「愛が羽ばたくとき」 ~家族の力で生まれ変わる物語~

まさか からだ

第1話 ミノの目覚め

 異世界の暗い森でミノが目を覚ますと、自分が「ミノムシ」になっていることに気づきます。 記憶も力もなく、心には大きな空虚感だけが残っています。「自分は何者なのだろう」「なぜこんな姿になってしまったのだろう」と悩み、動けないまま途方に暮れます。そんな中、ミノは何かが「欠けている」という強い感覚を抱きます。



 暗くて冷たい風が吹く、荒れた森。木々は枯れ、地面はひび割れ、遠くには重たそうな雲が広がっていました。どこからともなくフクロウの声が響き、森の中は不気味な静けさに包まれています。


 その真ん中で、ひとつの小さなものがゆっくりと目を開けました。


 「……ここは、どこ?」


 ミノは目の前の景色を見つめながら、小さな声でつぶやきました。でも、その声はどこかかすれていて、まるで風の音に紛れてしまいそうです。体を動かそうとしますが、うまくいきません。何かがおかしいのです。


 ミノは、自分の体を見て驚きました。


 「な……なんだ、これ?」


 なんと、ミノはミノムシになっていたのです。葉っぱや小枝がまとわりつき、丸い小さな体。その姿に、ミノは思わず息をのみました。人間の体ではなく、話すことも走ることもできない――まるで動けない塊のようです。


 「どうして、こんなことに……?」


 記憶をたどろうとしても、何も思い出せません。名前も、家も、友達も。まるで真っ白な霧が頭の中を覆っているようでした。


 ――自分が何者なのか、なぜここにいるのか――。


 その答えを探そうとしましたが、心の中にあるのはただひとつ、「欠けている」という感覚だけでした。




 「……寒い。」


 枯葉に包まれながら、ミノはじっとしていました。でも、どれだけじっとしていても、心の中の空っぽな感じは消えません。まるで何かがぽっかりと抜け落ちてしまったかのようです。


 風が吹くたびに、木々の枝がカサカサと音を立てます。それがまるで「早く進め」「ここから出なさい」と急かしているように聞こえました。


 「でも、どこに行けばいいんだろう?」


 動こうとしても、ミノムシの体は重く、なかなか動けません。まるで小さな岩が道に転がっているような気分でした。ミノの目から涙がこぼれます。


 「なんで、こんなに弱いんだろう……」


 その時、遠くから風にのって、誰かの声が聞こえたような気がしました。


 「あなたは一人じゃないよ。」


 「……え?」


 ミノは目を見開きました。誰かが、確かにそう言ったのです。でも周りには誰もいません。冷たい風だけが、森を静かに吹き抜けています。




 「あなたは一人じゃない」――その言葉が心に残り、ミノはゆっくりと気持ちを立て直しました。


 「きっと、何かを探さないといけないんだ。」


 自分が欠けていると感じるもの――それが何なのかはわかりません。でも、ここにいても何も始まらない気がしました。


 ミノムシの体は相変わらず重たいけれど、少しだけ前に進んでみることにしました。


 「少しずつでいい……動いてみよう。」


 そうしてミノは、葉っぱに包まれた体を少しずつ動かしながら、荒れた森の中を進んでいきました。大地は固く、風は冷たい。それでも、進むたびに何かが変わるような気がしました。


 ――小さな光が、心の中に灯るような感じがしたのです。




 太陽が沈み、森はさらに暗くなっていきました。月明かりが、かすかに主人公の周りを照らしています。


 「夜……か。」


 ミノは葉っぱの陰に体を隠し、静かに空を見上げました。空にはたくさんの星が輝いています。でも、その星の光も、どこか遠くて届かないように感じました。


 「自分には、何もない……。」


 そう思いながら、ミノは目を閉じようとしました。その時――。


 フワッ……。


 どこからともなく、温かい光が現れました。月明かりのような優しい光です。


 「……誰?」


 ミノは驚いて目を開けました。すると、目の前に光のような姿の誰かが立っていました。その姿はぼんやりとしているけれど、どこか懐かしく、優しい雰囲気をまとっています。


 「あなたには、まだ旅が必要なのよ。」


 その声は、まるでお母さんのように温かく、ミノの心にすっと染み込んできました。




 その夜、ミノは静かに考えました。自分には何かが欠けていて、それを取り戻さなければならない。そして、あの光のような誰かが、これから自分を導いてくれるのかもしれない。


 「もう少し、頑張ってみよう。」


 そう決意し、ミノはゆっくりと目を閉じました。夜の静けさの中で、初めて少しだけ安心できた気がしました。


 こうして、ミノの小さな旅が始まったのです――。

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