第6話 独壇場のアーシャ

「おそらく、アルフレッドの思う通りになると思いますよ」


 その時、玄関口から凛とした声が響いた。

「アーシャ?!帰るの夕方ぐらいって言ってなかった?!」

 そこに居たのはアーシャ・ライルだった。手には干したハーブの束を持っている。

「こんな事だろうと思ったから、マーサさんの用事だけ済ませて一旦帰ってきた。ジェンの所はこの後に行く。それよりも、エドワードさん、理解すべきは総督ユストゥスの目的です。彼は兵を求めていません、集めたいのは人です」

「あ…、お、同じ事では…?」

「違います」

 完全否定である。


「兵は既に彼の手元にあります。まず総督職として差配できる軍団が2つあります。これで歩兵1万と騎兵が5百。レギ・ペトラが管轄する内で一番の大都市であるケンドリック市の衛兵がおよそ2千。それ以下の大小の集落の物は合算すればおよそ3千。巡回の騎兵が合わせて5百。必要に応じて徴収される市民兵及び補助兵がおよそ2万。そして彼個人が私的に雇っている傭兵隊が歩騎合算で約4千です」

 彼女はこれを一息で捲し立てた。言葉と数字の濁流がわっと僕たちに襲いかかる。

 これに対する父さんの反応は、

「は、はァ」と気の抜けたものだった。

 さては、これはよくわかってないな?

 僕もだけど。

「このおよそ4万のうち2万5千は場所を移せる戦力でない為今は無視するとしますが」

 するんかい。じゃあなんで出した。

「それでも彼は1万5千の兵力を動かせます。一方、この「義勇兵」で集められる戦力はいいとこ千です」

 そんなもん?!

 そんなもんか、この辺の村が1つにつき3人出してもそんなもんだ。

 いや千人って言ったら結構な数のはずなんだけど、何千だ何万だとポンポン出された後だとショボく思える。

「無論、これはあくまで帝国の法で定められた規定による最大の人数ですから、実際はもっと少ない数ではあるでしょう。しかし、それでもたかだか数百人の素人を集めて、それを戦力として頼みにする必要はありません」

「そ、そうなの…かも?」

「そして、もし仮に、仮にです。何かしらの天変地異か悪鬼羅刹の仕業で彼の持つ兵力が完膚なきまでに粉砕され、殲滅され、壊滅している為、カカシでもいいから兵を求めているとするならば」

 なんかちょっと引っかかる事を言ってる気がする。

「こんな意味不明な檄文で悠長に呼び寄せてる余裕なんてありません。もっと単純に金をばら撒いて必死にかき集めます」

 最初はともかく、アーシャの説明はすっと頭の中に入ってきた。言われてみれば納得しかない。

 しかし、こんなに喋るアーシャ始めて見たかも。普段は結論からズバズバ言ってくれるのに。


「う、うむ。とりあえず理屈はわかった。わかった事にする。ならば、君の言う人を求めているとは一旦どういうことなんだ?」

 父さんの問いかけに対し、先ほどまであんなにペラペラ喋ってたアーシャが少し黙る。

 え、いや大事なのはここからじゃないの?

 そして、若干気まずい沈黙が流れた後


「訓練ですよ」


 と、また何もなかったかのように話し始めた。

「く、訓練?」

「先ほど少し言いましたが、本当に危機的状況に陥った場合は農村の義勇兵でも集めないといけなくなる可能性はあります。しかし、いざその時になってから慌ててやり始めても上手く行くわけがありません。何が必要で、何をすべきかという事は実際に手を動かし、足で動く事でわかる事も多いのです」

 確かにその通りだ。

「だから今行うのでしょう。農村が多少は暇な今のうちに」

「う、ううむ。なるほど…」

 父さんが唸る。

「しかし、そうであるなら何が「アルフレッドの思う通り」になるんだ?」

「義勇軍の徴募は訓練であると同時にパフォーマンスの場所です。実際に戦うわけでないのならば、必要なのは「この村は総督にどこまで従う気があるのか」を示す態度です。表し方としてわかりやすいのは、やはり大勢をよこす事でしょう。金や物資の供出もそうです。他方で量ではなく質でアピールする方法もあります。例えば、自己の大事な子息であるとか」

 なんかそういう事言われると僕が人質みたいに思えるんだけども。

 心の中でそう呟いたが、アーシャの勢いに押され、反論する気力も隙もなかった。

「村の名代としても相応しい次代の村長を参加させるとなれば、きっと総督も満足する事でしょう」

「ううむ…、いや、しかし…」

 父さんはまだ何か引っ掛かってるようだ。


「それに」

 急にアーシャが僕の手に彼女の手を被せて、

ぎゅっと握った。

「アルフレッドは、ご子息は私が必ず守ります。私の身に何があっても」

 えっ、いや、あの、ちょっと。

「あ、お、え、い、う、うむ。そ、そこまで言うなら、うむ、大丈夫、なのかな?あなたの実力は私もよく知っているし」

 とうさんがこんらんしてる。

 ぼくもそう。

「ならば決まりですね。ローサンヒル村からの参加者は2名。アルフレッドと私」

「お、おう」

「明後日には出発します。アルフレッド、総督の思惑がなんであれしばらく村を離れる事は確かだ。用があるなら早めにすませておけ」

「は、はい」

 返事をしたらあっさり手を離された。

 なんか、こう、もうちょっと名残惜しさとか、そういうのをさあ。

「では私はジェンの所に行ってきます。今日中に弓の点検を全部すませておかないといかなくなりましたから帰るのは遅くなります。エドワードさんも少しの間とはいえ、アルフレッドとは会えなくなるのですから親子の団欒を深めておいてください」

「は、はい」

 さっきから空返事しかできてないな僕たち。

「それでは」

 言うやいなやアーシャは颯爽と家を出て行った。

 後には口をあんぐり開けて呆けた男2名が残された。


 暫く沈黙が流れた後、父が言った。

「アル…、お前、実は行くとこまで行って、やる事はやってんのか…?」

「い、いやそんな事…?どんな事…?」

 聞きたいのは僕のほうだよ!!!!!!

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