負けの定義

 月絵つきえ のぞみには明確な弱点がある。

 それは運動能力が著しく低いことだ。

 十秒も走ればすぐに息切れを起こし、ボールを使ったスポーツをやらせれば、あらぬ方向へボールをぶっ飛ばす。水泳ならばカナヅチ故に沈んでいき、筋トレなんて何一つこなせない。

 何をやらしても平均に届かない、壊滅的な運動音痴。それがボクだ。

 ボクだって改善を試みて、体力作りやら何やらと挑戦してきた。きたのだが、この貧弱……か弱く儚い体では、すぐに限界が訪れてしまう。というか筋肉痛が辛くなって辞めた。

 負けず嫌いなボクだけど、人には得手不得手がある。いくらなんでも全種目で一番を取り続ける、そんなのを実現できる訳では無いと知っている。

 だから、大事なのは何をもって『負け』と定義するのか。

 順位の結果?

 目標に未達?

 勝負で劣勢?

 どれも正しくはあるけれど、本質にまでは届かない。

 ボクにとって負けるということは──自分の心を偽ることだ。

 例え、順位が悪くとも、

 例え、目標が叶わなくとも、

 例え、勝負が押されていても、

 自分の心を偽らない限り、それは負けじゃない。

 つまるところ──


「ふぅ、やり切ったな」


 50メートル走でタイム最下位を叩き出していても、晴れやかな気持ちで満たされているボクは負けていない。むしろ去年の記録を更新している分勝っているとさえいえる。ふっ、やっぱりボクさいきょー。

 自分の優秀さを脳内で称えながら走り終わった人がまとまって座っている場所にボクも腰を下ろす。すると、なんだかザワついていることに気付いた。その理由を確認するべく辺りを見渡してみれば、原因を見つけることが出来た。

 次は日之枠が走るからだ。


「日之枠ねぇ……」


 名前を呟き、日之枠 優希のことに意識を向ける。

 透明感のある金髪に赤みがかった双眸。可愛いと美しいの両取りをしたかのような整った顔立ち。思わずモデルさんと見間違えるほどのスラリと伸びた手足。

 今は体育ともあって髪をポニーテールに束ねて、いつもとは違った印象を見せている。

 奇妙な噂がある中で、それでも告白する人が後を絶たないのは、その美貌も一因しているのだろうか。

 あれこれ日之枠の外見について考えていると、日之枠がボクに向かって微笑んできた。


「うへぇ」


 ついな声が漏れた。

 噂の真偽について後回しにしているのだから、それっぽいことしないでほしい。

 どうすんだよ、ボクの価値観が歪んだら。超能力が存在するのなら、同じように空想の産物である幽霊やら妖怪やらも存在しているのかと考えちゃうだろうが!

 ボクは怖いの苦手なんだよ!バカ!!


「ふふっ──ふっ、ぎゃっ!?」


 可愛くない悲鳴が聞こえてきた。

 見れば、日之枠がスタートダッシュを盛大に失敗し、すっ転んでいた。

 何しているんだ、あいつ。

 呆れた視線を送っていると、そのあと何とか走り切った日之枠は近づいていく人たちと一言二言話した後、何故かボクの隣に座り出した。

 は?


「おつかれ、月絵さん」

「あっ、うん。おつかれ」

「いやぁ、新記録達成ならず。むしろワーストワンを更新しちゃったかなこれは。あっ、月絵さんの走りも見てたよ。運動苦手なんだね」

「えっと、うん」


 ちっか。距離感ちっか。


「ごめんごめん、ちょっと馴れ馴れしかったかな?」

「あっ、うん、大丈夫」

「おー優しいねぇ。月絵さんは……ねぇ、月絵さんのこと、のぞみちゃんって呼んでもいい?」

「ふぇっ」


 だから近いよ。なんなのその距離の縮め方。

 あと、急に名前呼びはやめて?びっくりして変な声が出ちゃったから。


「そ、それは、ちょっと……」

「残念、好感度が足りなかったか」


 ボクはゲームの攻略キャラじゃないが?


「それで、のぞみんはさ、好きな食べ物とかある?」


 …………ん?今、のぞみんって言った??

 いやいや、まさかまさか。

 名前呼びを断られたからって、じゃあ渾名はいいよね?ってするわけないじゃん。

 聞き間違いかな。


「えっと、甘い物はだいたい好き、です」

「おー、見た目通りなんだ」

「え?」

「あっ、いや。悪い意味じゃないよ」

「そう、なの?」

「うん、とびっきり可愛い」


 だろ?

 なんだよ、日之枠いいやつじゃん。


「ちょろ」

「ん?」

「や、可愛いなぁって」

「んふふっ」


 おいおい来たか?ボクの時代。ボクのモテ期。

 ぐへへ、ぐふふ、とだらしない笑い声をこぼしていると、全員分走り終えたのか先生が「集合」と呼びかけてきた。


「休憩は終わりみたいだね。私たちも行こっか」

「うん」


 日之枠が立ち上がるのを見て、ボクも続けて立ち上がった。

 あーあ、もう終わりか。このまま休んでいたかったんだけどなぁ。

 早くも憂鬱になっていると、日之枠は不意に笑顔を作り出した。


「じゃあ、話の続きは放課後ね。のぞみん!」

「うん…………うん?」


 やっぱりのぞみん言ってるじゃん。

 どういうことなの?と問い詰めようにも、日之枠はすでにびゅーんと走っていた。逃げ足が速い奴め。

 というか、何か恐ろしいことを云っていなかったか?話の続きは放課後でとか何とか。

 …………。

 ……えっ?まじ??

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