自欲の快楽

ZIN

第1話 蛙の子は蛙

 ある日の出来事。たった一つの事故で私の人生は大きく方向を転換した。

 10歳の誕生日、その日私の父親はいつもより早く退勤し、予約していたケーキを車で取りに行ってくれた。その帰り道、車の衝突事故で父は亡くなった。その報告を受けた母と私は、一晩中泣いていた。葬式中もずっと泣いていた私に、お母さんは何か言いたげだったが、いい言葉が見つからなかったのか、言葉をかけるほどの余裕も無かったのかはわからないが、慰めようとしてくれていたことだけは、幼いながら理解できた。葬式の後、


「お父さんは、單利たんりに笑って過ごして欲しいと思ってるよ」


うる覚えだが、確かこんな感じのことを言っていた。私は数日間学校を休んだ。気持ちも落ち着いた頃、再登校すると友人たちは心配な声や励ましをかけてくれた。

 その一年後の事だった。お母さんが再婚を決めたのは。元々お母さんから、付き合っている人がいるとは聞いていて、相手の話しをよくしてくれた。しばらく塞ぎ込んでいた母が久しぶりに、楽しそうにしているのを見て私も、嬉しくなった。

 再婚決め、初めて会ったその人は優しく、誠実な雰囲気だった。私も、これからこの再婚相手と一緒に暮らす生活をワクワクしていた。

 暮らし始めてから、数ヶ月は私にも優しく接してくれていたが、時が流れるに連れて、母がいない間に私を罵倒したり、軽い暴行をするようになった。更に時が経つと、更に酷い言葉を浴びせてきたり、暴力を振るうようになった。

 母の前では、いいお父さんを演じていた。私は暴力を振るわれても、我慢していた。私の前で再婚相手と居る時、母はとても幸福に見えたからだ。再婚相手の私への暴力も、見える所にはあざを作らなかったため、母に気付かられることはなかった。

 数年も経つと、私の限界が来た。今の母の幸せを壊すことになるが、そんな事を考える余裕も、もうあまり無かった。母の前に立ち、その話を切り出すには、少し時間がかかった。勇気を振り絞りそのことを口にすると母親は、絶望したように言った。


「どうして...そんなことを言うの?」


その言葉に私は戸惑った。母親は私の方を掴む。


「お父さんは、そんなことしない」


一文字一文字を力を込めて、私の心に蓋をするように言い放った。私は何も言えなかった。もしかしたら、私への罵倒や暴行に母親は気付いていたのかもしれない。もしくは、そういう人物だと知っていて、再婚したのかもしれない。母親にとって、再婚相手は麻薬のようなものだったのかもしれない。お父さんが死亡したことにより、深く喪心していたところに現れた自分に寄り添ってくれるパートナー。そんな彼を見放すことは、そう簡単なことでは無いだろう。しかも、そんな人物が自分と同居するとなると、欲に目が眩むのは必然的だろう。

 少なくとも、母親が私の味方になることはないだろう。すぐにそう感じた。私はその場から逃げ、部屋に戻った。その後も再婚相手の私へのDVは、エスカレートしていった。

 中3の頃には、母親が私へのDVを許容している状態へなり、母親も私に暴行をするようになった。その時の私はもう考えることを放棄していた。それが楽だった。

 高校へは進学しなかった。行かせてもらえるかも分からなかったし、行きたいと思う高校も探していなかった。

 17才の誕生日、その出来事は起こった。母親と再婚相手が共々事故へあった。車の衝突事故だった。どちらもが、死亡した。私はあの時何を感じていたのだろうか?何を考えていたのだろうか?ただあの時、ひたすらに無感だった。何かを考えることすらしたくなかった。

 私はその後、児童養護施設へ入ることになった。荷物を準備している時、何も手につかなかった。何をすればいいのか分からなかった。

 そんな時、一匹の猫が開いていたガラス戸から、黒猫が入ってきた。その猫に対して何か感情は抱かず、そこにただ居るだけの存在だった。黒猫は、私を警戒していたが、動かない私に少しづつ近づいてきた。何を考えていたのかはわからないが、手を伸ばし猫を持ち上げようとした。伸ばした手を、猫は引っ掻いた。私の指から、少量の血が出る。それでも、手を伸ばした。猫を掴むと、猫は私の腕や指を引っ掻き、血が皮膚をわたり滴った。そのまま猫を自分に近づけると、顔を思いっきり頬から口角にかけて、爪で裂かれた。

 その時、何故かはわからないが、妙な怒りと行動力が湧いた。力強く握った拳で、猫の顔面を殴り、猫が入ってきたガラス戸と反対の方向へ飛ばした。猫が壁に激突した瞬間を確認し、隣の扉がないキッチンへ走った。シンク下の引き出しを開け、果物ナイフを取り出し逃げようとする猫に向けて、ナイフを突き立てた。ナイフは喉に刺さった。力一杯ナイフを強くて差し込んで、引き抜き次は、心臓に向かってナイフを突き立てた。そこからはがむしゃらに、滅多刺しにしていた。

 私はその行為をしているとき、無感などはなかった。あったのは、ひたすらに湧き出る快楽だった。

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