旅立ちの日

第8話

春が過ぎ、夏がやって来た。

この世界にも前世と同じく四季があるというのは俺にとっては大変ありがたい。

他にも一日の長さが二十四時間で、この世界に来てから「時間」や「季節」の概念で戸惑うことは少ない。


ニールが卒業し、新体制で五人になった森での食料調達は安定している。

スキルを回収したことで俺が一人で狩りをすることができるというのも大きいが、ヘンリーやリイナが森について随分と詳しくなった。


どこに行けばおいしい野草がいっぱい生えていて、どの薬草が高く売れるか、その知識量は正直俺よりも多いだろう。

去年の終わりごろから一人行動を始めた俺と違ってニールと過ごす時間が長かった分たくさん教わったのだそうだ。


それからアレンとティニャ。二人も優秀な子供たちだった。

突出した特技はまだないようだが、教えたことはすぐに覚える。その上真面目で、サボったりしないので食料調達の効率は人数が多くなった分上がった。


少し気になるところがあるとすればアレンがやたら俺の狩りについていきたがることだろうか。


単純に狩りに興味があるのか、それとも何か隠している俺が気になるのか。

とにかく「今日こそ連れてって!」と毎日のようにせがんでくる。


最初はなんとかはぐらかしていたのだが、あまりに毎日頼んでくるので仕方なく狩りに連れていくことになった。


もちろんアレンの前では「操縄」のスキルは使っていない。

「感覚強化」も「疾走」も不思議に思われないように心掛けている。


その結果、アレンと狩りに行ったときだけ狩りの成果が芳しくないという結果になってしまうのだがそれも最初の内だけだった。

狩りの成果が上がらない理由は単純に俺の弓の技術が足りていなかったからである。

弓と言っても使うのは依然試した矢の代わりに石を飛ばす魔法である。


いままでずっと「操縄」で拘束した獲物に至近距離から石を放っていたのだが、実際に動き回る相手に当てるというのは中々に難しい。


「そんなに下手なのによくあんなにいっぱい獲物が獲れたね」


「今日はちょっと調子が悪いだけだから」


おかげで純粋無垢そうに言葉で刺してくるアレンに格好悪い言い訳をする羽目になってしまった。

何度かアレンと狩りをするうちに俺の弓の腕も上達していった。狩りの成功率も上がり、何とか面目を保てるくらいにはなったと思う。


「後は僕がやっておくからアクシアは先に帰っていいよ!」


狩りで獲物を獲った後、それを町まで持ち帰り肉屋まで運ぶとアレンは決まってそう言った。

肉屋にはニールがいて解体する場所を貸してくれる。アレンはニールによくなついていたし、実際解体自体はアレンの方が早いので任せることにしている。


その後先に孤児院に戻り、リイナの手伝いをするのが日課になっていた。

最近リイナは森に行く回数が減った。孤児院で別の仕事をしているのだ。


「すごい。もうすぐ収穫かな」


孤児院のある教会の片隅にできた小さな畑には野菜が実っていた。実の色はまだ青く食べごろとは言えなさそうだったがもう数日で収穫の段階に見える。


リイナは孤児院に畑を作った。

考えてみるとそれまで誰もやっていなかったことが不思議ではあるのだが、前世の記憶を持つ俺でさえ「畑をやろう」とは思いつかなかった。


孤児院全体の雰囲気が「食料の調達は森でする」となっていたからだろうか。


シスター・クレイヌは実際「畑」には意欲的ではないようだ。神聖な教会の土地で作物を育てることに抵抗があるらしい。


一般常識の価値観が前世に従っている俺なんかは「そんなに気にすることじゃない」と思ってしまうがこの世界ではシスターの考え方の方が一般的らしい。


結局、リイナの熱量に圧されてシスターは「孤児院の子供たちが食べる分だけしか育てない」という条件付きで許可を出した。


庭に作られた畑には森で獲った野草や、少量の薬草。それから狩りで得た肉と物々交換した野菜の種が植えられている。


俺に農業の知識はほとんどなく、畑はリイナにまかせっきりだったが見たところ上手くいっているようで安心した。


十一歳になった俺の日常はそんな感じで続いている。

もちろん、女神像への祈りも毎日の日課のままだ。しかし、「疾走」のスキル書を回収してからは女神の啓示らしき事実の改変は起こっていない。


この周辺にもうスキル書がないのか、それとも何か他の理由か。

気にはなるが、女神の啓示なしにはスキル書の在処を探すのは不可能に近い。


啓示なしにスキルについて知っていることと言えばこの国の騎士の中に一人スキル保持者がいるという噂だけ。

その人物に会ったこともないし、今会いに行くのはリスクが高すぎる。

結局、俺は自分の運命の流れに従っていくしかないのだ。


ある日のこと。

その日も俺はアレンと狩りに出かけていた。


ただ、その日の狩りの主役はアレンである。


「今日は僕が弓をやりたい」


と彼の方から言い出した。断る理由はなく、むしろ来年には俺も孤児院を卒業することを考えればアレンも一人で狩りをできるようになった方がいいと思い役割を交替した。


「アクシアが言うみたいに良く目を凝らしてみたら僕も動物の足跡の見分けがつくようになったよ」


そう言いながらアレンは地面のイノシシの足跡を追って森の中をすいすいと進んでいく。


本当は俺は「感知強化」で動物を見つけているので足跡についてのなんやかんやはごまかすために適当に言っただけだった。

しかし、アレンは短時間でイノシシの位置を特定する。

もしかすると肉屋でニールに狩りについていろいろと教えて貰ってたのかもしれない。


茂みの中に身を潜め、アレンが弓を弾く動作をする。その手には矢の代わりに石を持っている。

魔法に関しては隠す理由もなく、ニールがそうしてくれたように俺も余すことなくアレンに教えた。


アレンは人の言葉をくみ取るのがうまい方で、俺の拙い教え方でも弓矢の魔法をマスターした。


放たれた小石は一直線に飛び、土を掘るのに夢中になってたイノシの眉間を打ち抜いた。

巨体が大きな音を立てて地面に倒れる。


「やった」


アレンは小さく喜び、イノシシの下まで走っていくと森の木から長めの棒を切り出してその棒にイノシシの前足と後ろ足を紐で括りつけていく。


「どう? 結構よかったんじゃない?」


キラキラとした瞳で自分の評価を求めてくるアレンは実に少年らしいと思う。

俺は素直にアレンを褒めて、それから二人でイノシシを町まで運んだ。


「お、珍しい。今日はアクシアも一緒なんだね」


肉屋に付くとニールが店の中から顔を出す。

仕込みをしていた途中らしく、少し息が弾んでいる。


「久しぶりニール。今日はほら、アレンが大きいのを仕留めたんだ」


ニールにイノシシを見せると彼は「驚いた」と言う代わりに小さく口笛を吹いた。


「僕が一人で獲ったんだよ!」


と駆け寄るアレン。心なしか俺に言う時よりもはしゃいで見える。


「すごいじゃないかニール! こんなに大きいのは僕も初めて見た」


ニールは少し大げさにアレンを褒めてから俺たちにイノシシを奥の解体場に運ぶように言った。


「今日はヘルゲンさんは?」


店に入ってから店主のヘルゲンさんがいる気配がないことに気が付いた。


「ああ、今日は父さん……は隣町に買い物に行ってるよ」


ニールはいつの間にかヘルゲンさんを「父さん」と呼ぶようになっていた。まだ少し恥ずかしそうだが、その顔は幸せそうだ。


アレンと二人で解体を進める。ある程度解体が進んだところでニールがお茶を持ってきてくれたので休憩することにする。


「そういえば、この町に『スキル保持者』がいるらしいって噂知ってる?」


ニールの言葉に俺はお茶を吹き出しそうになる。

思わずアレンの方を向くが彼は「なに?」とでも言うように首を傾げた。


一瞬、勘のいいアレンが俺のスキルに気が付き町で噂を流したのかと思ったがそうではないらしい。疑ってごめんアレン。


「なんか数日前に狩りをしに行ったリドルさんのところの三人息子が見たらしいんだよね、森の中で不思議な力を使う狩人を」


とニール。

確かに少し前に一人で森の中に入った覚えがある。スキルを使うのに慣れておかなければ来るスキル保持者との戦いで何もできないからだ。

十分に注意していたつもりだったが町の人間に見られていたのか。


「なんでも顔は良く見えなかったらしいけど、髪の色は赤っぽくて、少し長ったらしい」


ニールが俺の顔を覗き込む。


「アクシア、何か知ってるんじゃない?」


とぼけた感じで聞いてくるが、これはもうバレているだろう。

これ以上ごまかしても意味がないと思い、俺は自分が「操縄」のスキル持ちであるとニールに明かした。


「やっぱりね、ずっと変だと思ってたんだ。アクシアはすぐ一人になりたがるし、狩りを初めてすぐに大人顔負けの成果を上げるしさ」


打ち明けた途端ニールが笑いだす。


「本当はヘンリーとリイナに『詮索しないで上げて』って言われてたんだけどさ。噂を聞いちゃったし、どうしても気になっちゃって。ごめんねアクシア」


そう言ってニールは頭を下げた。あまり驚いていないところを見るにもともと感づいてはいないだろう。


もとはといえば俺の不注意で噂が広まったわけで、ニールが気になるのも仕方がない。

むしろ、こうなっても尚「スキルを三つ持っている」という事実を隠していることに後ろめたさを感じた。


「まぁあまり気にすることはないよ。どうして隠していたのか僕にはわからないけど人の噂なんてすぐに移り変わるものだしさ。僕は誰にも言わないからさ。アレンも言ったらだめだよ」


俺は少し暗い顔をしていたのかもしれない励ますようにニールがそう言った。アレンも「言わないよ」と約束してくれた。


俺がスキルのことを隠しているのは万が一のことを考えているからで孤児院の子供たちを信用していないわけではない。二人が黙っていてくれると約束してくれるのは素直にありがたかった。


解体が終わった帰りがけ、ニールは俺たちのことを見送ってくれた。

その時にそっと耳打ちしてくる。


「もう僕にバレちゃったんだからヘンリーとリイナに隠す必要はないでしょ。帰ったら二人には話してあげなよ。二人ともアクシアのことを思って何も言わないでいるけどきっと寂しいはずだからさ」


俺は頷く。確かに、この世界で俺が最も信頼している二人にまで隠しておく必要はもうない。


孤児院に戻ると俺は二人にスキルのことを話し、それまで隠していたことを謝罪した。

それから気を使って今まで何も言わないでいてくれたことに感謝も伝える。


二人は特に怒ることもなく、俺の謝罪を受け入れてくれるのだった。

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