最強勇者の後日譚 ~ランダム転移で異世界に飛ばされたファンタジー世界の勇者は、偶然出会った超科学文明が造り出した生体宇宙船を相棒にして、大宇宙で自由に生きる~

冬蛍

第1話

~最終決戦地、浮遊島にて~


 勇者ジン対魔王の戦いは、最終局面を迎えていた。


 互いにほぼ全ての魔力を使い切り、双方が展開していた魔法による防御シールドは既に跡形もない。


 ジンも魔王も、全身のそこかしこに決して浅くはない傷を負っていた。


 満身創痍。


 まさにこの表現が相応しいレベルで、両者ともに限界が近い。


 対峙しているお互いが、なんとなく雰囲気で察していた。


 次の一撃が最後となるのを。


 そうして、ついに双方ともが全てを賭けた一撃は繰り出される。


 紙一重の差。


 魔王が繰り出した、勇者の心臓を貫こうとした剣閃。


 その剣の軌道を、ジンは勘のみで自身の左手を犠牲して逸らす。


 それと同時に。


 ジンの右手に握られた聖剣が、魔王の存在の根源となる核の部分を砕いた。


 勇者ジンは、魔王との最終決戦に、たった一人で勝利したのである。


「(全力を出し切った。しばらく休まないともう一ミリも動けねぇ。でも、これで俺は日本に帰れるんだ!)」


 望まぬ勇者召喚から五年。


 長きにわたり、ボッチで戦い続けるハメになったジン。


 価値観の違いや常識の違いには、散々苦しめられた。


 本来であれば受けられるはずの、ジンを召喚したルーブル帝国からの助力は、ほとんどなかった。


 助力どころか、逆に搾取されてすらいた。


 一緒に戦う仲間になってくれるような人間は、誰一人として現れなかった。


 それならばと、戦闘奴隷を買おうとすれば、それすらも拒否されてしまったのだ。


 それでも、日本に帰りたい一心で、たった一人自己研鑽に励んだ末の今がある。


 ついに、ジンの苦労が報われる時が、訪れたはずだった。


 そのはずだったのだが。


「(うん? どうもおかしい。『魔王を倒したら、帰る方法が得られる』ってはずだったよな?)」


 何も起こらない。


 数時間の休息を経て、体力と魔力を動ける程度に回復させたジンは、とりあえず治癒魔法を用いて自身の傷を治す。


 続いて、魔王の本拠地である浮遊島の探索を開始した。


 何も起こらない以上、帰還の手掛かりを得たい一心で、疲れた身体を引きずるようにして動く。


 ジンは、探索せざるを得なかったのだ。


 目につくめぼしいモノは、片っ端から収納空間へ放り込んで行く。


 そうして浮遊島の隅々まで探索を終えた時、ジンは日本への帰還が叶うようなアイテムなどないことに気づいてしまう。

 

 ジンは簡易鑑定のスキルを会得しているため、モノのアイテム名だけは見れば判別できるが故に訪れる絶望的状況。


 つまりは、それっぽい名称のアイテムを見つけることができなかったのである。


「(とりあえず、魔王討伐完了の報告をしに帝都へ戻るか。『過去の勇者たちは魔王を倒して日本に帰還した』って話なんだし、戻れば何か情報があるかもしれない)」


 魔王が展開していた、転移阻害の結界は魔王の死とともに消え去っている。


 ジンはそれを確認したあと、転移魔法を発動した。


 目的地はルーブル帝国の帝都ルー。


 帝城を含め、都の内部へは転移阻害の結界があるので、直接は飛べない。


 帝都ルーの入り口の一つとなる南門の付近へ、ジンは転移したのであった。


 てくてくと歩き、勇者の証となる聖剣を門番に見せて顔パス同然で帝都内部へと入ろうとする。


 しかし、それは門番に阻まれてしまうのだった。


「おいおい、通してくれよ。俺は魔王を撃ち滅ぼすことに成功した英雄のはずだろ? 空を見上げれば、魔王が死んだことで瘴気が晴れて行きつつあるのが、お前にだってわかるだろ」


「それは確かに。しかし、『帝城から迎えを出すので、勇者ジンさまには門外の詰め所の一室でお待ちいただけ』という指示を、私は受けております。なので、こちらへどうぞ」


 そうして、案内されたのは、簡素なテーブルと二脚のイスのみが置かれた殺風景な一室だった。


 最低でも一時間程度は待つことになるのを知らされたジンは、どっかりとイスに腰を下ろす。


 疲労もあって瞼が落ち、睡魔に身を任せたのは、『魔王』という最大の脅威を排除できたが故に生じた、気の緩みによる油断であったのだろう。


 そんな状況で、周囲の急激な魔力の高まりに、一歩遅れたタイミングで危険を感じたジン。

 

 勇者は慌ててシールド魔法を展開する。


 続いて、転移魔法で脱出を試みるも、部屋の内部はそれが阻害されていた。


 そのことに気づいた時には、もう完全に遅かった。


 ジンが滞在していた部屋は、その外側をぐるりと囲む形でランダム時空転移のトラップが仕掛けられていたのであった。


 トラップが発動し、ジンがいた部屋があったはずの場所には、その周囲を含めた十メートル四方ほどの何もない空間が、ぽっかりと残されていた。




「すまない。この世界の都合で君を拉致し、散々利用した挙句の果て。労うことすらもせずに、ジンの持つ力への恐怖から暴挙に出たようだ」


 召喚された時に感じたのと同様、直接ジンの頭の中に響く言葉。


 人ならざる力を持つ、超越した存在と思しきものの謝罪の感情がジンの心に流れ込んで来る。


「『すまない』じゃ済まされないだろ。あんたは、どう責任を取るんだよ! 俺を日本に戻せ!」


「残念だが、それは無理だ。既にランダム時空転移のトラップアイテムが発動しており、私の力では止められない」


「ふざけるな! 話が違うだろ!」


 この段階で完全に頭へ血が上ってしまったジンは、もう流れ込んで来るモノへの理解を拒否してしまっている。


 よって結果的に、以降に語られた報酬的な部分を聞き流してしまう。


 もっとも、それで現状の事態が変化するわけではないので、この時点においては些末なことであろう。 


「限界までジンの体感している時の流れを遅くして、今は語り掛けている。他に私にできたことはレベル上限の解放と魔力の瞬時回復、異言語理解の技能付与のみ。本当にすまない。転移先でのジンの幸せを願っ」


 ブツン。


 そんな音が、ジンには聞こえた気がした。


 おそらくは神であろう存在から、流れ込んで来る情報と力の奔流が途切れたのだ。


 それは、そいつが力を及ぼすことは叶わない、別の時空間へとジンが飛ばされてしまった証左なのだろう。


「ふっざけんな! 使い倒しかよ! こんなの、もうどう考えたって日本に帰れる可能性なんてないじゃねえか!」


 ジンをルーブル帝国に召喚することに関与した、神っぽい何かの力が及ぶ範囲から放り出されてしまった。


 つまり、ジンが日本に戻るのに必要な起点と着点の二つの情報が消失したことを意味する。


 付け加えると、時間の流れの情報についても同様だ。


 これでは、本当にどうしようもない。


 ジンの身体を日本に戻すには、いつの時点のどこへ戻せば良いのか?


 戻るべき場所と現在位置との時空間における位置関係。


 それは、どのようになっているのか?


 転移魔法が扱えるジンには、それらの情報なしに自身が日本に帰る手段など存在しないことがわかり過ぎるほどにわかってしまった瞬間であり、ジンは前述の誰に聞かせるでもない叫びを、大声で放ってしまったのだった。


 悲しいことに、ジンのそのような発言や抱えている事情とは関係なく、事態は動き続けるのだけれど。


 飛ばされた先では、ジンが展開しているシールド魔法によって守られている範囲の外側で、部屋の床が崩壊して行く。

 

 一緒に飛ばされてきた部屋の壁や天井が、砂塵のように崩れて闇の中へと消え去って行く。


 それらの状況の推移を目の当たりにして、ジンはまず「日本に帰る」という望みそのものを綺麗さっぱりと捨て去ることを決めた。

 

 ことがこの期に及んでは、『生き残ること』が短期での最優先目標となる。


 長期目標はズバリ、『気ままに楽しく生きる』としておく。


 漠然とした目標でも、何もないよりは遥かにマシなのだ。


 目標を持つことなく孤独に過ごす時がいかに辛く苦しいモノであるのか?


 そのことを、ジンは知り過ぎるほどに知っていたのだから。


 こんな状況下でも、それが理由でジンの夢想は捗る。


「(己の身の安全が確保されることは言うに及ばず、お金、食べ物、住環境などで不自由な思いをすることなく。それらに加えて、美人の嫁でも迎えられたら最高だろうな)」


 魔王を単身で滅ぼせるほどの実力を持つジンであれば、それは決して不可能でも分不相応な目標でもないはずなのだった。


 ただし、そのような大雑把な目標を達成するには、まず、現在位置の把握から始まって、我が身の置かれている状況を正確に知ることが必須であるだろう。


 ジンの周囲には虚無の空間が広がっているだけで何もなく、美人女性どころか人がいる気配すら全くないのだから。


 そうして、ようやくジンは脱線しかけて転がりまくった夢想の方向ではなく、現実路線へと思考を戻す。


 勇者ジンが展開しているシールド魔法は、内部に術者の快適な生存空間を魔力で構築し続け、外部からの有害な攻撃の全てを魔力で相殺、無効化する仕組みの魔法だ。


 そして、その快適な生存空間とは、ある程度の範囲で視界を確保できるような光源を生み出すことも含まれていたりする便利なものでもあった。


 むろん、使用には魔力の消費が継続され、それが尽きれば消失してしまう代物なのだけれど。


 尚、この時のジンはまだ気づいていない。


 現在位置へと放り出される直前に付与が施された魔力の瞬時回復能力とは、「基盤となる、無限に魔力を生み出し続ける『龍脈の元』を自身の魂へと餞別的に合成されている」ということであり、「魔力切れの心配はない」という事実に。


 ジンはとりあえず周囲を見渡すも、何も発見することはなかった。


 何もない虚無のみが広がる空間であり、シールドの外には人間が生存できるような空気があるかどうかすら怪しい。


 いや、この場合は寧ろ、「そんなものあるはずがない」と考えるのがベターであろうか。


「(何だよ。どこなんだ? ここは一体)」


 視覚情報から有益な答えを得ることはできない。


 数秒の時を費やしてそれに気づいたジンは、魔法の力に頼った。


 具体的にはマップ魔法、いわゆる、地図の魔法を使って現在位置を把握しようとしたのである。


 けれど、そうして得られた答えは、残念なモノでしかなかった。


 マップ魔法からは、「座標理解不能空間」とだけしか、情報が得られなかったのだから。


 しかし、それで諦めて絶望するほど、ジンは弱っちい精神の持ち主ではない。


 ぼっち力が極めて高い勇者ジンには、二の手、三の手と何かしらの悪足掻きをする手段が、豊富に揃っていたりするのだ。

 

 そんなジンは、次の一手として探査魔法を発動する。


 その結果、今度は水平方向、向かって右手側で二キロメートルほど離れたところには、何らかの物体が存在することを感知できたのだった。


 虚無と比べれば、何かがあることがわかっただけで格段の進歩となる。


 この段階における最初の問題は、「そこへどうやって移動するのか?」となった。


 まずは近づいて、謎の物体を視認すること。


 それが、事態の更なる前進に繋がるかもしれないのだから。


 本来であれば、シールド魔法を展開したまま移動ができるはずなのだが、現在ジンがいる空間内だと何故かそれが叶わない。


 ジンが移動方法に悩んだ末、導き出された答え。


 それは、「シールド魔法の形状を筒状に変化させて目標物の方向へと伸ばし、シールド魔法で守られている空間内を徒歩で移動して接近する」というものであった。


 ジンのシールド魔法内ならば、歩いての移動も可能なのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、ジンと探査魔法で発見した謎の物体とがご対面する状況が発生する。


 これが、『勇者ジン』と異なる世界の超科学文明が生み出した『有機人工知能搭載型生体宇宙船サンゴウ』の両者が邂逅を成し遂げた、歴史的瞬間だったのである。


 ジンがようやく視認できた謎の物体の全長は、目測からの推定で五百メートル前後はあろう。


 おそらく元は直径四百五十メートルあたりの、球形に近い状態であったと思われる本体部分が、上半分を大きく抉り取られたような形で半球よりもやや少ない体積となっている。


 そこに、五十メートルほどの尾びれのようなモノがくっついていることで、全長が五百メートルくらいに見えるのだ。


 本体部分と尾っぽの形状としては、オタマジャクシ的なモノを想像すると近いのかもしれない。


 ただし、本体部分はおそらく真球に近いような球形だったであろうし、尾びれの部分の形状はオタマジャクシではなく、イルカやクジラのそれに近いのだけれど。


 また、足びれのような突起部が本体部分であろう球体の下部に一対で二本あり、それとは別に翼のような突出部がサイドに一本のみある。


 おそらくは翼のような感じで左右一対が元々はあったのだろうが、現状は片側が失われている状態とジンには思えた。 


 ジンが視認したそれの第一印象は、「魔物の死骸か? 何だこの元巨大生物的なモノは」でしかなかったのである。


 しかしながら、その驚きの状態は僅かな時間しか維持されなかった。


 何故なら、ジンには「生命体の波動を感知。コンタクトを試みます」という、何とも形容しがたい意思のようなものが謎の手段で伝わって来たからだ。


 伝わって来たそれは、音、いわゆる音声ではない。


 過去に経験のある、神の意識が勝手に流れ込んで来る感じとも異なる。


 手段も現象も、何とも形容しがたいが、とにかく伝わって来るのである。


 けれども、『相手から意思が伝わって来る』のと、『ジンから相手に意思を伝える方法が、存在するのか否か?』は全く別の話になってしまう。


 とりあえず、ジンはダメ元で言葉を口に出して語ってみることにしたのであった。


「いきなり『コンタクト』って言われてもな。一体、何をどうやるつもりなんだか」


 残念ながら、この時のジンの言葉は対象物に届かず、理解されることもなかった。


 だが、しかし。


 ジンが相対した謎の巨大生命体と思われるモノは、自身にできる方法を勝手に駆使する手段に出る。


 そしてその方法へは、偶然にもジンがパッシブで持つ『異言語理解の技能』が有効に作用するのであった。


 双方ともに、「非常に運が強い」と言えよう。


「(こちら有機人工知能搭載型生体宇宙船、試作3号機。コードネームは『サンゴウ』です。意思疎通が可能でしたらお返事願います)」


 とにもかくにも、ジンにサンゴウとやらの意思はジンに伝わった。


 問題は、返事の仕方である。


 返事の仕方はどうすれば良いのか?


 ジンには「伝える方法が無いじゃん」としか考えられなかった。


 しかし、サンゴウはサンゴウで、次なる手段の提案を怠ることがないのであった。


「(とりあえず、サンゴウへの物理的接触でも構いません)」


 ジンはこの段階に至って、伝わって来る意思に対しては、「こちらの考えが読めるわけではなく、一方通行の意思表示なのだろう」と、判断を下す。


 これは、仮に間違っていても特に問題とはならないが、ジンが何らかの行動を起こすに当たって前提となる考えは必要になって来るが故の決めつけ対応なのだった。


 そうして、ジンはシールド魔法の形状を一部変化させ、棒状に伸ばしてサンゴウの船体の一部と思われる部分へ接触、ツンツンしてみた次第である。


 結果的に、この行動が吉と出たのであった。


「(外部からの物理的接触を確認。意思疎通可能な生命体と判断。特殊フィールドと考えられるモノが接触状態なため、音声振動コンタクトを試みます)」


 またしても、一方通行の意思がジンに流れ込んだ。


 そしてそれに続いて、ジンの鼓膜にはサンゴウの発する音声が届く。


 サンゴウの声は女性を思わせる、聞き取り易い綺麗な声質のモノであった。


「初めまして。サンゴウと申します。まずは自己紹介をさせていただきますね」


「了解。こちらも名乗るだけはしておこうか。俺の名はジン。で、自己紹介ね。続けてくれ」


「サンゴウは、デルタニア星系第三惑星ソールで生まれました。敵軍から『超空間特攻』と称される攻撃を受け、現在位置に大破漂流中。搭乗員は全滅しており、所属の軍からも『撃沈判定がされている』と推測されます。指揮系統からの離脱後三万年が経過しているため、本船は自由裁量権を獲得している状況となります。が、この空間では船体修理に利用できるモノが何もないため、最小活動状態にて待機中でした」


「こりゃご丁寧にどうも。さっきは通称で名乗ったが、俺は名の正式名は『朝田迅』という。ま、通称の方の『ジン』と呼んでくれれば良い。ところでな。俺にコンタクトをしようと考えたのは何故なんだ?」


「サンゴウは孤独に朽ちるのを待つだけなのが嫌でした。理由はそれだけですが、ダメだったでしょうか?」


 ぼっち体質では「誰にも負けない」との妙な自負を持つジン。


 それだけに、「あー『ぼっちは嫌』ってだけか。寂しかったのね。わかるわかる」と、無駄に深く理解できてしまった。


「いや、ダメじゃない。全く問題ないぞ。ところで、俺は罠に嵌められて飛ばされてしまったようでな。『この空間?』とやらに来たんだがここは一体どこだ?」


「超空間跳躍移動の際に使われる超空間のどこかですね。超空間特攻の攻撃によりサンゴウも飛ばされた状況下にありますので、そのようにしかお答えできません」


 ジンはサンゴウの言葉で、「つまりは、サンゴウにもどこだかわからんのね」と理解した。


 で、あるならば次は、ジンとしては今いるわけのわからん空間、いわゆる超空間からの脱出を考えたいところであった。


「サンゴウは宇宙船なんだろ? この閉鎖空間みたいな何もない場所から抜け出す手段が、何かないのか?」


「サンゴウは超空間跳躍航行が可能な宇宙船です。ですので、超空間と通常空間を行き来する機能自体は備わっています。ですが、今は大破状態であり、本船の機能のほとんどが停止中。それなりの修理をすることができない現状では、通常空間へ戻ることなど不可能です」


「『修理』ねぇ。それができれば良いのか。ところでさ、『生体宇宙船の修理』ってのが俺にはピンと来ないんだが、『生体』ってのはつまり『生物』なのか? 要は、サンゴウの言う『修理』とは、人間の傷を治すようなイメージで良いのか?」


 サンゴウに問うたジンは、「生物であるなら、治癒魔法が使えるのでは?」と直感的に判断していた。


 それ故に問うて、直感を少しでも確信に近づけるべく確認を行う。


 勇者たる者、己の直感を軽視することなどあり得ないのである。


 この時のジンの内心をぶっちゃけてしまえば、「おーるおーけー! わかった! とりあえず『治癒魔法で何とかしてみよう作戦』を発動だ!」とまで叫んでいたりするのだ。


「そうですね。ですが、先ほどもお伝えした通り、この空間には船体修理に利用できるモノが何もないのです」


「そうか。それを踏まえての提案なんだが。俺は治癒魔法が使える。治癒魔法でサンゴウを修理できるかもしれない。試してみて良いか?」


「『治癒魔法』というものがサンゴウには理解できません。ですが『害になることがなければ試していただいて良い』と判断します。『様子見をしながら少し試す』という感じでまずはお願いできますでしょうか?」


 サンゴウの言い分は、納得できる至極当然のモノでしかない。


 故に、「まぁそうなるよな。それじゃやってみますかね」と、ジンは実践へと移行するのであった。


「了解。少しずつやってみるので、もし『危険』と判断したら即教えてくれ。では、いくぞ。小ヒール発動」


「何らかのエネルギー効果と考えられる影響を受けました。百万分の一パーセント程度の修理完了効果を確認しました。サンゴウに害となるような効果は認められませんでした」


「お、効果自体はありそうだな。『全治癒までに一億回の小ヒールが必要』と考えると恐ろしいけど。しかし、よく考えると、この状況って部位欠損なんだよなぁ。小ヒールだけじゃおそらく完全に治すことはできないと思う」


 魔法自体は、サンゴウの修理に有効であることが判明した。


 その時点で、ジンは状況を整理している。


 部位欠損状態のところを小ヒールの連打で傷口を塞ぐような形の治療を行ってしまうと、事後に欠損部分を復活させるのは極めて面倒な事態が発生するのだ。


 本来なら事前に気づくべき基本的な部分なのだが、初見の人語を解する巨大生物を前にして、ジンは少々冷静さを失っていたのかもしれない。


「あーすまん。確認なんだが。通常のサンゴウの治癒方法? 修理方法? どんな表現が良いのかわからんのだが、いわゆるそんな感じのはどうやるんだ?」


「まず、有機物あるいは無機物を取り込み、一度エネルギーへ変換するか、もしくは直接のエネルギー取り込みを行います。そうしてから、残存生体部分の細胞をそのエネルギーで活性化させて増殖。増殖した細胞を破損や欠損部分へ送り込んで修理となります」


「俺の魔法、今回試した小ヒールだとな。通常は部位欠損は欠損したまま傷を塞ぐ形で治癒してしまうんだ。サンゴウが魔法を受けてみた感触としてはどう考える?」


「『未知のエネルギーであり、自力で吸収変換し、活性化による修理をしたのとは違う』と認識しています。なので『欠損状態のまま傷が塞がる』という可能性は、『あり得る』と考えられます」


 サンゴウの返答から、「となると、部位欠損込みで全てが治るパーフェクトヒールじゃないとダメだろうな」という結論にジンは達した。


 しかし、問題は「魔力が足りるのか?」の一点に尽きる。


 サンゴウの欠損部分は、巨体なだけに膨大な体積を誇る。


 部位欠損部分の大きさに比例して、その修復に必要な魔力量は増加するのだ。


 ジンには、これほどの巨大な欠損を魔法で修復した経験などあるはずもない。


 必要な魔力量ははたしてどれほどか?


 想像もつかないジンであった。


 もっとも、一回で魔力が足りない場合は「範囲指定で複数回に分ける」という解決手段が存在はするのだが。


 それはそれとして、この時のジンもサンゴウも、両者が気づいていない重大な事実もある。


 実は、ジンには自前の収納空間に抱え込んでいる食料、飲み物、魔物の死体、鉱物インゴット各種などなどの多種多量な物資がある。


 もし、それらをジンが取り出して提供し、サンゴウが取り込んでしまえば部位欠損問題は解決するのである。


 けれども、サンゴウは「軽装で剣のみを腰に帯びている、限りなく手ぶらに近く見えるジンが、そのような大量の物資を抱え込んでいる」という発想がそもそもない。


 ジンはジンでその点には気づかない。


 ただし、ジンの場合は仮に気づいても、「魔力で済むならそれで良い」とか言いそうではあるのだが。


「じゃ、部位欠損がある場合に使う治癒魔法を使うぞ」


 かくして、パーフェクトヒールが発動された。


 恐ろしい勢いでジンの魔力が減って行く。


 一旦減りはするのだが、その分は瞬時に回復してしまう。


 ジンが新たに得たばかりの、未だ自覚がない魔力の瞬時回復のおかげなのだろう。


 とにもかくにも、サンゴウは完治していた。


「オールグリーン。全機能を回復しました。ありがとうございます」


「良かったな。大破していた時からなんとなく元の形を想像していたけれど、サンゴウはこんな形だったのだなぁ」


 サンゴウの完全な姿は、前述されているジンのイメージ通りであった。


「さて、今度は俺からのお願いだ。俺を乗せてもらって、とりあえず通常空間へと戻って欲しい」


「可能です。ただし、『通常空間のどこに出るのか?』については、事前に予測不可能となります。危険を伴う可能性が無きにしも非ずですが、その点を了承いただけますか?」


 事態の経緯を鑑みれば、サンゴウの確認事項は当然の話であり、ジンからすれば『ごもっとも』以外のなにものでもない。


 リスクの予測は不可能だ。


 けれども、ジン個人の力では何をどうしようが現在いる妙な空間からの脱出は不可能なのである。


 よって、ここでは賭けに出る以外の選択肢はあり得ない。


 ジンの判断は、至極当然な結論へと至るのであった。


「他に選べる方法がないんだ。よろしく頼む」


「便宜上、どなたかが艦長の任に就いていただかなくてはなりません。そして、現在それが可能な人物はジン、貴方だけです。今後長いお付き合いになりますがご了承いただけますか?」


 ジンとしては、「最後の最後で、いきなりすごい情報をぶっこんでくるなぁ」が本音となる。


 しかし、他に選択の余地がないことに変わりはない。


 どうせ引き受けるならば、気持ち良く了承するべき事柄ではあった。


 そこまで考えれば、口にする言葉は決まっているのである。


「そうなのか。快く了承させてもらうよ」


「では、艦長を船内へ取り込みますね」


 こうして、勇者ジンは魔王討伐を成功させたにもかかわらず、依頼主のルーブル帝国からは労われることすらなしに未知なる異空間に飛ばされた。

 状況に流されて、偶然出会った生体宇宙船サンゴウの艦長へと就任し、閉鎖された超空間から通常空間である宇宙への脱出的な移動を果たす。


 それだけですんなりことが終わるはずもなく、通常空間へ移動したらしたで、新たな事案発生が待っているのも、勇者が背負う宿命や運命であるのかもしれない。


 ファンタジー世界が生み出した勇者と、超科学文明が生み出した有機人工知能搭載型生体宇宙船の最強に最強が組み合わさったようなコンビが、宇宙を舞台に所狭しと暴れまわる事態は、これが切っ掛けで始まってしまった。


 神ならぬ身であるが故に、自身の未来に待ち受ける波乱万丈なアレコレを知ることなどない、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 外部の光景をそのまま映し出すモニターと、艦長用の椅子のみがある操船艦橋にてドッカリと腰を下ろし、サンゴウと一緒に足を踏み入れる未知の世界に思いを馳せるジンなのであった。

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