画のタイトルみたいじゃん! やっぱり、友達のままでいようよ』って! は、初めてデートしたのに、これよ! こんな名前で恋人ができるはずがない!」

 姉さんの怒りも最もだ。

 しかし、親父は

「違う! キミと二人のキセキよ・・・断じて違う!」

 と断言した。


「それは、お前の女としての魅力の無さだ! 名前のせいにするな! わしは生まれた瞬間から、エンジョイライフだが妻は美人だったぞ!」

 それは禁句だった。


 ぶつん。

 キミと二人のキセキ姉さんの中で、何かがはじけ飛んだ音が聞こえた。

 姉さんはフォークを手に取り、

「ぶわあああ! 殺す、コロしてやるうう! そして私も死ぬわ!」

 親父に躍りかかる!

 俺は慌てて姉さんを羽交い絞めにした。

「姉さん、落ち着け! 親父は死んでも、俺たちの名前は変えない!」

「分かってるわ! じゃあ、死んでもらう方が気が晴れるじゃない! 放しなさい、宇宙彗星〈てらすふぃあ〉。あんたはね、私ら四兄妹の中だと割とマシな名前なのよ!」

 姉さんは叫び、もがく。

「そうだもん、ぶー」

 そこにやってきたのは、犬の着ぐるみを来た妹だ。

「幻の金時桜! 姉さんを止めてくれ!」

 妹の名は”幻の金時桜”で、友達からは「まぼきん」の愛称で割と人気者だ。

「ふん、私だってまぼきん、まぼきんと言われて、自然に不思議ちゃんになっちゃったけど、たまにはデートくらいしてみたいもんね、ぶーぶー」

 姉さんも妹も、ルックスはなかなか良いのだが、この名前では彼氏はできそうもない。


 ともかく、俺はキミと二人のキセキ姉さんから、フォークを奪った。

「ならぬ! ヘンテコ名前だから、代々わしらは裕福なのだ! 先日も、思い切って六本木ヒルズの真横の地下三階に、『メイドと猫カフェ』を作ってみたが、やはり大盛況だ!」

 そう、この毒親、エンジョイライフはそれなりにビジネスの才能があるのだ。

 不動産や株式投資を基本にしているが、概ね上手く行っており、ウチも都内に二階建ての一軒家で、家具もドイツやオランダから取り寄せたものばかり。

 庭はサッカーは無理だが、フットサルならできるくらいの広さだ。


「あなたたち、父さんを困らせるのはその辺にしなさい」

 階段を音も無く降りてくるのは、メイド服を着こなし、黒いロングヘアーを電灯に美しく照らしている長女だった。

「”明け方のダイヤモンド姉ちゃん! パパが酷いんだよ、ぶうー」

 妹がそう呼ぶ。

「宇宙彗星、父さんを困らせるのもいい加減になさい」

 俺は言った。

「姉さん……明け方のダイヤモンド姉さん! なんでいつも親父の肩を持つんだ!?

姉さんが……一番酷い目に遭ってるんだぞ?」

 そう叫んでいた。

 いや、絶叫していた……!


 

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