自称正義の魔法使い

雫 のん

第1話 革命を始めた理由


 生まれつき両目のない少女が泣いた。


 目がないのにどうして涙が出るのか、そんなことは少女自身ですらも分からなかった。

 周囲の人間も見ていたことから、それが妄想でないことだけははっきりとしていた。


「……おねえちゃん」


 家から駆けつけてきた少女の目の前には一人の焼死体が転がっていた。

 少女が“おねえちゃん”と呼んだ通り、その焼死体は少女の実の姉だったものだ。

 真っ黒になって識別が難しくても、焼け残った服装、体格、雰囲気で、自分の姉であることを瞬時に悟ったのだ。


 六七四〇年今年二十歳になったばかりの姉は、普通の暮らしをしていれば死ぬのはまだまだ先だったはず。


 死因は一国との戦争による戦死。


 姉にはどうしても変えたいひとつの法があった。


 多くの人の名前を集めた文書を出しても、新たな法案を考えて十分なプレゼンをしても、国民の意思が姉を含む集団に沿うようになっても、国家自体は何も変わらなかった。

 最後の手段として武力による革命を始めた結果、それは武力で鎮圧されておしまいとなった。


「おねえちゃんは、まちがってなかったよ」


 世間からすれば姉は馬鹿で、大きな過ちを犯した大罪人なのかもしれない。

 姉を筆頭とする“反逆者”を殺した国家付属の戦闘員達が英雄なのかもしれない。


 でも、少なくとも少女にとっては、署名した人々にとっては、姉が英雄だった。


 その英雄が立ち上げた組織を、姉の意思を、少女はそのまま終わらせたくなかった。


「いつか、わたしがかたきをとるから……。おねえちゃんは、ゆっくり、休んでね」


 少女の涙が、血を失って枯れた焼死体を湿らせる。


 戦争は終わった――。


 軍隊はとうに引き上げて、死体だらけの焼け果てた森から姉を連れて家に帰ろうと、少女は見慣れない歩き慣れた坂道を下った。


 その途中。


 少しだけ硬い地面を踏んだ気がする。


 気づいた頃にはもう遅く、そこに埋められていた、まだ回収されていない地雷が少女の下半身を吹き飛ばした。




 六七五〇年、両目と両足のない二十歳の女性を代表とする組織“アクア”が国家に宣戦布告した。

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