凍えゆく体温

懐かしい感覚だ

世界がこのちっぽけな一つの部屋に収束して

僕は僕が一人であるという認識を再確認できる

外にある生命は、ちっぽけな鳥と虫ケラだけで、

僕がここにいるとは知らず、飛んでいく


微睡に浸っていられる間は誰よりも幸せ者だ

明日のことなんて何一つも考えなくていい

今日一日が何より素晴らしいものだったと錯覚できるし、

明日、あるいは今からでも、何者にもなれるような感覚がある


すべて積み荷は集荷前に喪失している

やることリストにはすべてチェックがついている

僕が気を使わなくてはならないのは布団の冷たさと、

身体の中の体温が燃え尽きてしまわないかということだけ


窓を開けるとあまりにも寒すぎるので、

エアコンをつけるくらいにとどめておく

上気した頭がすんと冷え去って

冷たくなっていく指先に心地よさを感じる


身体が冷え切ってしまうまでのわずかな時間が

人としての形を保ったまま存在し続ける活力になっている

自分の体の中で滾るような体温が、

朦朧と消えていくべきだろう意識をつなぎとめている

使い切るまでに眠りについていられればいいのだ

明日のことは明日の自分が何とかしてくれる


今日が月曜日だったなら、きっと体温は燃え尽きて、

僕は凍えるような冷たさを咀嚼して、エアコンの温度を一度上げて、

風に流されていった端切れを必死にかき集めていただろう

ただあいにく今日は金曜日なのだ

一番自分をおろそかにできる時間帯だ


体温ばかりためておくと、阿保ヅラ引っ提げて

ぼうっとしている自分がばからしくなる

正気にならないうちに、雑多な物音で脳内を埋め尽くす

小さな容量の其れはいともたやすく埋まってしまうのだ、ありがたいことだ


さればこそ、適切に逃がしていく必要がある

心地よく感じるひと時を、最後の砦として愛しぬかなくては

決してそれ以外の何も、おろそかにしないように


布団もまともにかけないままで、

体温は刻一刻と奪われていく

今日も無事に眠くなってきた

明日を迎える準備は相応にできつつある

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る