第11話 レイシャの本音
この国では、先代の王が倒れ、国王代理であった第一王子が異世界留学のため、王国から去ると改革派と呼ばれる貴族たちによる政治が行なわれるようになった。
そして、最近王国に帰還し後ろ盾を失った長年の政敵、第一王子を追放したことによりその天下は盤石なものとなりつつある。
どこに行っても改革派の貴族が幅を利かせ、もう他の陣営が付け入る隙はどこにもない。
その改革派のトップを飾っているカーメリア公爵家。
王弟アルタイルをトップに敷いているが彼らが実質的な権力者であり、その家の令嬢であるレイシャ・フォン・カーメリアもまた将来王妃になることを約束されたこの国で重責を担う令嬢だった。
「はぁ……」
そんな時の人であるレイシャは最近、浮かない顔をすることが多くなっていた。
公務の時や身内と話すときは常に笑顔を絶やさないが、ふと一人になった時に無意識に零れることが多い。
読書をしている今でさえ、本人の意思とは関係なく自然とため息をこぼしているのだ。
「レイシャ様、またため息を吐いておられますね」
長年、レイシャに仕えてきたベテランメイドのモールが、懐かしむように本を読んでいた彼女に対してそう声を掛ける。
「…もしかして、また吐いてました?」
「はい、それはもう特大の」
「またですか…」
「ここのところ、ずっとお気分が優れないようですが、何かありましたか?」
「私がどうしてため息を吐いているかもすべて知っているくせに……相変わらず、モールはイジワルですね」
幼少期から大切にしている思い出の本をパタリと閉じて唇を尖らせるレイシャ。
第一王子の婚約者として幼い頃よりずっと王妃教育を施されてきた彼女が他人には絶対見せない表情だ。
しかし、幼少期よりずっと一緒であるメイドのモールには、時よりこのような表情を見せる。信頼の表れとも言えるものなのだろうが、将来の王妃がそんな顔をするのはよろしくないため、モールはやめてほしいと思っている。しかし、それをレイシャは聞き入れようとしなかった。
今回もこの表情から察するに不満たっぷりというところだろう。
「アレス様のことですね」
「そうです……私は納得いきません」
「私は、致し方ないと思いますが」
アレスが追放された原因は王国中に広まっているため、モールも事情は知っている。
彼女としては、レイシャの婚約者の手前庇ってあげたい気持ちがあったのだが、どう考えても第一王子が悪いとしか思えなかったのだ。
「これまで、国の為にその身を捧げてきたアレス様が国を裏切るようなことをするはずがありません。これには、きっと深い理由があるはずなのです」
「そうですかねぇ……どう考えてもそうとは思えませんが。アラン王子の方が立派な王太子になっておられますし、むしろ、この結果は行幸だった――とモールは思いますよ?」
「そ、そんなっ…」
「早くアレス様のことは忘れてアラン王子に相応しい王妃になれるよう頑張りましょう。それがあなたのためです」
そう言って、モールはレイシャを宥めるのだった。
◯
「やっぱり、こんなのおかしいです」
モールが部屋から出ていくとようやく一人になれたレイシャはずっと胸の奥底にしまっておいた本音をさらけ出す。
誰に言っても賛同してくれる者はおらず、もう口にすることさえ無駄に感じてしまうほどの言葉。
だから、こういう一人の空間でしか思い切り言うことができなかった。
だって、ひとりなら否定する者が現れないから。
「アレス様……いま、どこにいらっしゃいますか?」
誰もいない部屋に寂しくレイシャの声が響く。
アレスと最後に会ったのは、数日前。
彼が王都から追放される日だった。
それまでは、アレスの追放なんてなんとも思っていなかったはずなのに、彼がこの城から居なくなると考えた瞬間、自然と涙が溢れてきたのだ。
(一度でもアレス様を疑っていたなんて……あの時、あの処刑場で私は処刑されそうになっている彼を見てもなんの疑問も抱かずにただ眺めているだけだった。最愛の人が殺されそうになっていたのに!)
あの日を思い出し、レイシャはギュッと拳を握りしめる。
あの時、何も言わないどころか処刑に疑問を持っていなかった自分が許せない。
一時でも彼に嫌悪感を抱いていた自分が大嫌いだ。
アレスが城から去る日、レイシャは気付いたら恥も外聞もなく、王城を走り回っていた。彼が隔離されているであろう部屋を探すために。
そして、彼が連れて行かれる前になんとか見つけ出したのだ。
久方ぶりにする彼との会話。
異世界(地球)への留学で2年という長い歳月が経っていたが、アレスは何も変わっていなかった。
目の奥に宿る仄かに優しい温かい光もずっとそのままで。
その時、確信した。彼は悪人になったわけではないと。
彼の言い草から唯ならぬ事情があることは察せられたが、その時のレイシャはあまりにも無力で、一人ではこの状況をどうにかする力は持っていなかった。
「こんなことになってすまない。これから大変なことも多いだろうけどお幸せに。遠くの場所からキミの幸運を誰よりも願っている」
あの日、彼が旅立つ前に言われた言葉が頭から離れない。
あの時、あの場所で。
彼女の記憶はずっと、縛られたままだ。
「ぐすっ……会いたいです。アレス様」
心からの悲痛な叫び。
だが、その叫びに返事などあるわけもなく。
静寂だけがこの空間を支配していた。
頭に残っているのは彼からもらった最後のあの言葉だけ。
「私の幸せですか……あれほど長く一緒にいて私の幸せがなんなのかもわかっておられなかったんですね。いえ、きっとわかっていらっしゃるから
彼と最後に言葉を交わした時のあの表情が脳裏に蘇る。
「――どちらにせよ今度会ったときにしっかりとお伝えする必要がありそうです」
彼女の幸せは、幼少期よりずっと変わらぬまま。
「――アレス様、私は絶対に諦めません。例え、どんな厳しい未来が待っていたとしても」
決意は固い。
妻として、王妃としてこの一生を彼に捧げると誓ったあの日から。
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