第7話 野宿



「うわっ……陽が落ちてきた」


カバリアルの街を出てからかなりの時間が経過した。

あれほど高くまで昇っていた太陽も地平線の果てへ沈まんとしている。

辺りが暗闇に包まれ俺たちに夜の訪れを知らせてくれた。


「はぁ……まだ、着かないのか」


どれだけ歩いても眼前に広がるは広大な原っぱ。

建物らしきものは一向に見えてこない。


「このままだと、野宿ですか……」


「うっ……」


まさか、計画性のなさがこんなところまで波及してしまうとは。

もちろん、野宿も考えなかったわけではないが、出来るだけそうならないようにしていた。


だって、見るからに野宿とか嫌そうな人だもんなぁ…


と隣を歩くリタをチラリと覗く。表情は朝から変わらず無表情のままだが、腹の底ではきっと悪態を吐いているだろ。


時折り、彼女の顔色を窺いながら、さらに歩みを進めた。

最後の足掻きとしてどうにか、民家を探さんと。


「元王太子、これ以上進むのは危険です。ちょうど、木々も見えてきましたし、あそこで一晩過ごしましょう」


「う~ん、あと、ちょっとだけ粘らないか?もしかしたら、どこかにポツンと家があるかもしれないし」


「はぁ……なにを言いだしたかと思えば……魔獣が巣くう平原に民家なんてあるわけないでしょう?こんなところに住むなんて魔獣に狩ってほしいと望む自殺志願者しかいませんよ」


「た、たしかに…」


この世界には、魔獣というものが存在している。

夜になるとより活動的になるのだが、なかには人を襲って食べる種類も居たりする。

リタの言ったとおり、こんなところに居を構えていたら襲ってくださいと言っているようなものだ。


「木々に紛れているここが一番安全だと思います。大型獣の場合、身体が邪魔して木々の奥には入ってこれませんしね」


冷静にそう言って、野宿の準備をするリタ。

メイドをやっていただけあって手際はいい。


「わるいな…こんなことになって」


「いいですよ、別に。街を出たときからこうなることは覚悟してましたので」


「それは、そうかもしれないけど、野宿なんて嫌だろ?」


「当たり前です。シャワーだって浴びれないし、ご飯も食べられるものが限られます。それに、魔獣に襲われるかもしれないという恐怖感と隣り合わせで眠らないといけない。こんな悪条件、誰が望みますか?野宿が好きな人なんて、正気を疑います」


「そ、そうだよな…」


俺も野宿は好きじゃない。

国王代理時代、出兵したときに経験したが本当に不便で緊張して大変だった。


あの時は、騎士たちが周りにいたし、仕事だったからまだ気を保っていられたけど、ここにいるのは俺の計画ミス。メイドに負荷をかけてしまった。


そんな罪悪感が俺を支配していた。


「……らしくないですね。元王太子」


「リタ?」


自責の念に駆られていると、リタが声をあげる。

思わず顔を上げると、いつもと変わらない無表情なリタがそこにいたのだが、語気はさっきと違って少しだけ優しかった。


「さっきまでの威勢はどこに行ったのですか??わたしは、別に気になどしていません。何度も言いますが、カバリアルを出た時からこうなることは、織り込み済みです」


「だ、だがな…」


「だから、気にしてないとそう言ってるんです。こういう旅を続けるのであれば必ずそういう日は来ます。旅とはそういうものです」


野営支度をするその手は止めずに、リタは話を続ける。


「私も幼い頃、故郷から王都まで出稼ぎに行ったとき、野宿をしたことがあります。あの時は、まだ未熟で世間知らずでひとりぼっちで、魔獣にいつ襲われるかわからない恐怖のなかずっと蹲り、夜を凌いでいました。あの孤独と恐怖に苛まれた日に比べたら今のほうが断然マシです。だって、いざとなったら、元王太子を餌にして逃げることができますから」


「――おい、ちょっと待て。最後に聞き捨てならないところがあったぞ!?俺を魔獣の餌にして逃げる…!?仮にも今の俺はキミの主君であったはずだが、そんな簡単に主君を見捨てていいのか?」


「クリスティーナお嬢様を庇い死ぬのが私の仕事です。それまで死ぬことはできません。有事の際は、潔く元王太子を生贄に捧げます」


「ちょっとは葛藤しろよ。それでも侍従か?」


「私はクリスティーナお嬢様の忠実なる侍従です。勘違いしないでください」


「それは、わかってるけどさ!そこは、せめて一緒に逃げましょう?だろ?なんで、尊い犠牲を出すこと前提で話してんだよ。もっと、平和的な解決方法だってあるはずだ!!」


俺だって、こんなところで死ぬ気はないんだからな。


「二兎追うものは一兎も得ずということわざがあるように欲張っては、成功するものも成功しません。ここは、比較的栄養価の高いものを日頃から食されてる元王太子が生贄になるべきです。きっと、魔獣の食いつきもいいかと」


誰が釣り餌だこら。

なんでそうなるんだよ。

絶対に生贄なんてならないからな。


「ま、まあ…?でも、俺は例え魔獣が現れたとしてもリタのことを見捨てたりなんてしないけどな?」


「ほう……?」


「なんだよ、その不信感に溢れた目は?まさか、俺の言葉を疑ってるのか?」


「いくら王族とは言え、出来ることと出来ないことの線引きは、はっきりさせた方がいいと思いますよ?常日頃から謙虚であればいざという時も恥をかいたりしません」


「だから、失敗する前提で話すな、そんなのやってみないとわからないだろ?」


「どうでしょう……。客観的に見て私はそう判断しましたのでなんとも……まあ、成功したら豪運だったくらいで考えておきます」


「それってまったく信用してないってことじゃん…」


まあ、戦闘系の魔法が使えないのだから、正当な評価ではあるだろうけど!


忌憚のない意見に刺されながらもご飯を済ませた。


今日は一日中ずっと歩いていて、なにか採取する時間もなかったため、携帯していた保存食を食べる。


これを食べたのもあの出兵以来。

やっぱり、普段食べてるご飯っておいしかったんだな…

当たり前のことがどんなに幸せであるかを実感できたのだった。


「では、今日はもう寝ましょう。明日も早朝から歩けばなんとか次の町に着けるかもしれません」


「そうだな。そうしよう。流石に2日連続で野宿は大変だし」


「では、元王太子はお休みになってください、私が見張り番をしますので」


「は?いやいや待て。なんでそうなる?」


「……??見張り番は侍従の仕事ですが」


「確かにそうかもしれないけど、そしたらリタの寝る時間がなくなるだろ。明日も一日中歩くんだ。休まなきゃ体力がもたない」


「一日くらいなんともありませんよ。お気になさらず」


「いいや。ダメだ。それに、これは元々俺のミスでもある。それなのに、リタに見張り番までさせるなんて罪悪感で逆に眠れない」


「では、どうすれば?」


「リタが休めばいい。見張り番は俺がやるから」


「でも、そうすると元王太子が眠れませんが」


「別にいいよ。出兵しているときなんてこんなことザラだったし慣れてる」


「ですが、心身に負荷がかかります。ここはせめて、交代制にするべきです」


「いいや、しなくていい。ただでさえ、日中休みなしに歩かせて無理させたんだ。リタにはゆっくり休んでほしい」


「そ、それは、元王太子にも言えることです。疲労というのは気づかぬうちに蓄積し思いもよらぬところで急に身体に表れることもありますよ?」


「いざという時は、魔法でなんとかなるからな。問題ない」


そのための聖属性魔法なのだ。


「仮にそうだとしても精神負担は魔法では――」


「あ〜あ〜!!うるさいうるさい!なんにも聞こえない!とにかく、俺が見張り番をする。以上!!」


「っ……強情ですね…」


「なんとでも言え。譲らんからな」


「……では、本当に寝てよろしいのですね?寝ますからね?」


「だから、寝てくれていいって言ってるだろ。起きるのは朝になるか魔獣がやってきた時でいい」


「そ、そうですか……では、寝ることにします」


「ああ、ゆっくり寝てくれ。おやすみ」


「…おやすみなさい」


そう言って、反対方向を向いて横になるリタ。

ようやく、休む気になってくれたようだ。

彼女にはだいぶ無理を強いたからな。

心配してたんだ。


でも、自分から見張り番をやると言い出すなんて。

てっきり、そっちのミスなんだから責任取って見張り番しろとでも言うかと思った。

普段は感情の起伏があまりなく、それでもとことん失礼な奴だが――


「いい奴ではあるんだよな……」


あんな不遜なことは言いつつも本当に困っているときは、ちゃんと欲しい言葉をくれる。

呪いで嫌われていなければもっと仲良くなることが出来たんだろうか。

もし、そうなら少しだけ残念だ。

そう思いながら、ふと空を眺める。

そこには美しい夜景が広がっていた。


すげぇ……灯りのない夜空ってこんな綺麗だったんだな。


上空には満点の星空に一際輝いている満月。


乙女ゲームなのによく作り込まれている。


「はぁ……月が綺麗だな」


徐に呟いた言葉。

それは、月を眺めての感想でしかなかったのだが、俺の視界から外れたところで一人の女性がピクリと動いた。

その時、俺は満点の夜空に釘付けでそのことに気付かなかった。


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