第41話 要望
「お久しぶりです。ベティーナ様」
「え、えぇ…」
あれからクリスティーナに問答無用で手を引かれベティーナの待つ部屋までやってきた。
ベティーナと向き合うが正直なところ、どうすればいいのかわからない。
気まずさが溢れ、無意識に下を向く。
そんな俺を見兼ねたクリスティーナが俺の背中をパシンと叩き喝を入れる。
口パクで「シャッキっとしなさい」と言うことも忘れない。
これは、俺から口火を切れということか?
呼び出したのは向こうなのに?と若干の不満を漏らしながらもこのままでは埒が明かないのでこちらから声をかける。
「ええと……今日はいったいどのような要件で?」
「……そうですわね」
俺を見るなり視線を動かし気まずそうにするベティーナ。
以前と比べて貫禄というか優雅さというか…とにかく落ち着きがない。
出会った当初のあの無駄にプライドが高くこちらを見下してきた姿勢はどこにいったのか。
「はあ……母上様?」
「……わかっていますわ。ちゃんと言いますから」
呆れた様子でクリスティーナが声をかけると、ふーっと一つ大きな息を吐き、視線を逸らしながら口をひらく。
「……先の混乱の折、私を……そして、民たちを守ってくれたようですね。………そ、その……感謝致しますわ」
そう言って控えめにぺこりと頭を下げるベティーナ。
感謝の言葉を述べていてもその言葉を俺に使うことに抵抗感があるのか、視線は合わせようとしない。
領主代理としての立場も考えたうえでの発言なのだろうか。
少なくとも、本心から言っているようには思えなかった。
その言葉を聞いて、背後のクリスティーナも小さくため息を吐く。
「さ、さあ……言われた通り私はちゃんと頭を下げましたわよ?これでいいのでしょう?クリスティーナ??」
「もっと誠意を込めて言ってほしかったのですが……」
「これでも、最大限の誠意を込めています。この者が本当にそれを成し得たのか私には疑問が残ります。王族の恥晒しがこの街を救った?アナタやメイドたちが言わなかったら絶対に信じていませんわ」
俺に頭を下げ終わるといつもの調子に戻るベティーナ。
まさか、これのせいでさっきから様子がおかしかったのか?
貴族はその高いプライドから他人に頭を下げることは滅多にない。位の高い相手や王族だったら話は別だが、基本的に貴族は頭を下げるという行為に強い抵抗感を覚えている。
「母上様、本人がいるまでのその発言。到底看過できるものではありません」
「別にそれでも結構。これも旦那さまに恥をかかせないために行った行為に過ぎません。罪人に頭を下げる心の広さを評価してほしいくらいです」
「だから………はあ、もういいです」
何度言ってもわかってもらえないと悟ったのかクリスティーナは匙を投げた。
おそらく、ここままなら論争に発展していただろうから彼女の判断は正しい。
「要件はそれだけですか?終わったなら帰りますけど」
こんな空間に長居なんてしてられない。踵を返して帰ろうとしたところで、ベティーナに呼び止められた。
「待ちなさい。まだ、話は終わってません」
「なんですか。もう、話すことなどありませんよね」
「はい、これは会話ではなく旦那さまから頂いた通達ですわ。半年後に迫る王国学園の受験を受け合格しなさい」
「は?」
「旦那さまは、ランパーグ家の養子となる者にしっかりとした教養を身につけることを望んでおられますわ。しっかりと励みなさい」
一方的に通達して、ベティーナはこの部屋を出て行った。取り残された俺は、呆然と立ち尽くしているだけだった。
◯
「その……ごめんなさい。アレスが学園を望んでいないことは知っていたのだけど、父上様からの命令で私にはどうすることもできなかったの」
ベティーナがいなくなるとバツが悪そうにぺこりと頭を下げるクリスティーナ。
わけを詳しく聞いてみると、ランパーグ家の一員になる者は例外なく王国学園を卒業するべきというザレン侯爵の考えらしい。
ここに来て、原作の強制力が発動される。
これまでリリスに出会ったり、奇病問題を解決したりと原作からかなり逸脱してきていると思っていたが、それでも学園から逃げられないらしい。
「まあ、そういうことなら仕方ないよな…」
これまでのザレン侯爵の態度から考えるに、ある意味放任主義だった彼がここに来て方針転換し学園に通えと言うのは不自然だ。こうなったであろう経緯の詳細な説明がないことからも、おそらくザレン侯爵の意思でないことは明白。
十中八九この原作の意思だろう。
原作の意思だとするならば抵抗したところで無駄な労力を使うだけになってしまう。
そうするくらいなら、ここは大人しく従い学園でこのシナリオの行く末を見ていたほうがいい。
「仕方ないって……アレス、学園に行くの…?」
「ああ、そうだな。ザレン侯爵がそう言うなら俺も行くことにするよ」
俺の解答が予想外だったのか、目を丸くするクリスティーナ。
信じられないと言わんばかりに口を開けている。
「おいおい、そんなに驚かなくなっていいだろ」
「だ、だって……あんなにも行きたくなさそうにしてたじゃない」
「そりゃ、本音を言えば行きたくないさ。でも、俺がここで駄々をこねたところで何か変わるのか?なにも変わらないなら無駄なことはしない。ただそれだけだ」
まあ、原作に対抗なんてできるはずがないもんな。
イレギュラーは起こりつつも一応、原作通りに進んでいるわけだし、ここで強引に逃げ出してしまう方が怖い。
ここで逃げてあとから厄介な問題に巻き込まれても困るし。
それならば、多少苦痛でも安定策を取りに行く。
ただ、それだけのこと。
「じゃ、じゃあ、来年から一緒の学園に通えるってことなのね?」
「予定ではな。まだ、そうなるとは決まったわけではないぞ?試験に落ちるかもしれないし」
王族教育でみっちり学んだんだ。
そんなことは起こらないと思いたいけど。
「大丈夫よ。アレスならやれる。だって、私の婚約者でしょ?」
そう言って、クリスティーナがジッと見つめてくる。
これはなんだ…?
試験に落ちてランパーグ家に泥を塗るなという一種の脅しだったりするのか?
ま、まあ、大丈夫だ。
試験まであと半年もあるんだから多分受かるさ……
多分、、
落ちて原作破壊なんてことにならないように気をつけねば。
新たなる目標を前にして気を引き締めていた時だった。
部屋のドアがノックされて、リリスとリタが入ってくる。
「クリスティーナお嬢様。リリスを連れて参りました」
「ありがとう、助かったわ」
「あ、あのぅ……クリスティーナ様……わたし……どうして呼ばれたんでしょうか…?」
ここに呼び出された理由に心当たりがないのか、リリスは少し不安そうな表情を浮かべていた。
てか、俺もリリスたちがどうしてここにいるかわかっていない。
クリスティーナはどうして彼女たちを呼び出したんだ?
「急に呼び出して悪かったわね。リリスには先の奇病対策の恩賞をまだ渡していなかったと思ってね?」
「恩賞ですか?」
奇病根絶の折、この街の住民の治癒にあたっていた聖属性魔法使いにはランパーグ家から恩賞が出されていた。その額、金貨50枚。
それをリリスにまだ渡していなかったらしい。
「えぇ……そんな大金貰えませんよぉ……」
金貨がたんまりと入った小包を前にリリスは後退り。
彼女のような平民からしたら、おそらく一生目にするようなことはない額だ。
リリスがそうなるのも無理はない。
「でも、ランパーグ家としても受け取ってもらわないと困るのよ。ランパーグ家は功労者の恩すら報えないのかって言われてしまうから」
「で、でも……別にお金が欲しくてやったわけではありませんし…」
リリスからしてみたら母との約束。
これが一番先にくるだろう。治癒している間はとにかく人を助けたくて、
きっと、恩賞のことなど頭の片隅にもなかった。
「そうは言ってもね……なら、他に何か欲しいものはあったりする?私の叶えてあげられる範囲なら権利でもいいけど」
「権利ですか……う~ん。……そうですね。では、ひとつだけお願いしたいことがあります」
「なにかしら?」
クリスティーナが聞き耳を立てると、リリスは一瞬こちらをチラッと見てから口を開いた。
「それは――」
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