あとを辿(たど)って

松本啓介

あとを辿って 1

日曜日、午前十時を過ぎた頃。

住宅街の一画に建つ二階建ての一軒家。


中からは洗濯機が水をかき回す音と掃除機の唸る音が響き渡る。


休日の騒音のうち後者の持ち手を握りながらリビングを往復する私は、いつもの日曜日と時間の流れ方が違う事を、ぼーっと壁に掛けてある時計を眺めながら感じていた。


(いつもこれくらい積極的に手伝ってくれたら、もう少しラクにやる事も片付くんだけどな……)


それは今朝、朝食を食べていた時の事だ。

私の子供_____兄のアオと妹のユキが、普段は絶対に言わないような事を言い出したのだ。




「母さん、今日はどこの掃除をやるの?俺、手伝うぜ」


ご飯を口に運んでいた手が止まる。


「お庭の掃除と洗濯物を干すのは私がやる!」


オカワリもきた。

とりあえず、箸で掴んでいたものを口の中に入れる。

よく噛んで呑み込みお茶を一口……


飲み方が悪く、軽くむせてしまった。 


「大丈夫?!」


ユキが心配そうに声をかけてくれた。

「大丈夫、むせただけだよ」と答えながら、口に手を当て咳き込む。


(さて……)


急な提案を提示してきた子供二人を、咳き込んだ姿勢のまま交互に見つめる。


ユキは自室の掃除ならば定期的にやってくれるが、他には自分の食べた食器を洗うくらいしかしている所を見たことはない。


アオに至っては自分の部屋の掃除すらしない。


これまで積極的に家事の手伝いなど申し出てくることはなかった二人が、何故こんな事を急に言い出してきたのか。


全く身に覚えが無い事も無いが、その事にかこつけて、わざわざ自ら手間を進言してくるとも思えない。


だが、折角の申し出を無下にすることもないだろう。


普段やらない家事を任せる不安も若干あるが、教えながらやってもらえばいつもよりは早く片が付くだろう。


「お母さん?」ユキは私がずっと黙っている事に不安を覚えたのか、手に持つ箸を置いて声をかけてくる。


「じゃあ、一緒に手分けしてやろっか」


私の返答に何故だかガッツポーズをするアオ。

お前はいつからそんな出来る子になったのだ。


一方、ユキはホッと胸を撫で下ろす仕草を見せた。


(何かウラはありそうね……)


そう思いつつも、今日は早くやる事を終わらせられそうだと思い、私は食事を済ませ立ち上がる。


「さあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょ!」




そして現在に至る。


アオには廊下とお風呂の掃除を、ユキには庭の掃き掃除と洗濯物を任せたのだが、二人とも思いの外飲み込みが早く、やった事も無かった洗濯や掃除を説明を聞きながらもしっかりとこなしてくれている。


「はっ、とりゃ!この野郎、大人しくチリトリの中に入りな!」


……前言撤回かな。


廊下の隅に陣取る埃を相手にホウキとチリトリで格闘戦を挑むアオを呆れながら眺める。


(予定より全然早く終わりそうだからまぁいいけど……)


埃が舞うでしょうが、とアオの頭を小突きリビングに戻り、再び掃除機を動かす。


しばらくして、先にキリをつけた私の下にユキがやってきて「掃除と洗濯終わったよ」と伝えに来たので、出来映えを確認しに外に行く。


バッチリだ。


その少し後にアオもやってきて完了報告を私に告げる。

現地を確認


……うん、まあ及第点。


三人でリビングに腰を下ろし、少し休憩する。


「二人ともありがとう。おかげでいつもよりとても早く片付いたわ」


私の講評に対してそれぞれ「俺、掃除の才能があったのかも」とか「もっと手伝うようにするね」とか各々反応を示す。


私はアオに対して「才能のあるアオくんには今度からお家の床掃除、全部任せちゃおうかな」と言う。


ゲロゲロー、と反応するアオを無視して「ユキもありがとう、また手伝ってね」とユキにに伝えた。


そう言えば、普段の日曜日であればアキさん_____お父さんは休みなのだが、今日は珍しく仕事に出ている。

大事な会議が急きょ入ったとの事だ。


夕方までには帰宅すると言っていたので、まだまだ時間はある。


「さて、お父さんが帰ってくる前に買い物済ませちゃおうか」


 私の言葉に二人は揃って勢いよく顔を私の方に向ける。


「ど、どうしたの?」


 妙な反応を示した二人に私は問いかける。


「い、いや何でもないよ……。俺、やりたい事があるから家で留守番しててもいい?」


「私はついて行く!」


「アオは留守番してくれるのね、分かったわ。じゃあユキ、二人で行こうか」


「うん」と言うユキの返事を聞き、出かける支度を始める。


アオは何やら考え事をしているようで頭を掻きながら難しい顔をしている。


「大丈夫?」とアオに聞いたが、笑顔で元気よく「大丈夫!」と返ってきたので気にしないことにした。


「じゃあ、お留守番頼むわね」



 考え事をしながらただずんでいるアオに声をかけ、私とユキは外に出て車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月22日 14:00
2024年12月23日 19:14
2024年12月24日 19:14

あとを辿(たど)って 松本啓介 @guencock_wp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画