第9話 魔族領主、異変を察する

「陛下、少し宜しいでしょうか」

「アモンか、どうした?」


王国から山脈を超えて北に位置する遺跡群の中枢。

そこには王国から迫害されていた魔族が隠れ住んでいる。


その中でも一際大きな屋敷に住む男、ウィルトス。

褐色の肌に尖った耳。額からツノを生やす紳士が書斎で執務をこなしていた。

来訪したのは旧知の仲であるアモン。

何かあったのかと執務の手を止め向き直る。


「少し休憩する。コーヒーを淹れてくれるか? 私とアモンの二人分だ」

「かしこまりました」


屋敷にいるメイドもまたウィルトスと似たような肌の色をしている。

ツノの長さによってその魔力量が変わるのか、メイドたちのツノはそこまで長くはなかった。


「ルネヴィア連邦から仕入れたコーヒーとなります。甘い蜜の香りと、独特のナッツの香味をお楽しみください」

「ありがとう」


ウィルトスは無類のコーヒー好きだった。

香りだけではない、苦味や酸味、コクなどが味わえる。

飲むだけで満腹感が高い。

そんなコーヒーは作物が育たないこの地域の唯一の食事だった。

魔族がコーヒー通であることは他の部族にはあまり知られていない。


今の人類にとって、失った味覚を今もなお持ち続ける魔族。

長い戦いの中で、魔族をどうして憎むようになったことは忘れてしまっているが、親兄弟が魔族に殺された。

その事実だけでも敵対する理由にはおおいにあった。


最初に仕掛けてきたのが人類側だったことなど向こうはとっくに忘れているだろう。

歯痒くもあるが、見た目を受け入れられないのなら戦う他あるまい。

人類とは昔から意見が合わないことが多かった。

それが1000年たった今でも変わらない。

ウィルトスにとってはいつも通りの日常だ。


「それで何があった? お前が手紙も寄越さず私の元に訪ねてくるなど珍しいな」

「それが……」


アモンは伝える言葉を忘れてしまったかのように挙動不審で、落ち着きが見られない。

まるで見てきたことがいまだに真実なのか、夢でも見ているんじゃないか定かではないと言った心境なのだろう。


「ゆっくりで良い。コーヒーでも飲んで落ち着くと良い」

「申し訳ありません」


緊張からか手を振るわせていたアモンは、コーヒーをなんとか口にして、何度か喉を潤した後に、ようやく頭の中で整理がついたのかウィルトスに実際に目にした情報をまとめて伝えた。


「実は、長い間我々に富をもたらしていた魔力供給装置が突然ストップいたしました」

「何?」


バカな、と思う。

ウィルトスにとっても信じ難いことだった。

1000年もの間、壊れ知らずで動き続けていた装置の故障。

直せる友はもういない。

最悪の出来事だった。

これなら王国が攻めてきた方が多少はマシだった。


「原因はなんだ? あれは王国から追放された勇者の魔導技術あってのものだったはずだ」


よもやそれを取り除かれたと言うのか?

あの王国とエルフを憎んでやまない我らの友の置き土産が。


「あれを失ったら我々はどうやって暮らしていけば良い?」

「わかりません。今原因を調査中です」

「ああ、最優先で構わん。なんだったら王国が攻めてきたと言われた方が数倍マシだぞ?」

「ええ、自分でもいまだに理解が追いつかないでいます」


そろそろ頃合いだろうとウィルトスは述べる。

あの国は馬鹿の一つ覚えみたいに魔族を敵とみなして、領土を奪うことに躍起になっている。頭痛の種であった。


「その動きは掴んでおりますが、どうも今回の勇者はハズレみたいです」

「当たり、ハズレなどでまだ選別しているのか、あの国は」


お前も倣う必要はないのだぞ、とウィルトスはアモンに釘を刺した。


「賎民意識の強さだけが王族の特権と本気で思っているようです」

「つくづく救えぬ豚どもよ。味覚を奪われてもなんら反省の色は見えぬか」

「奴らにとって食事なんてそんなものだったのでしょう」


豪華な調理法、富を尽くした食材。

しかしその肝心の味を本人たちはそこまで重要視していない。


「味覚とは豊富な魔力があってこそ肉体に宿る。次は何を奪って懲らしめようか」

「どうせ人の話を聞かぬのです。聴覚当たりなんてどうでしょうか?」

「いい提案だ。それとエルフの方も一応は警戒をしておけ」


魔力を奪って弱体化はさせておいた。

魔力不随で大した戦力にはならないとは分かっていても、捨て置いていい戦力ではない。なんなら王国よりもタチが悪いとさえ思っている。


「は、耳長どももですか?」

「それでも我らと同様に魔力を扱う。油断していい相手ではない」

「は」


アモンを下がらせ、ウィルトスは窓を開いて風を浴びる。

コーヒーを啜りながら、嫌な胸騒ぎがすると淀んでいく領土を眺めて執務の続きに戻った。



ーーーーーーーーーーーーー



一方その頃ルーメンは。


「不思議だ、鎧を着ずとも胸を締め付けるような痛みと痺れが消えた気がする。まさかアーク殿が?」

「俺がどうした?」

「アーク殿! ご無理はされておらぬか?」


昨日の昼ごろ別れての再会。

毒素そのものがまるで初めからなかったみたいに体が軽い感覚に、ルーメンはアークが何かしたのではないかと勘繰っていた。


「なんだよ、味噌汁の改良に気を揉んでた俺の心配か?」

「あ、そう言うわけじゃ。何もないのならいい」

「変なやつだな」


アークはルーメンをそう窘めながら言葉を続ける。


「とりあえず、新作の味噌汁があるんだ。みんなにご馳走したい」

「昨日の今日でもうか?」

「俺はこれしかできないからな。ルーメンも気にいると思う」


「まぁ、勘だが」そう述べるアークに、ルーメンも「なんだそれ」と苦笑した。


「アーク殿がまたきてくれたぞ。昨日の今日で新作を持ってきてくれたらしい」

「また世話になる。あれから森の浅いところで同胞が食している草花を採取してな。それの活用法を考えていたんだ」

「なんと、そんなご足労を?」

「好きでやってんだよ。それとこんなことが今の俺の楽しみだ。さ、食べてくれ」


ルーメンたちは初めて麩やわかめなどを口にした。

それがまた味噌汁に合うもんだから驚きの声が上がっている。

どこか懐かしい海の香り。

遠い祖先が口にしていたのではないか?

そんな感情がルーメンたちの胸中に湧き上がる。


なめこと豆腐の味噌汁に続き、麩とわかめの味噌汁も大好評。

完売したことにアークも嬉しそうにしていた。

その後に出したクッキーは、口の中がポソポソすると言ってあまり受け入れられなくて悲しそうにしていた。


「ああ、そうそう。それとな、こう言うものを持ってきた」

「これは?」

「俺の村で育ててるマナの樹の苗だ。俺たちは旅立つ時に苗木を持って行く決まりなんだ。昨日渡そうかと思ってて渡しそびれたのを思い出してな」

「そんな貴重なものを、我々がいただいてもいいのか? 同胞とはいえ、異界の我らが」


ルーメンはこんな貴重なものは受け取れないとアークに押し返す。


「俺があげたいんだよ。むしろ貰ってほしい。友好の証に。もう俺は元の世界に帰れないからさ」

「あっ……」


勇者召喚された勇者は一生この世界に縛られる。

アークとて好きでこの世界に来たわけではない。

ならば、ここは受け取っておくのが正解か、とルーメンは頷いた。


「ならば、同胞の長として我が責任を持って管理しよう」

「おう、俺も拠り所があった方が助かる。これが第二の故郷というやつなのかな」

「アークの帰りを待って居れば良いのだな?」


何やら勘違いされた雰囲気。

地元のエルフはもっと軽く、それこそ鉢植えに植える感覚で引き受けるのだが、ルーメンのその様子は新婚の妻みたいに重苦しく、浮気を許さないという視線がこもっている。


「ああ、お前の無事を祈る。それとこれな」


アークはポケットから大振りな果実を取り出した。

千年樹の実と呼ばれるもので、これを食べれば魔力がみなぎり、エルフになる曰く付きのものだった。

その果実そのものに、魔力が大量に含まれているという点も大きいか。

魔力枯渇状態に近いエルフが食べたらどうなるか、おわかりいただけるだろう。


「栄養たっぷりで美味しいんだぜ」

「ふふ、本当だ。甘い」

「だろ?」


エルフの味覚の芽生え。

アークはそれを大したことのないもののように扱う。

その日からルーメンは何かにつけてアークのことばかり考えるようになっていた。

当のアークは、妹みたいなルーメンがやたらくっついてくるようになって、行動しにくいなぐらいに思っていた。

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