人王争乱記

@Vaizen

序章 第1話 萌芽

「さてアルフレッド。何処からでも良い、かかってこい」

 大きさはさほどでは無いが、森の静けさを切り裂くような鋭さを秘めた声が響く。

薄い朝霧が漂う中、小さな草原で二人の影が向かい合っていた。

 女の年齢は20代半ば程度だろうか。若者を卒業しつつもまだまだ若輩と言える年齢ながら物事を達観した目をしている。肩のあたりまで伸びた髪は透き通る光のような銀色であり、瞳は赤い。身長は170程度であろう。

 彼女の眼は目の前の少年の一挙手一投足に注がれており、その顔からはなんの表情も読み取れない。

 彼女は袖が少し広いシャツとゆったりとしたズボンを着用し、手には何も持ってなかった。


 そんな女性の前で一部に革を仕込んだ布鎧を身に着け、木剣を手にしている少年は、名をアルフレッド・ファーンという。

 青年と呼ぶには未だ顔立ちにあどけなさが残り、少年とするには身体が出来上がりつつある。歳は13〜14といったところか。茶色い髪を後ろで束ねており、やや垂れ気味の目尻は優しげな雰囲気を感じさせる。

 身長は女性よりも頭一つ分ぐらい小さいが、同時期の子と比べれば並程度であろう。

 彼の眼は向かいの女性の顔をじっと見つめており、その表情には緊張の色が浮かんでいる。

 今日、彼女たちが森に来た表向きの理由は山菜と薪の採取であるが必要な分は早々に取り終え、日ごろから訓練場として用いているこの草原にやってきていた。

「どんな手を使っても良い。私に一発でも入れてみろ」

 女は両手を広げ、悠然と立つ。

 しかし、アルフレッドはその言葉を聞くや否や表情を引き締める。汗が額を伝い、心臓が早鐘のように打ち鳴るのを感じながらも、少年はまだ足を動かさなかった。

「よし…!では行くよ、アーシャ!!」

 意を決して少年が踏み込む。そして、木剣を上段に構え一気に距離を詰め寄る。

「イヤァ!!!!」

 踏み込みの勢いそのままに女に向け突進し、裂帛の気合いと共に渾身の力でもって剣が振り下ろされる!


ぽすっ


 だが、アーシャと呼ばれた女はその攻撃をあっさりと片手で掴みとった。


「ぐぼげぇ!」

 そして彼の腹に対して容赦ない膝蹴りをくらわせた。彼女自身の脚力に加えて、少年の突進の勢いも組み合わさったその膝は腹部分のなめし革を貫通する勢いで彼のみぞおちに突き刺さった。

「狙いが甘い。勢いも足りん。ほら立て、次」

「あ、アーシャ…、ちょっとまって、でる。なにかでちゃう…」

 痛みに悶絶しながら苦しみに身をよじり、息も絶え絶えでアルフレッドが呻く。それを無慈悲に見下ろしながら彼女は言い放った。

「加減はしている。後には残らん」

「そういう、もんだい、じゃなくて…」

「立て。さもなくば今一度蹴るぞ」

「かんべんしてください…」

 アルフレッドはよろよろと立ち上がる。

「この程度で泣き言を言うな。首が落ちないだけありがたいと思え」

「実戦式とは言うけど想定が苛烈すぎない?!」

「どれだけ厳しくても良いから自分を鍛えてくれというのが君のリクエストだろう」

「うっ…。で、でも 僕まだ14だよ!?」

「私の初陣は9歳だったが」

「ひとけた?!」

「おや、言ってなかったか?ともあれ、戦場でそんなものを考慮してくれるわけないだろう。むしろ、スコアを増やすチャンスとばかり意気揚々と襲いかかってくるぞ」

「む、むむむ…」

「戦争は起こる時は突然に目の前に現れる。16年前に帝都メデアルクスが陥落した際それを予期し、対応できた者が一体何人居るんだろうな?そうだ、せっかくだ平行して歴史の講義もしてやろう」

「いい!今はいい!」

「そうか。残念だ」

 女は淡々と言葉を紡ぐ。

 残念だとは言うが、声には全くその気配が無い。

 呼吸も、口調も、態度も常に一定を保ち続けている。

「しかし、即座にああだこうだと文句つける程度にはダメージを抑え込めてきたじゃないか。半年前は私の膝を食らったが最後、1時間は呻きこんでいたのに」

「毎度毎度容赦なくボコボコにぶち込まれてればそりゃ慣れるよ!でも痛いし苦しい事には変わりないの!」

 アルフレッドは抗議の声を上げる。

 それに対して女は呆れたようにため息をついた。

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