【毎日更新百合ショートストーリー】
藍埜佑(あいのたすく)
第1話「ガラスの空に咲く」(SF百合)約1,800字
そこは、天空に浮かぶ都市だった。
人類が地上を離れて久しい未来。砂漠化した大地を捨てた人々は、空に浮かぶ巨大なドーム都市で暮らしていた。その世界では、全てが透き通るようなガラスでできていた。家も道路も、果てには空そのものも人工の透明な膜に覆われていた。
都市は静かだった。人々は効率を重んじ、感情を極力表に出さないように暮らしている。笑顔も涙も、無駄なものとされて久しい時代。そんな中、少女たちは出会った。
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「あなた……こっちに引っ越してきたの?」
アンナが声をかけたのは、光の差し込む透明な通路の向こうに立つ少女だった。彼女は腰まで届く銀髪を揺らしながら、何かをじっと見つめていた。
「ええ、そう。」
振り返ったその少女は、瞳の奥に深い静けさを宿していた。
「名前は?」
「リナ。」
それだけを言うと、リナは再び視線を外に向けた。ガラスの向こうには、白い雲が海のように広がっている。
「何を見てるの?」
「雲の形って……決して同じものはないのよね。」
その言葉を聞いて、アンナは思わず笑ってしまった。
「なんだか不思議な人だね。そんなこと考えたこともなかった。」
リナはそれに答えず、ただ静かに微笑んだ。その笑顔は、どこか儚げだった。
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アンナとリナは、それから少しずつ親しくなっていった。リナはどこか無口で、感情を表に出すのが苦手な少女だったが、アンナにはなぜか心を開いてくれるようだった。
二人でよく出かけたのは「クリスタルパーク」と呼ばれる、透明なガラスの木々が並ぶ公園だった。人工的に作られた場所ではあるものの、陽光が差し込むと木々が七色に輝き、幻想的な美しさを見せる。
「ねえ、リナ。どうしていつも遠くを見てるの?」
アンナがある日尋ねると、リナは少しだけ考えてから答えた。
「いつか、ここから飛び出したいと思ってるの。」
「飛び出すって……どこへ?」
リナは静かに指を空に向けた。
「ガラスの向こう側。地上。」
その答えに、アンナは目を丸くした。地上は何世代も前に捨てられた場所。誰もが「死の大地」だと教えられている場所だ。
「地上になんて何もないよ。戻る理由もない。ここが安全だし、便利だし……」
アンナがそう言いかけたとき、リナがそっと彼女の手を握った。
「アンナは、今の生活で満足?」
その問いに、アンナは答えられなかった。
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リナは、かつての地上について研究している一族の生まれだった。そのため、彼女の家には今も地上の記録が残っている。緑の森、青い海、吹き抜ける風の感触――それらは、今の人々がすっかり忘れてしまった記憶だった。
「私ね、知りたいの。本当の世界を。」
リナの言葉を聞いて、アンナの胸にぽっかりと空いたような感覚が広がった。
「本当の世界……」
アンナは呟いた。
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そしてある日、リナがアンナを秘密の場所に連れて行った。
それは都市の最下層、誰も近づかない古びた区画だった。そこには、巨大な「出口」があった。ガラスの都市を覆う膜の外へと続く扉。今は固く封じられているが、リナはその鍵を解除する方法を知っていた。
「ここから、外に出られるの。」
「でも、出たらどうなるか分からないじゃない……!」
アンナは声を震わせた。
「そうだね。でも、だからこそ行きたいの。知らないままで終わるのは、嫌。」
リナの瞳に宿る決意を見て、アンナは言葉を失った。そして、自分の胸の中で膨らむ感情に気づいてしまう。
――私は、この子と離れたくない。
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その夜、アンナは決心した。
「私も行く。リナと一緒に。」
リナは驚いた顔をしたが、すぐに笑った。その笑顔は、これまで見たどんな表情よりも柔らかかった。
「ありがとう、アンナ。」
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二人は夜明け前、ついに出口を開けた。ガラスの扉がゆっくりと開き、冷たい風が吹き込んでくる。その風には、ガラスの都市では感じたことのない匂いがあった。
扉の向こうには、果てしなく広がる荒野が広がっていた。けれど、遠くの地平線には、青い空と緑の木々がかすかに見えた。
「行こう。」
リナが手を差し出すと、アンナはそれをしっかりと握り返した。
二人の足元に風が舞い、世界は少しずつ光を取り戻していくように感じられた。
「私たちで、新しい世界を見つけよう。」
アンナはそう呟き、リナと一緒に未知の世界へと一歩を踏み出した。
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空に輝く太陽の下で、二人の影が一つに重なっていた。
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【毎日更新百合ショートストーリー】 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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