第15話 故郷帰還



「もう少しで見えてくるはず……あっ!あれです!ご主人様、あそこが私の村です」


馬車に揺られること数日。

ようやく、リタの故郷の村が見えてきた。

リザイアからほぼ休みなしで馬車を乗り継ぎここまできた。

無論、急いでもらっているので追加料金も発生している。

結構な額で懐も痛いが一大事のためそんなことも言ってられない。



馬車で走行中、夜間に魔獣と出くわす可能性もあったが、運良く何にも出会さずに、リタの故郷まで来ることができた。


「ご主人様、細かい雑事はお任せください」


「頼んだ」


相変わらず、御者に嫌われているので窓口業務をリタに任せ、俺はすぐさま魔法を発動できるように準備を始める。



ただ、ここ数日で気になることが。


なんか、リタが俺のことをだったりと呼ぶようになってるんだが……。

つい最近までは、冷たく元王太子と言っていたのに、あの日からどういうわけか下の名前や敬称で呼ばれるようになっていた。


「お待たせしました、ご主人様」


渡しておいたお金で御者への支払いを済ませたリタも合流する。


「ああ……ありがとう。助かった」


「――??ご主人様、どうかされましたか?様子が変ですよ?」


「い、いや?別になんでもない」


「……??そうですか」


あまりにも自然に呼ぶのでこちらからは指摘しにくい。

くっ……こんなことでいちいち気にしている俺がおかしいのか?

首をかしげるリタを見ながら、そんなことを思う。


いや、今はそんなことよりも優先すべき事柄がある。

そんな疑問は後からにしろ。

自分を律して、隣のリタに目を向ける。


「えっと、家はどこにあるんだ?」


「ここから真っ直ぐ行ってその先――村外れにある一軒家です。案内するので私について来てください」


「ああ」


先導するリタについていこうとした。

しかし、村から出てきた人々によって行手を阻まれてしまう。


「おい、そこの人間。勝手に村に入ってくるな。誰なんだお前たちは!」


大柄の男が2人、その中央にご老人がひとり、俺たちの前に立ちふさがる。

身なりからしておそらく、この村の住人だ。

周囲を見渡してみると、さっきまではいなかった村人が続々と集結していた。

老人や女性、子供。沢山の住人が俺たちを囲むようにして陣取り、訝しい視線を向けている。


とてもフレンドリーな様子とは言えないが、突然部外者がやってきたのだ。

そうなるのも無理はない。


「村長さま、お久しぶりでございます。リタです。ただいま戻りました」


「……ん?……り、リタじゃと!?5年前、出稼ぎのために村を出ていった……あの、リタか?」


「はい、そうです」


「そ、そうか。マイラのところの……リタか。それにしても随分と大人になったのぉ…」


「この村に帰るのも5年ぶりのなので少しだけ変わったのかもしれません」


「いやいや、少しどころじゃねぇって。なぁ?」


「ああ、別人みたいだ」


村長の後ろに控えていた男たちも目を丸くしてまじまじとリタを見つめていた。


「すみません、立ち話は後からで。先に母のところに行かせてくれませんか?」


「もしかして、手紙を受け取ったのかの?」


「はい。手紙を読み母の身を案じて帰郷いたしました。一刻も早く母の顔を見たく思います。申し訳ありませんが、行かせてくれませんか?」


「もちろんじゃ、早く行くといい。じゃが、その前に……その後ろにいる男は誰ぞ?リタと違い、わしは其奴を知らぬのじゃが?」


「村長の言うとおりだ。そんな見るからに不快なやつ、この村にはいなかったはずだ」


視線が俺に注がれる。

残念ながら、呪い(設定)のせいもあって歓迎ムードではない。


「こちらは………」


リタが言い淀む。

確かにここで、俺の正体をバラすわけには。


「言えないのか?悪いが身元もしっかりしていないようなクズをこの村に入れることはできねぇな」


なんか、初対面なのに言われた放題なんだが。

別に今に始まったことではないけどさ。


「こ、こちらは……王都で指折りの治癒師で在らせられる、アルージノ・カターキ様です」


「あ、アルージノ・カターキ?」


「王都で指折りの治癒師??」


「こんな不快な若造がか?」


ああ……そう言えばあったなぁ、そんな名前。

最近、使う機会がなかったからすっかり忘れてたけど。


「ほ、ほら……アルージノ様、村長に身分証明書をお見せ下さい」


「あ、あぁ……うん。どうぞ…」


俺は偽造された身分証明書を村長と呼ばれていた男性に手渡す。


「ほ、本当じゃ……ちゃんと、アルージノ・カターキって書いてあるわい」


「マジで、アルージノ・カターキって名前なのか」


「どうやら嘘ではないようだな。アルージノ・カターキは」


もうわかったから、その名前を連呼するのはやめてくれ。

なんだかこっちが恥ずかしくなる。


「この方がアルージノ・カターキという治癒師様です。これで、いいですか?」


「わ、わかった。でも、よく王都の治癒師なんて連れてこれたな」


「アルージノ様は、私のご主人様です。訳あって、この地を行脚しておりましたが、私の母のことを聞くなり帰郷を許して下さいました」


「そ、そうなのか……リタの主君か」


「従者の家族を思うか………リタよ。出で立ちは気に食わんが、よい主君に恵まれたようじゃの」


「はい、自慢の主です」


え?なんか、知らないうちにいい話になってる?

てか、いくら話をうまくまとめたいからといってあのリタが自慢の主そんなことをいうとは……

ちっ…苦渋の選択ですが仕方ありません……と副音声が聞こえてきそうだな。


でも、話を聞く感じなんか通してもらえそう??


「リタ、これってもう大丈夫なのか?」


「はい、村に入る許しはもらえたと思います」


「ならすぐ行こう。案内してくれ」


「そ、そうですね。こちらです」


俺たちが走り出すが、事情を知った村の住人たちが止めに入る様子はない。

呪い(設定)で村人たちからはしっかり嫌われていたようだったが、リタがいたおかげで比較的すんなり進むことができた。


「見えました。あの家です」


リタが指差したのは村外れにある一軒家。

石造りで如何にも中世ヨーロッパって感じだがお世辞とも裕福そうに見えないその家屋は、建てられてから随分と月日が経っているかのように思えた。


「リタです。ただいま帰りました」


リタがトントントンと家のドアをノックをすると、数秒の後ひとりの少女がひょこっと顔を出す。


「どちら様ですか……って、ええ!?お姉ちゃん!!」


「——リリス。ただいま帰りましたよ」


「おかえりなさい!お姉ちゃん!」


その少女はドアを開けて飛び出してくるとリタに抱き着いた。

姉妹の感動的な再会。

本来なら涙ぐましい所なのだが、俺はそれ以上の衝撃で感動どころではなかった。


「な、なんで……」



――このゲームの主人公、リリスがこんなところに。



リタと初めて会ったとき感じた違和感の正体。

これだったのか。

思えば、ところどころ似ているところがある。


どうして、気付かなかった……


家から出てきて、リタと抱擁を交わしている少女こそ。


『コンセカ』の主人公、リリス・クレイだったのだ。

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