容疑者① 村長の息子コアクトー


「さぁ、犯人を見つけだすわよ!」


 村長の家を出たパトナは、威勢良く宣言した。


「何か策があるの?」


 僕が尋ねると、パトナは黙って僕を指差した。オーケー、無策ね。しょうがないな。


「スキル【感覚強化】」


 スッと一瞬僕の体から光が舞って、僕の五感――主に嗅覚が過剰に強化される。

 マネロン村長の家から繋がる、血液の臭いを辿れるほどに。


「何が起きたの?」

「嗅覚を強化したんだ。現場は血だらけだったから、犯人にも血の臭いがついていると思うんだよね」

「すごい。イヌみたいね」


 褒められている気がしないなぁ。


「ダイヤモンドウルフみたいね」


 そうじゃないんだよなぁ。


 血の臭いは刻一刻と薄くなる。僕は急いで臭いを辿り、三人の容疑者を特定することに成功した。


 マネロン村長の一人息子、コアクトー。

 ベーカリーの奥さん、ハンヤ。

 そして肉屋の店主、ニクキリの三人だ。


 彼らは皆、村長の殺害を否定している。埒が明かなかったので、僕は三人を自宅に招待し、一人づつ証言を洗っていくことにした。


 念のため尋問にはパトナも同席している。彼女は恫喝がめちゃくちゃ得意なのだ。


 まずは村長の息子のコアクトーからだ。


「なんで俺が犯人扱いされなきゃいけねェんだよ! 実の息子だぞ!」

「貴方から血の臭いがしていたので。それに村長は自宅で亡くなっていました。息子の貴方なら何か知っているんじゃないですか?」

「こっちはいつだってカツドン※3できるのよ。素直に吐いたほうが身のためよ」


 僕が問い詰めパトナが脅すと、コアクトーは心底不愉快そうな表情を浮かべ舌打ちをした。


「何も知らねェよ、昨夜は家にいなかったんだから。今朝帰った時にようやく事件を知ったんだ。血の臭いがするのも当然だろ、あの家は俺の家でもあるんだぜ」

「最後にマネロン村長を見たのはいつですか?」

「夕方、俺が家を出る時には生きてたな」

「ちなみに昨夜はどちらにいらしたんです?」

「隣町の酒場だよ。数人の女と飲んでいたから、ソイツらに聞けばわかる」


 だから俺は絶対に犯人じゃねェんだよ、とコアクトーはソファの上で踏ん反り返った。この堂々とした態度、嘘ではない気がする。


「帰り道などでなにか大きい音を聞いたりはしませんでしたか?」


 村長への攻撃は非常に大きい爪痕を残している。音や衝撃だってそれなりに発生したはずだ。彼がそれを聞いていれば、犯行時刻が推定できるのだが。


「それはそこの女の方が詳しいだろうが! コイツ俺んちの隣に住んでんだぞ!」


 ……パトナ?

 僕がパトナに冷たい視線を送ると、彼女はたった今思い出したような表情になった。


「そういえば、気分良くお風呂に入っていた時に村長の家の方からでかい音が聞こえたわ」

「それは何時頃?」

「深夜の一時から三時の間ね」


 もっと早く言え。ヤバい音がしたら状況を確認しろ。深夜に二時間も風呂に入るな。あとその時間に風呂場で歌を歌うんじゃない。


「そ、そんなことよりも。アンタ家でなにしてたのよ。第一発見者はベーカリーのハンヤって聞いてるけど、なんでアンタは二階から降りてきたわけ?」

「……」

「まさかアンタ、現場をイジってたりしないでしょうね」


 コアクトーはしばらく無言で目を泳がせていたが、やがて観念したのか、ヤケになったような口調で叫んだ。


「アァ、動かしたよ! だがアレはもう全部俺のもんだ! 聖者の盃も! 龍牙のナイフも! 人魚の竪琴も! 俺が俺の物をどうしようと勝手だろうが!」

「うわうるさ」

「落ち着いて、コアクトーさん。誰も取りやしませんから」

「誰にも、誰にも渡さねェ! 親父の遺産は、息子の俺が全部相続するんだ!」


 なんとか僕が宥めると、ゆっくりとコアクトーは呼吸を落ち着けていった。


「もう帰らせてくれ。俺にはやることが沢山あるんだよ」


 頑なな態度に、僕は肩を竦めた。これ以上の尋問は難しいだろうな。

 横柄な様子で帰っていく彼の背中に、僕はこっそりと照準を当てた。


「スキル【鑑定】」


 コアクトーの能力が詳らかに浮かび上がる。レベルは26、スキルは【鍵開け】。とてもじゃないが村長を屠れるステータスじゃないな。


「あっズルい」

「ズルくない」

「最初っからソレで見ておけばいいじゃん」

「少しは探偵らしいことしないと変でしょ。【鑑定】スキルは本来人には使えないんだから」

 

 この世界の【鑑定】スキルは魔物やアイテム限定の力だ。だが僕は人にも使える。チートスキルだからだ。

 当然他人には内緒にしている。厄介なことになったら面倒だし、ステータスを見られて嬉しい人間なんてほぼいない。


 ただ、最初っからソレで見ておけばいいしゃんというパトナの言葉はもっともであった。次は出会い頭に鑑定してから尋問していこう。


「遺産目当てっぽかったけど、クソザコ※4すぎてアイツじゃ無理ね」

「まだ容疑者はいるからね。彼女たちにも話を聞かなきゃ」


 次の容疑者は、ベーカリーの奥さん、ハンヤだ。




――――――

【注釈】

※3 カツドン:『鈍器で恫喝』の異世界スラング

※4 クソザコ:低級モンスターの名称。転じて、戦いがあまり得意でない人のこと

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