07:魔女は弟子を千尋の困難に突き落とすー2

 エーデルワイスがエヴァ―レインとアーサーに命じた課外修行とは、素材の収集だった。


「あたしも何回かやってるけど、これはずいぶんとな難題ねぇ」


 産卵を控え、気が立っている母親ドラゴンから鱗を手に入れる。

 酸の唾液を吐くカエル、アシッドトードの毒の酸の収集。

 獣人の頑丈な腰布を手に入れる。

 良質な杖の材料になる木に住む、妖精から木材を手に入れる。


 そのうち、どれか一つを達成すればいいということなので、アシッドトードの酸の唾液を収集やドラゴンの鱗を入れておくための空き瓶、獣人の頑丈な腰布を手に入れたときのための革袋もある。

 メモを睨むエヴァ―レインはアーサーとデッドビートを薄目で睨んだ後、溜め息をついた。

 エーデルワイスの館の敷地を出た後、森の中でエヴァ―レインはアーサーの肩を掴む。

 エヴァ―レインはアーサーより年上であり、女性としても背が高いほうだが、変身したアーサーをふと思い出すと不満げな表情を浮かべる。


「……アンタ、あの勇者ちゃんのためにさ。ドラゴンの奴やらない?」


「子育て時期のドラゴンって危険なんじゃかったっけ?……僕に何させるの?」


 肩に腕を回し、イヴ姐さんの話聞いちゃうー?と猫なで声で顔を近づけるエヴァ―レインにアーサーは眉尻を下げる。

 エヴァ―レインの大きく柔らかな感触が腕に当たっていることに意識を向けていないほど、アーサーはエヴァ―レインを意識していない。

 エヴァ―レインが甘い声を自分に向けていることが恐ろしくて仕方なく、確認をするも、エヴァ―レインはにっこり笑った。


「囮よ、お・と・り。アンタがドラゴンに追われている間にあたしが鱗をとってきてア・ゲ・ルわね?おとーとくん?」


 当然よ、とアーサーの額をつつくエヴァ―レインは満面の笑みである。


「この女、本当に性格が悪いな」


「弟なんて言ってるけど、僕はエヴァ―レインを姐さんなんて呼びたくないからね」


 デッドビートがため息をつくと、アーサーも眉尻を下げる。


「チッ、使えないわね。……厄介払いができるところだったんだけどなぁ」


「厄介払いって言った?」


「ええ、言ったわよ?あたし的にはアンタ邪魔なんだもん♪」


 にっこりと笑いつつ、エヴァ―レインは右手を構え、飛び出してきた魔物へと向ける。


 魔物払いの守りに護られている、エーデルワイスの館から離れたことで魔物の気配を感じるようになった。

 エーデルワイスの館は魔物払いの守りがあるのはもちろん、エーデルワイスの住まいであることでエーデルワイスの魔力を嗅ぎつけた魔物たちは近づくことがないため、アーサー達は安全な中で修行することができる。

 その安全圏を離れ、エーデルワイスに言い渡された課題をこなすことは、エーデルワイスに認められていることの証に他ならない。


「大地のティターン!水のエリアス!土より隆起し、拳振り上げる岩石の巨人よ!!」


 迫ってきた角を生やした魔物と棍棒を振るう、知能の低そうな魔物。

 それらに対し、エヴァ―レインが詠唱すると、大地と水の属性を兼ね備えた泥の巨人がエヴァ―レインとアーサーの前に現れる。

 泥の巨人は魔物に対し、その剛腕を振るい、左手の小さな動きだけで棍棒を破壊すると、右手で角を生やした魔物の頭部をたやすく破壊する。

 魔物の頭部の破裂音が響くと、それに惹かれて魔物たちが飛び出してくる。

 それに対し、エヴァ―レインは今度は風と炎の属性を掛け合わせる。


「掛け合わせるのはあたしがやる!アンタは風なり、炎なりであたしをアシストしなさい!炎上ののバニシエール!!旋風のゼファー!!爆風とともにいま吹き飛ばせ!!」


 制限時間か、それともエヴァ―レインにとって水と大地の属性掛け合わせは不得意なものだったのか。

 泥の巨人の身体はぼろぼろと崩れ落ち、それに間を空けずにエヴァ―レインは魔法を唱える。


「言われなくても、それくらいは!!疾風のゼファー!!」


 エヴァ―レインの指示は的確なものだ、とアーサーにはわかった。

 修行に励む弟弟子に嫌味を言いにきたり、リリアーヌをからかったりと根本的に性格が悪くても、エヴァ―レインの観察眼は確かだろう。

 アーサーが魔力を込めると、緑色の風が吹き荒び、エヴァ―レインが起こした爆風の威力を底上げし、魔物を吹き飛ばす。

 魔法が打ち漏らした魔物はエヴァ―レインが仕込ませていた、短剣で切り裂く。

 複数を相手にするにあたり、近接戦を挑む場合は広い場で行うのは得策ではないが、一体一体を相手にしつつ、撃破した個体を足場に軽々と飛びあがって、次の標的に探検を突き刺し、魔力を流し込んで爆破させる。

 エヴァ―レインの属性掛け合わせ魔法の応用の一つだが、これは魔法使いの戦い方と言うよりは暗殺者だった。


「僕らも見ているだけじゃだめだ、デッドビート!カイジン、」


「仕方あるまい。カイジン、」


 二人は意識を一つに合わせようと、気を合わせたときだった。


「あら、ここで魔法を使わないんだ?」


 デッドビートにアーサーがカイジン転生てんしょうを提案しようとすると、空中に飛び上がって一回転する曲芸じみた動きを披露しつつ、エヴァ―レインは小馬鹿にしたように笑う。

 魔法だけではなく、エーデルワイスからの体術の指導の影響が見られ、ただ魔法を打てばいいというだけではないのが分かる。

 洗練された魔法の使いこなし方、身のこなし方と言ってよく、流れるように次の動作に移行しているのがエヴァ―レインの強みと言えるだろうか。

 

「せっかく、先生の館の敷地から出ての実戦よ?思いつくだけやってみたらいいじゃない。属性の掛け合わせとか、色々試してみんのよ。魔法使いに大事なもの、アンタはなんだと思ってんの?」


 魔物の急所に短剣を投げつけ、そこを突き刺すように回し蹴りを叩き込むと、エヴァ―レインはアーサーに尋ねる。


「風のゼファー!!切り刻め!!……練習、とか?」 


「クッソ真面目なアンタらしいわねぇ、その答え!まぁ、それも合ってんじゃない?あたしはそうは思わないけど。魔法使いに必要なもんってのはね、おとーとくん?」


 エヴァ―レインはアーサーが起こした風の刃が魔物を一気に刻むのをわざとらしく拍手して見せると、おーおー、よくできました、とケラケラ笑った。


 魔物は数を減らすどころか、戦闘を聞きつけて徐々に魔物の数は多くなっていく。

 魔物の群れの中にはエーデルワイスからの課題の候補の一つだったアシッドトードの姿もあり、吐き出した酸の唾液が地面に落ちると、ジュウッと焼ける音がした。

 エヴァ―レインはデッドビートの顔を右手で掴み、空いた左手でアーサーを引っ張って走り出す。


「手数だよ。手段でもいいかな。先生がなんで魔女なのに体術を教えるのかって思ってたでしょう?それはあたしも。ただ、今のを見てアンタも感じただろうけど、やれることはいくらでもあったほうがいい。アンタの場合、スライムと合体する、木偶の坊があるだろうけどさ」


「木偶の坊とは失礼な女だな」


 デッドビートが異議を申し立てると、スライムボディをエヴァ―レインが少し力を込めて握ったので、デッドビートは口をつぐんだ。


ここぞ・・・の切り札にしておいたほうがいいよ、変化するなら。あたしは別にアンタみたいに変身しなくても強いけど、そーゆーのって副作用があるらしいからね。……あ、そういえば、変身魔法ってアンタたち、覚えてなかったわね?ごめんねー、知らなかったー?」


 軽口と嫌味を言いながらも、エヴァ―レインの話す内容はアーサーにとって無駄なものではなかった。

むしろ、嫌味に目を瞑るのであれば、これほど良いアドバイスはないだろう。

 アーサーは両手がふさがり、魔法の引き金キーとなる構えができないエヴァ―レインに代わり、風の刃や火球を打ち出す魔法を使って魔物を蹴散らすが、ふと脳裏によぎった。 


「炎のバニシエール!!疾風のゼファー!!爆ぜて、吹き飛べ!!」


 魔力を込め、風と炎を掛け合わせる際に魔力の制御をめちゃくちゃにすることで爆発を産み出す。

 アーサーが魔法のイメージが上手くいかず、暴発させていたことにヒントを得たもので暴発で確かに魔物を蹴散らすことはできたのだが。


「なるほど、確かに爆破なら蹴散らせるか。馬鹿なアンタなりにはよく考えたんじゃない?」


「それほどでも」


 アーサーのアイデアにうんうん、とエヴァ―レインは指抜きグローブをした手で拍手する。

 アーサーはエヴァ―レインの称賛にうなずいた。


「でも、勢い余って飛ぶ・・のは考えてなかったわけ!?加減しなさいよ、バカ!」


「ここまで暴発するとは思わなかったんだ」


 エヴァ―レインはアーサーを怒鳴りつける。

 爆破で空へと反動で吹き飛ばされながらも、アーサーは照れ臭そうに笑う。


「……これ、無事に終わるのか?」


 一人・・、 デッドビートはこの先を憂いた。

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