元S級ギルド受付嬢(29)、婚活中につき

汐屋キトリ

「ギルド受付嬢なんて普通、モテモテのはずでしょうが!?」

 冒険者ギルド受付嬢にして看板娘、スザンナ=モアは荒れていた。

 

「どうして彼氏が出来ないの! ギルド受付嬢なんて普通、モテモテのはずでしょうが!?」

「スザンナちゃん、今日も絶好調だねぇ」

「絶不調だよ!」


 ギルド本部からすぐ近く、会員制の酒場は今日も大盛況である。

 カウンターに置かれたエールジョッキを、間髪入れずにグイッと一気に飲み干す。それを周りの常連客がそれをやいやいと囃し立てたのだった。彼女の嘆きも飛び交う野次も、酒場では毎週末恒例の光景となっていた。


「それにしても、元Sランクパーティーのメンバーが、婚活のためにギルド受付嬢に転職とはねぇ」

「うわーん!」


 そう、スザンナは元S級冒険者だった。

 頑丈な身体と回復術師ヒーラー要らずの回復力、そして固有スキル【超破壊】による一撃で獲物を爆散させる腕。

 ついた通り名は“破壊神スー“。全くもって乙女に似つかわしくないと内心憤っていたが、いつの間にか広く知られた名となってしまったのだった。

 

 五年前、魔王を封印した彼女たちのS級パーティーは生ける伝説となった。スザンナは当時二十四歳だった。


 功績を手に「片想いしていた第二王子に求婚するぞ!」と勇んで帰還したは良いものの、蓋を開けてみれば彼はパーティーメンバーの回復術師ヒーラーと付き合っていたとかで、スザンナは告白する前に失恋してしまった。


 しかし幸か不幸か、回復術師ヒーラーは良い子だった。彼女のこともまたパーティーメンバーとして大切に思っていたスザンナは、二人の結婚式を見てスッパリと想いを断ち切ったのだった。


 また、五人いるパーティーメンバーのうち盾使いタンクと女魔導士は冒険中にカップルとなり、帰還後一番初めに式を挙げた二人でもあった。

 そしてスザンナは、この世の真理を悟る。

 

回復術師ヒーラーや魔導士みたいな後方支援の女はモテるけど、最前線で戦うゴリゴリアタッカー女は、モテない!」

 

 幼少期は御伽噺おとぎばなしに憧れ、「将来の夢はお嫁さん!」と言っていたくらいには生来のロマンチストだったスザンナは、決めた。

 アタッカーは引退し、後方支援の役職に就こうと。


 しかしスザンナのもう一つのスキル【自己治癒】は他人には効かないし、魔法もからっきし。弓だって味方に当たる可能性の方が高い程度には苦手だった。

 これまで【超破壊】と己の腕力だけで、魔物たちをワンパン滅殺してきたのだ。前述した回復術師や魔導士にはジョブチェンジ出来ないことは自分でも分かっていた。

 

 となればそれよりも更に後方支援、ギルドの受付嬢ならどうか。

 冒険と日常の境目に位置する、ある意味生死の見届け人である彼女たちは(冒険者からの)モテ役職、堂々のナンバーワンであった。


 戦いの中で死にかけたとき、冒険者たちは彼女らの顔を思い出し、気力を振り絞るらしい。「生きて帰って、受付嬢ちゃんの笑顔を見るんだ……!」というように。


 ちなみにこれは当時組んでいたS級パーティーの五人目、剣士の言葉である。

 彼は愛しの受付嬢に会いたいがために依頼を受けまくっていたらいつの間にかS級になっていたとんでもないバカで、その嬢にも長年告白を躱され続けていた。

 しかし魔王を封印したという功績としつこいアプローチのおかげで、彼は先日ちゃっかりその受付嬢とゴールインしたのだった。

 

 つまり伝説と名高いあのパーティーの中で、現在独身者はスザンナのみである。


「私だって、結婚したいのに!」


 この国の女性の結婚適齢期は十六から二十歳。スザンナはその年齢のときガムシャラに鍛錬に励んでいたものだが、後になって後悔することになるとは。

 おかげで冒険者としての名声は手に入ったとはいえ、当時二十四歳で特定の相手もいないスザンナは行き遅れの分類となってしまっていた。

 

 焦ったスザンナは冒険者時代のツテを使って、最も実力のあるものたちが集う冒険者ギルドの本部の受付嬢として働き口を得た。

 

──「二十四歳」ではなく、「十九歳」と年齢を偽って。


 五歳もの大胆なサバ読みではあったが、冒険者ギルドの職員からは大歓歓迎された。何てったって伝説のパーティーメンバーだ。魔法が封じられ、魔物の脅威も減っていたこともある。


 スザンナは転職したが、目的はあくまで

 あの“破壊神スー”と露見してしまえば、モテるものもモテない。それでは意味がないのだ。

 戦闘の邪魔にならないように常に短くしていた髪は魔導師に伸ばしてもらい、回復術師に清楚系メイクも習う。荒っぽかった口調も、何とか丁寧に直した。

 これで完璧な美人受付嬢に完璧に扮すことができたと思ったのだ。



 しかし、事件は冒険者ギルド勤務初日に起こった。

 週末の宴会のノリを引き摺ったB級冒険者が、オイタをしたのだ。


「お嬢ちゃん、別嬪べっぴんさんだけど見ない顔だねぇ? 新人なら俺が、このギルドのこと教えてやるよ」


 受付にフラフラやって来ていきなり手を握ってきたその男は、アルコールの匂いをぷんぷんさせていた。

 スザンナは、記念すべき最初の褒め言葉をこんな酔っ払いの男に言われてしまったこと、あとシンプルに触られたことにブチギレた。優しく誠実な男に頬を染めながら「一目惚れしました……」とか言われる予定だったのに、と。

 スザンナは即座にその不届者の腹部をぶん殴る。一瞬でノしたのだった。


「B級ごときが。私を口説きたいなら、せめてAになってからにしてくださいね」


 スザンナが「やってしまった」と気づいたのは、その冒険者が白目を剥き、周りが大歓声をあげた時だった。

 拳に【超破壊】スキルは纏わせず、純粋な暴力だけに留める理性(?)は残っていたとはいえ、明らかにオーバーキルである。


「新人ちゃんすげぇな!」

「シビれたぜ!」

「まさかあの拳……」

「俺も殴ってくれ!」


 やんややんやと盛り上がるB級までの冒険者たちとは対照的に、何人かの顔見知りのA級冒険者たちはポカンと口を開けていた。

 変装で隠せていたと思っていたのに、あの一撃のせいで彼らはスザンナの正体に気づいてしまったらしい。

 希少な固有スキル【鑑定】まで使って、スザンナの真の年齢を確認してくる失礼なA級もいた。


「A級目指すぞ!」

「俺も俺も!」

「うわ、五歳も……?」

「踏んでくれてもいい!」

 

 そして先程喧嘩腰で口走った「口説くならA級になってから」という言葉が、ギルド内を一人歩きすることとなる。

 

 スザンナは別に、結婚相手に強さなど最初から求めていない。どうせ自分より強い男なんて片手で数えるくらいしかいないだろうと思っていたからだ。

 

 求めるのはむしろ、優しさと顔。

 しかし、この事件のせいで「受付嬢スザンナはB級以下はお断り」という雰囲気が出来上がってしまう。


 他のA級冒険者といえば、すでに名声を手にし妻子を抱えたベテランか、かつて依頼を取り合って取っ組み合いをした恋愛対象外の顔馴染みくらいしかいない。その中の誰もスザンナの正体を知って口説きに来る男はいなかった(来られても困るメンツだが)。


 そんなスザンナにも、春が来かけたことはあった。

 

 三年前のことだ。二十六歳(ギルドでの公称は二十一歳)になった彼女に、一人のB級冒険者が告白して来たのだ。

 堅実に実力をつけ若くして中堅となった彼は、他者からも信頼されるような冒険者にしては珍しく誠実な男であった。


「スザンナ! 俺、この依頼でファイヤードラゴンを倒したら、A級に昇格するんだ! だから!」

「う、うん!」

「その時は……俺の気持ち、聞いて欲しい」

「うん、待ってるから!」


 しかし彼はその後、帰らぬ人となる。

 

 スザンナは三日三晩泣き暮れた。

 鼻水を書類に垂らしながら仕事する彼女を見て、ほかの冒険者たちは酒やら甘い物やらをくれた。美味しかった。泣いた。


 亡くなった彼のことは、昔好きだった王子ほど熱心に惚れ込んでいたわけではない。しかし純粋に想いを寄せられて嬉しかったし、結婚相手としてかなり条件も良かった。

 

 段々と悲しみが怒りに変わって来たスザンナは一日有給を貰い、ファイヤードラゴンを単独で討伐した。ワンパンだった。泣いた。


 

 それから二年の月日が経ち、スザンナは二十九歳(公称二十四歳)になった。

 しかし、「それなら独身を謳歌しよう!」と思考をシフトチェンジするには、彼女はまだ幸せな結婚を夢を見ていた。


 そして今日も今日とて、A級冒険者以上とギルド関係者のみの会員制酒場で、酒を流し込みながら愚痴を言うのだった。


「もう、受付嬢なんて辞めてやるぅ!」

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2024年12月27日 19:11
2024年12月28日 19:11

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