第25話 モブおじ、コーヒーを嗜む
エルフの里と魔族間で繋いだ転移システムは双方の物流を加速させた。
当初の予定を大きく逸脱して、安心安全に送り届けることができたのが何よりの発展である。
これは双方にとって利害の一致でしかなく。
むしろ今これを取り上げられる方が溝を深めるくらいになくてはならぬものになっていた。別に奪いやしねぇけどさ。
近い将来これを巡って戦争が起きそうで怖くもある。
まぁ人は運べないんだが。
特にエルフの里に流れる天然水を、魔族は欲した。
自然豊かな森の中。その源流にはマナの樹が生え、水にも魔力を多く含むという。
「水が欲しい? どこにでも流れているではないか」
「貴殿は何もわかっておらぬな。山に流れる水と、ここの森の水の大きな違いを。アーク殿、このうつけにどのように説明したものか」
「実際にコーヒーを飲み比べるしかないんじゃないですかね」
「我はあの苦い水は好かぬ」
「あの苦味がいいのではないか!」
お互いの主張が激しいので、一旦俺の方で預かることにした。
ではどうするか?
山の水でパンを練ってみたらどうかと提案する。
エルフにとって、森の水は飲み慣れた普通の水という認識だ。
けれど魔族はそうじゃないと申告する。
なら実際にそれぞれの水で作ってみたらいいんじゃないかと説明した。
で、作ってみたところ、大きく異なることが判明する。
「なんだこれは! 水ひとつでこれほど変わるか?」
「いつもよりもそもそしているな。いつも通りにやっているのか?」
「当たり前だ。で、こっちが普段の水で作ったパンだな」
「ああ、この香り高さ。我らの愛するパンの旨みだ」
「まさか水ひとつでここまで変わるとは……」
「これで我らがそちらの水を欲する気持ちが汲めたであろうか?」
「価値を知ると手放すのが急に惜しくなるな」
「別にタダでよこせなどとは言わん。こちらも運搬の都合上持ち運べぬ荷があるのだ。それをよこす代わりに水をくれぬか?」
「それを検めてからで構わぬか?」
「それはもちろんだ。いくらでも検分してくれ」
ウィルトスさんはそう言って小型の魔獣を数匹連れてきた。
人間じゃないのでこれらも運搬が可能という。
完全に裏を突かれた形だ。
また設定細かく打ち込まないといけないじゃんよ。
敵意を持つ魔獣の禁止、っと。これでいいか?
「普段食べてる獣性の強い肉は魔猪によるものだ」
「肉の違いを言われてもピンとこぬぞ?」
「全然違うだろう? サラダに合わせる肉は魔鶏のものだ。獣性は低く、あっさりとした味わいだ。こいつはカツに向く」
「確かに旨味に違いはあるか。で、最後のこいつはなんだ? 魔族にそっくりなツノを生やしておるそいつは」
「こいつは魔山羊。細い体をしているが、あっさりとした肉質で魔猪を食いすぎた翌日に世話になるタイプの肉だな。ウィンナーの素材として扱われる。もう少し獣性が欲しい時は魔猪と混ぜると旨みが変わるんだ」
「これが魔族の切り札というわけか」
「別に切り札というわけでもないが、生き物なので運搬次第ではストレスで肉が不味くなる。そういう事情で領から出すことはないと思っていたんだが、今回はアーク殿の素敵な采配でお披露目に機械に預かれたというわけだ」
「なるほどの」
それこそ魔族にとって当たり前の食肉の提供。
普段は枝肉しか見たことのないルーメンは、生きてる姿を見て少し身構えていた。
俺にとってはただ肉の生きてる姿を見せびらかすだけではない、もっと他の狙いがあると目論んでいる。
「この山羊はミルクも取れるのか?」
「アーク殿は流石に知っているか」
「似たような生物を飼育してる世界にいるからな」
「そのミルクとやらはどんなものだ?」
エルフはマナを取り込んで成長する都合上、生殖行為を行わない。
なので育児もしないのでミルクが何かもわからない。
俺はどう説明をしようか迷ったが、エルフの得意分野で解説することにした。
「ミルクはそうだな、パンに含ませるともっちり柔らかくなり、風味も豊かになるんだ。ミルク単体でもそうだが、発酵させると香ばしさが増すもの特徴的だな。ただ水以上に腐りやすいので管理は十分気をつけなければならないだろう」
「コーヒーに含ませれば貴殿でも飲める味わいになるかも知れぬぞ?」
「あれが飲める気は一切せぬが」
あぁ、コーヒー牛乳か。
山羊は牛じゃないけど、まぁニュアンス的には一緒だろ。
「ものは試しだ。ウィルトスさん、コーヒー豆の備蓄は?」
「実はすでに用意してある。ここでの水を試すまたとないチャンスだ」
「んじゃあ、こっちで湯を沸かすな」
「アーク殿の淹れるコーヒーか。楽しみだ」
「口に合えばいいけどな」
俺流の抽出方法で悪いが、ここは現代日本じゃないのでね。
濾し器の類はない。
ではどうやるか?
俺は抽出したコーヒーと粉末を分けて転移することができる。
なのでコーヒーをそれぞれのカップに直接転送することで、煮出したコーヒーだけを味わえるって寸法だ。
「見慣れぬ器だな」
「自家製だよ。俺は土属性の魔法が使えるからな。サイズから形まで自在だぜ」
コーヒーカップは流石にないから作った。
飲み口が尖らず、丸みを帯びることで口当たりが優しくなるのを目指した。
「蒸らす時間のお好みは?」
「そうだな、うちの領では5分がジャスト」
「なら数分単位で変えてみるか。水が良くなることでどれほど変わるか、味わいのチェックをしてこそだよな」
「確かに言われてみればその通りだ。いつも通りのやり方でうまいからと水だけ変えて満足してしまうところだった」
ここに水が豊富にある。
どうせ交換するなら、散々飲み比べてからでも十分だろ。
まずは3分蒸らした早出し。
「浅いな。だが、十分香りはある。腹にたまる感じはしないが、急いでる時には良さそうだ」
魔族御用達の5分。
「そうそう、これだ! いや、いつもよりやけにマイルドに感じる。キリリとしたキレもあるが、どこかで不思議な優しさがあるな。これはなんだ?」
「多分カップの特性だ」
「カップだけでも変わるのか!」
「これは受け売りだけど、コーヒーってのは奥深いんだぜ、焙煎ひとつでも旨味が変わるって話だ」
「なるほどな、これで満足していた私が浅はかだったということか。なんだか楽しくなってきたぞ」
「アーク殿、我の分は?」
「お、やっぱり飲む気になったか?」
いつも真顔のウィルトスさんがコーヒーひとつで百面相をしていたのが気になったのか、ルーメンも試してみたいという顔をする。
「コーヒーを知らぬというのは人生の損失だ。貴殿も少しは苦味を楽しむ余裕を持ちたまえ」
「そういうのではない、そこのミルクがどんな味かを知るために試してみようと思っただけだ」
「くくく」
「ぐぬぬ」
完全に揶揄われてるなぁ。ウィルトスさんにかかればルーメンも型なしだ。
けど、それはそれでいいんじゃないかと思う。
俺がきた時は魔族憎しでお互いに聞く耳持たなかったもんなぁ。
でも今はこうして顔を見合わすほどに仲良くなった。
食い物で釣られた同士、今度は俺が二人を取り持ってやろうと思う。
まずは浅めから攻めて見るか。
「はいよ、お待ち。魔族コーヒーの魔山羊ミルク添えだ」
「随分と強い香りだな」
鼻先でクンクンと匂いを嗅ぐルーメン。
まぁコーヒーってそういうもんだし。
まずは恐る恐る一口。
「む?」
悪くはないという顔。味になれたら飲み進めていく。
最後まで飲み干して、なんだか気に入ったような顔つきである。
ウィルトスさんもなんだか嬉しそうだ。
「どうだ? 悪くはないだろう」
「確かに、完全に飲まず嫌いしていたようだ」
「が、実際に我々の山で取れた水で作ればこれより数倍にがい。女子供はその苦みに耐えられないことが多い」
「だから森の水なのか?」
「魔山羊のミルクでもなかなか誤魔化せない。けれど、ここの水ならば、女子供でも飲めるようになる。我々はコーヒー栽培に命をかけている。けれどほとんどの魔族の口に入ることなく破棄される。私はその不幸の連鎖を断ち切りたいのだ」
畳み掛けるように力説するウィルトスさん。
魔族にとってコーヒーとは切っても切れぬ存在であるかのようだ。
「わかった。こちらもミルクや肉の違いもわからぬ粗忽者であった。これからも魔族と友好を結びたく思う」
「水一つで大袈裟だと思ったであろうか?」
「いいや、こちらとしては資源の一つをここまで評価したそちらに感謝の言葉を送りたく思う。今まで我々にとってこの水源はあって当たり前でそれ以上考えを巡らせたことがなかったのだ。それを今日知れた。発展の一歩だ。それもこれもアーク殿が巡り合わせてくれたおかげである。重ねて礼を申し上げたい」
ルーメンが焼けに真剣にウィルトスさんに向き合う。
今まではどこか心で線引きをしていた相手に、距離を詰めての会釈である。
コーヒーひとつで大袈裟なやっちゃな。
「貴殿からしてみれば「コーヒーくらいで」と思うだろうが、こんな機会はそうそうない。我々は今までこうして話し合いの場を持つこともできないでいたのだ」
「確かにな。大体王国が悪いって聞いたけど」
「諸悪の根源は間違いなく王国であるな」
「全くだ」
二人して頷いた。王国ってば今までどんな悪事働いてきたんだよ。
まぁ、国ごと異世界に飛ばしたから残党とかいないだろうとは思うけど。
それはそれとして。
なんだかこの二人、妙なところで似通っている。
頷くタイミングとか、変に頑固なとことか。
好きなものにはベタ褒めする姿勢とか。
親子と言われても納得しちゃうくらいの類似性。
でも、見た目は全く似てないんだよな。
面白いことに。
「じゃあ、エルフと魔族の強い結びつきを祝して、俺から一品提供しようかな」
「ほう、新しいメニューか?」
「コーヒーを使ったメニューであろうか?」
「ミルクかも知れぬぞ?」
「どちらにせよ、楽しみだ」
「全くだ」
俺は楽しみにしてくれる二人に、それぞれの素材を使ったサプライズ料理を用意してやることにした。
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