第21話 魔法は使えないみたいです

 いつ帰るかわからない、まして同じ世界の人間でもない異世界人が、カデルの個人的な事情を引っ掻き回すものではないのかもしれない。だが、カデルの護衛という体で置いてもらっているのだ、実力がまだ追いついていないくとも、防げるかもしれない。彼を守る上でも情報収集はしておきたい。


 呪いの件には触れず、尋ねる。カデルが人に話さないのなら、愛久がそれを他人に吹聴するべきではないと判断し、この町の魔法使いについて話を聞きたい。あの呪いは、魔法使いの仕業だと言っていたから。


「カデルっていえば。この町にカデル以外の魔法使いって居るんですか?」

「居ない。魔法使い自体そうそう生まれるもんじゃねぇし。魔法が使えるってなったら、魔法学校のある主要都市に行くだろ」


 師匠に弟子入りして直接教えを請う個人的なのではなく、魔法は学校で習うのが常識なのか。学校が維持できるくらいは居るのか、それとも、国で貴重な魔法使いの卵を集める為にある施設が魔法使いの学校なのかも。

 せっかく便利な能力が使えるよう生まれてきたなら、ちゃんと習ってみたいと思う。


「魔法を使えたら一般人より生活が楽になるし稼げるから、魔法が使える子供の親ならどうにかしてでも学校に送ってやりたいと思うだろ」

 魔法が使えると生涯安泰、といった扱いらしい。

「俺が魔法薬を作れたら、ボロ儲けしてやるのに」

「無欲のカデルが魔法使いでよかった気がする」

「無欲ってのも考えものだぞ。見返りを求めねぇばかりに、利用されて不利になったら罪をなすりつけられる可能性もある」

「それ、わかります。俺もちょっと懸念してるところなので」


 誰にでも優しく、朗らかで、困っている人を見かければ無償で手を差し伸べるカデルが、悪意を向けられて傷つくところは見たくない。無邪気な天真爛漫さを見ていれば、周りの人に好かれ大事にされてきたんだとわかる。二十歳半ばであの純粋さはもはや絶滅種。

 愛久よりも四つ年上だけど、この人が無邪気に笑っていられるように守りたいと思う。依頼されたから、ではなく友人として心からの願いだ。

 あのキラキラした日だまりみたいな温かい笑顔が曇らないように。ずっと側には居られないけれど、この世界に居る間くらいは。


「カデルのお人好しで魔法薬のレシピを他の魔法使いと共有するのは、カデル自身を守ってるところもある。カデル以外の魔法使いが作れるなら、カデルが特別狙われる事はない」

 貴重な魔法薬のレシピを独占したとすれば、それを狙う者が現れる。魔法使いのみんなが作れる、魔法薬が手に入りやすい、となれば、その魔法薬を目的に攫われることもない。

 けど、欲深い人間にはそればかりではないのではないか。レシピの権利を主張する者が現れたら――魔法薬が作れたらボロ儲けする、と言ったジャックのように。

 考えていたより、天才と謳われるカデルの立場は危うい。


「魔法薬関係なく魔法が使えるならデカい町の方が稼げるし、こんな田舎町じゃ、魔法使いに割高な給料払える所は少ないからな」

「魔法って、特殊技術かぁ」

「まぁ、そうだな。カデルみたいに研究だとか、都会の騒がしさが苦手だとか、田舎の家業を継ぐだとか、理由が無い限り、あんまり田舎に居るものじゃねぇな」


 魔力を使うのは体力と同じだとカデルが言っていた。魔法学校では、魔力を使う為の体力を鍛えたりするのだろうか。カデルの小屋にある魔法の生活用品を使うくらいしか出来ない愛久だ、力仕事をする体力と魔法を使う体力は別なんだろうな、くらいには感じていた。ゲームで例えるなら、物質的な力を使う体力がライフポイントで、魔法を使う体力がマジックポイント。だけど、この世界じゃ両方とも『体力』とざっくり分類されている。ライフポイントもマジックポイントも減れば同じように疲れるのだから、分ける必要が無いのかもしれない。


 鍛えれば何とかなるのかもと、人差し指をぴんと立てて念じながら、スーハー深呼吸して呪文を唱えて指先に火を灯そうとしたけれど、寄り目で力むばかり。うんともすんとも何も起きない。スーハーし過ぎでちょっと苦しくなった。


「便秘か?」

「食事してるときに突然力みだしたら便秘でもなんでもないような。そうじゃなくて。カデルに魔法を使えるようにして貰ったんだけど」

「使えるのか?」

「カデルの小屋の魔法家具? が使える程度。火を出したり……っていうか、カデルの小屋の中で生活するだけの魔法しか出来ないので」

「ほぼカデルの魔法じやねぇか」

「そうですね。俺、魔法使えないみたいです」

 自分には魔法は使えないと改めて自覚した。

 せっかく魔法のある世界に来たのに、異世界人チート補正なんて都合のいいものもなく、魔法がまともに使えないのは残念だ。


 ジャックの話で、この町の人がカデルに呪いを掛けたのではないと知れたのはよかった。気のいい町の人たちが、親切に振舞いながら心ではカデルを呪っているなんて考えたくない。

 だとすれば、町の者ではない魔法使いが居るのか。カデルとどういった関係なのか。

 同じ魔法使いというだけで、通り魔的に呪いを掛けたり?

 愉快犯? それとも、嫉妬深い魔法使い?

 天才といわれる魔法使いを軽率に呪って、仕返しされそうだとか思わないのか。カデルなら仕返ししないだろうけれど。


 そういえば、カデルは強い魔法使いなのだろうか。治療と生活魔法と魔法薬を作っているところしか見たことない。天才っていわれているのは魔法薬だけなのかどうか……魔法使いの天才の定義がわからない。

 カデルを天才と言ったのは、魔法使いではないジャック。魔法使いの間では、どうなのだろう。

 カデルの魔法能力は愛久には測れないし、魔法がまともに使えない身として、魔法が使えるだけで凄いのだし、それはいいとして。

 どの段階で呪いが掛けられたのか調べるには、食事を差し入れてくれているというお婆さんたちに話を聞いてみたい。あと、日頃の感謝も伝えたいし。


「この豚肉、お裾分けを手伝うので俺にも分けて貰えませんか? 食事を作ってくれてるっていうお婆さんたちにお礼を言いたいので」

「そりゃあいい。婆ちゃんたち喜ぶぞ」

「あと、カデルにも」

「ほう。カデルねぇ……」

 途端、ニヤニヤした笑顔を向けられた。お裾分けの流でカデルにも美味しい豚肉を食べてもらいたいと思っただけなのだけで、他意は無い。

「お前、カデルが好きだろ」

「へ?」

「自覚なしか」

「肉をお婆さんたちに持っていく流で、なんでそういう……その、俺が? カデルを? なんで?」

「動揺してんじゃねぇか」

 ジャックがツクツクと笑う。

「突然「好きだろ」なんて言われたら動揺します。カデルは、行くところのない俺を置いてくれてるだけで。友達です」

「今のところは、か?」

「これからも、です。俺のこと言ってるけど、ジャックさんはどうなんですか」


 買い言葉に売り言葉、言ってしまってから思う。

 ジャックはカデルに好意があるから何かと親切に世話を焼いてくれているのではないか。親子くらい――二十ほど離れていそうではあるけれど。

 輝く美貌にあの善性、穏やかな性格、人好きのするカデルに、年齢も性別も関係なく惹きつけられてもおかしくはない。

 それに、ジャックの薬屋には彼以外が生活している陰が見当たらなかった。カデルと町の人の間に入って取り持っているくらい好意はある。十分、あり得るのでは。


「ジャックさん、独身ですよね」

「今はな」

「結婚してたんですか?」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「すみません。深い意味は特になくて……ジャックさん、面倒見がいいから家族を大切にしそうなのに」

 ムッとしてつい失礼なことを言ってしまった。事情があるだろうに、不躾に聞いていいものではなかったと反省する。


「いや、わかってる。お前が皮肉を言ってんじゃねぇってことくらい。俺は昔、騎士団に居たんだ。その頃から薬屋をやりたくてな。思い切って辞めたら、妻や娘に腰抜けだの騎士の仕事から逃げただの、散々言わて離婚した。向こうは、とっとと新しい奴見つけて再婚したみたいだが」

「それは……」

「気ぃ使わなくていい。価値観が違っただけだ。アイツは、民衆を魔物の脅威から守る騎士を支えるのが生き甲斐なんだろ。悪いことじゃねぇ。アイツの言い分もわかるんだ、騎士団の活躍を噂に聞くと、俺は逃げたんだなって思うところはある」

「ジャックさんが薬屋をやっているから、その薬に救われた人は居ると思います。ここで、ジャックさんが薬屋をやってくれているから……世話を焼いてくれるから、俺もカデルも助かってます」

 人を守るのは、なにも武力を持って戦うだけではない。人の暮らしや健康を守るのは最も身近で重要だ。騎士ではなくなっても、ジャックは別の方法で町の人たちを支えている。慰めではなく、ジャックに助けられている一人としての事実。彼がここで薬屋をやっていなかったら、あのとき稽古をつけれくれると言って貰えなかったら、戦う術を習うなんて一生無かったのかもしれない。


「ありがとよ。まあ、逃げてよかったとは思ってる。俺が世話焼きになったのは、カデルのせいだ。アイツが無償であちこち親切にするから、こっちも何かやらなきゃって気になる」

「わかる」

「カデルのことは尊敬してるし、良い奴だけど、商売上の相棒、この町に必要な奴、むちゃくちゃで危なっかしい年の離れたダチを見守ってやらなきゃならん、くらいにしか思ってねぇから、お前の恋敵にはならねぇ。安心しろ」

「だから、そんなんじゃないです」

「じゃあ何で、俺が独身かどうかなんて聞いたんだ」

「何で……? あれ?」

 カデルに思いを寄せているのではないとわかって、安心した自分が居た。


「因みに、カデルのところに特別な誰かが訪ねてきたことも無いし、アイクみたいにカデルと楽しそうに連れ立って歩いている奴を目撃した過去も無い」

「そうなんですね」

「ホッとしたか?」

「違っ。だから、そんなんじゃないです!」

 愛久が叫んだら、吹き出しゲラゲラ笑い出すジャック。終始ご機嫌だった。

「しかっかし、アイクもお人好しだよな。俺のくだらない離婚話に同情してさぁ。流石、カデルが連れてきた奴だ。応援してるぞ」

「同情ってわけでもないけど。それに、応援って……だから、そんなんじゃ……」

「あれは難攻不落だ。焦らず頑張れ」


 いくら否定しても聞いてくれない。テーブルを挟んで手を伸ばし、体格のいい男の頭をワシャワシャと撫でるジャックに、揶揄われているだけだ。

 口を尖らせて恨めしく睨み、不満を表す愛久だけれど、悪い気はしていない。近所の気のいいお兄さんと戯れくているらいの親近感を覚えた。

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